幕間⑥ 「去年の秋から」
財務卿の報告を聞く席は、いつも同じ部屋だ。
南向きの窓があって、午後には光が差し込む。レオナルドはその光を背にして座り、財務卿は逆光の中で数字を読み上げる。それが三ヶ月に一度の習慣だった。
「第三四半期の収支です。南部商業区、前年比マイナス十七パーセント。北部農地の税収、前期比マイナス九パーセント。王都商業区は横ばい——」
マイナス十七。前期がマイナス二十三だったから、少しだけ改善している。ただ、改善した理由を聞くと「取引先の再編が一部進みました」という答えが返ってきた。
「一部」がどのくらいかは言わなかった。
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報告が終わって一人になってから、レオナルドは紙を並べた。
去年の同じ時期と比べた。数字を縦に並べると、下がり続けていることが分かる。大きく落ちたのは去年の秋からだ。
(去年の秋)
何があったかは、考えなかった。考える必要がないと判断した。
扉がノックされた。側近のヴィクトルが入ってきた。
「殿下、エミリア様の件ですが。南部侯爵家から、改めて正式な申し入れが届いております」
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エミリアの件は先月から続いている。
最初は令嬢たちの間の噂だった。次に侯爵家の嫡男が話を持ってきた。今度は正式な申し入れだという。内容を聞くと、夜会の席でエミリアが侯爵令嬢に退席を求めたということだった。
その夜、エミリアと話した。
「あの方が私に失礼なことを言ったので、場を離れるようお伝えしただけです」
「失礼なこととは」
「出自のことを。令嬢の集まりの場で言うべきことではありませんでした」
目は澄んでいた。嘘をついているようには見えない。ただ——この顔は見たことがある。報告のたびに、いつも同じ顔をしている。傷ついた顔。そして正当な理由。
「分かった」とレオナルドは言った。
それ以上は聞かなかった。
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翌日、侯爵家の嫡男に会った。
「申し上げにくいことですが」と彼は言った。「あの方が絡んだ件は、これで四度目です。毎回、相手側に理由があるという形になっています。ただ、令嬢たちの間ではエミリア様のいる席には近づかない方がいい、という話が広まっています。東部の会議では、すでに席の配置を先方が調整しているとも聞きました」
レオナルドは黙った。
(四度目)
自分が把握していたのは今回で二度目だった。残り二度は、自分の耳に届く前に誰かが処理していた。
以前は、こういうことを——。
考えかけて、止めた。
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その夜、書類を整理していて、ある紙が目に入った。
南部商業区の交易先一覧。そのうちの一社に、クロイツという地名があった。
クロイツ公爵領。
アリシアが行った先だ。別に何も思わなかった。ただ、なんとなく目が止まった。その欄を見ると、今期の取引量がゼロになっていた。去年の秋から記録がない。
「……なぜ止まっている」
誰もいない部屋に、声が出た。
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翌朝、財務卿に聞いた。
「クロイツとの取引が止まっているのはなぜか」
「……先方から価格条件の見直しを求められまして。交渉が折り合わず、いったん取引を止めている形です」
「いつからだ」
「去年の秋です」
「クロイツの顧問が変わったと聞いた。それと関係があるか」
財務卿がわずかに間を置いた。「……先方の条件変更は、新しい顧問が着任した直後からです」
「他の取引先への影響は」
「南部の商会の一部が、クロイツ経由で動かしていた農産物の仕入れルートを失っています。代替先を探しておりますが、まだ——」
「まだ見つかっていない、ということか」
「……はい」
財務卿を帰してから、しばらく一人でいた。
南部の数字が落ち始めたのは去年の秋からだ。クロイツとの取引が止まったのも去年の秋だ。財務卿が以前言いかけた。「以前は、こういうとき……もう少し、手があったんですがね」
あの続きを、聞かなかった。
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夕方、ヴィクトルがまた来た。
「殿下、エミリア様の件で今度は東部伯爵家からも申し入れが」
レオナルドは返事をしなかった。窓の外を見ていた。
財務の数字。クロイツとの取引停止。エミリアの問題。南部の仕入れルートの喪失。
全部、去年の秋から始まっている。
アリシアが去ったのも、去年の秋だ。
(関係があるとは限らない)
そう思おうとした。ただ、以前のように「たまたまだろう」という言葉が、今日は出てこなかった。
「殿下」とヴィクトルがもう一度言った。
「……検討する」
それだけ言って、窓の外を見続けた。




