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元社畜令嬢、婚約破棄されたので隣国で本気出します  作者: ハル


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第十七話 「第二の報告」

報告は週に一度、午後の早い時間と決めていた。


 アリシアは資料を三枚、順番に並べて執務室の机に置いた。

ディアスが向かいに座って、最初の一枚を手に取った。


 「南の交易路、今月は通行数が先月比で十二パーセント増加しています。

来月の商工会前にもう一度数字が揃います」


 「うん」


 「木材の取引ですが、ベルント商会との交渉でこちらが先に提示していた

単価で合意が取れました。年間契約です」


 「早かったね」


 「二回目の交渉で動かなければ引いてもよかったので。先方の在庫状況を

事前に確認していました」


 ディアスが二枚目に目を移した。アリシアは三枚目の内容を頭の中で

確認した。


━━━━━━━━━━━


 「あと一点」


 アリシアは最後の一枚を机に出した。


 「今月、商工会の準備で複数の商人と話す機会がありました。その中で

いくつか先方から出た話をまとめています」


 ディアスが紙を見た。


 「クロイツ公爵家顧問への問い合わせが、先月より増えているようです。

取引の相談だけでなく、直接顧問に話を聞いてみたいという声が複数

出ています」


 「それはアリシアに会いたいってこと」


 「……そういう解釈でも構いません」


 「どう思った?」


 アリシアは少し止まった。「業務上の結果として、アリシア・フォン・

ランベルトという名前がクロイツの商人間に浸透しつつある、ということです」


 「そうじゃなくて」とディアスは言った。「嬉しくないの?」


━━━━━━━━━━━


 部屋が静かだった。


 (嬉しいか、どうか)


 アリシアは答えようとして、止まった。言葉が出てこなかったわけでは

なかった。出そうとしたときに、何かが引っかかった。


 何が引っかかったのかが、分からなかった。


 「……名前が知られることは、業務上、望ましいことです」


 「それは答えになってないよ」


 ディアスは急かさなかった。ただこちらを見ていた。


 (なぜ答えが出てこない)


 アリシアは考えた。「嬉しい」が正しいかどうか確認しようとして、

確認する方法が分からなかった。王国にいたころ、自分の名前が知られる

ことはなかった。知られてはいけなかった。だから比較する基準がない。


 でも、それだけではない気がした。


 「……少し、時間をもらえますか」


 ディアスが少し笑った。「また夕方から考えるの?」


 「それを参考にするつもりはありません」


 「そっか」


━━━━━━━━━━━


 「報告は以上です」


 アリシアは資料を回収して立ち上がった。


 「お疲れ様」


 「いえ」


 廊下に出て、扉が閉まった。アリシアはそのまま数歩歩いて、

窓の前で止まった。


 (分からなかった)


 王国でも同じことは何度かあった。帳簿が合ったとき、交渉が

まとまったとき。ただそのときは常に次の課題があって、止まらずに済んだ。


 ここでは止まれてしまう。


 (昨日の夕方から今朝にかけて、あれと同じだ)


 同じ引っかかり方だと思った。「ありがとう」が言えなかったときと、

「嬉しいかどうか」が出てこなかったとき。どちらも処理しようとして、

できなかった。


 理由は分からなかった。ただ、同じ種類のことが起きているのだと思った。


━━━━━━━━━━━


      *


 王都の貴族の間で、茶会での一件が静かに話題になっていた。


 令嬢たちは大げさにはしなかった。ただ、集まりの席でエミリア・

ローゼンの名が出ると、わずかに間が空くようになった。


 レオナルドはその変化に気づいていなかった。気にするほどのことでは

ない、と思っていた。エミリアが少し疲れていただけだろう、と。


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