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元社畜令嬢、婚約破棄されたので隣国で本気出します  作者: ハル


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幕間③ 「クラーラの記録」

 「楽しそうで」と言ったとき、アリシア様は黙った。


 否定しなかった。それがクラーラには少し意外だった。


━━━━━━━━━━━


 専任になって初めての日を思い出す。


 長い廊下を並んで歩いたとき、アリシア様は「クラーラとは話せますか」と聞いた。業務上の確認のような口調だった。でも「クラーラとは」という言い方が、少し引っかかった。


 「クラーラと」ではなく「クラーラとは」。


 今でもその違いが何だったのか、うまく説明できない。ただ、何か確認しようとしていたのだと思う。


 最初の印象は、冷たいというより、とにかく一定だった。声の温度も、言葉の量も、こちらを見る目も。変わらない。何があっても変わらない方だと思った。


 だから今日、庭で歩くのをやめた瞬間が分かった。


━━━━━━━━━━━


 いつもとは違う止まり方だった。


 何かを確認して止まるのではなく、ただ止まっていた。足が自然に動きをやめて、そのまま花を見ていた。どのくらいそうしていたか、クラーラには分からなかった。ただ、声をかけるのがためらわれた。


 壊してはいけないような気がした。


 だから待った。アリシア様が髪飾りに触れて、少し首を傾けたとき、初めて声をかけた。


 「楽しそうで」と言ったとき、何と返ってくるか分からなかった。「何がですか」と聞き返されるかもしれないと思っていた。


 「自覚がありません」という答えは、予想していなかった。


━━━━━━━━━━━


 ディアス様がクラーラを専任に指名したとき、セバスチャン様から一枚の指示書が渡された。


 「朝食を必ず取らせること」。それだけだった。


 なぜクラーラを選んだのかは書いていなかった。今もまだ分からない。


 ただ、今日の庭を見て、少しだけ思ったことがある。


 アリシア様は「楽しそう」と言われて、否定しなかった。自覚がないとは言った。でも、違うとは言わなかった。


 それが何を意味するのかは、クラーラには分からない。


 ただ、悪くない一日だったのだろうと思った。


 アリシア様にとっても。そして、自分にとっても。

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