第68話 学者の矜持、散りゆく陣形魔法
「すぐ撃ち落として! 放置していたら厄介よ!」
すでにドローンの脅威は、敵にとって周知の事実となっていた。だから敵の攻撃がドローンに集中する。
もちろん敵の攻撃は魔法――正確に言えば魔法を打ち出す魔導具だが――なので、ドローンに乗せているマナススリガイの効果で魔法を吸収する。
もちろんそのまま放置していれば兵士の証言通り、すぐマナススリガイの吸収容量が限界を迎えてしまい、破裂してしまう。当然ながら、俺はその点についても考えている。
「陣形を回せ!」
『了解!!』
ドローンが形成していた車輪型の陣形が、実際に車輪のように回転し始めた。そうすることで魔力を吸収したマナススリガイは後方に待避し、魔力を吸収していないマナススリガイが前方に出る。
「後方に下がったドローンは魔法を撃て。溜まった魔力を消費するんだ!」
魔力を吸収し後方に下がったドローンは、搭載した魔法の杖から魔法をバンバン発射する。敵への攻撃と魔力吸収容量を空ける、2つの狙いを持った行動だ。
この作戦を実行して数分経過したところ、脱落するドローンは1つもない。もちろん人的被害はゼロだ。
「上手くいったようですわね」
「そのようだな。覚えててよかったぜ『車懸りの陣』」
『車懸りの陣』とは、車輪状に陣形を組み回転するように人が移動する陣形だ。敵に一撃を与えすぐ離脱、同時に新手が襲いかかるという動作を繰り返す戦法が特徴で、前世では川中島の戦いで上杉謙信が使用したことで有名だ。
今回は車懸りの陣を、敵からの攻撃と防御双方ができるよう応用した戦法として採用した。結果、として上手くいったようだが。
そして、俺達にとって予想外の事が起きた。
「なんか……魔法の威力が高いな」
何度も魔法の杖を使っていた者の感想としては、いつもより魔法の出力が高く感じた。最初のうちは『吸収した魔力が高いからかな』と思ったが、時間が経つにつれて魔法の威力は高くなり、俺達の感想は威力が高い『気がする』から『確信』に変わり、とうとう『異常』に至った。敵の魔法を弾き飛ばすどころか飲み込み始めたのだ。
「姫様。もしかして、陣形魔法が発動したのでは?」
「そうか、車懸りの陣の陣形魔法か!」
パールの仮説に納得した。おそらく車懸りの陣の回転運動がダイナモのような働きをし、魔力が増しているのだろう。
この想定外の出力上昇が、この戦いの行く末を決定づけた。
「動く陣形……? しかも出力が上がっている……こんなの知らない!!」
「隊長、出力で我々が押し負けます!」
この会話を最後に、マリーナ達の声は聞こえなくなった。俺達のドローンの攻撃で敵陣を滅多打ちにしたからだ。
少しして攻撃を一旦止めた。敵からの反撃が来なくなったのを確認した後、俺達は慎重に敵陣へ進んだ。
「……俺達がやったこととは言え、壮絶だな……」
「それほど敵の攻撃が苛烈だったのです。仕方ありませんわ」
敵陣は地面があちこちえぐれ、建物は今にも崩れそうなほどボロボロ。敵兵は魔法の杖からの攻撃により著しく損壊した、無残な状態で死亡しているのが大半だ。中には上半身が焼け焦げ下半身が氷付けになっているという、二種類以上の魔法を受けたらしき死体も散見された。
「グ、クッ……」
「お前は……!」
現場を確認中、俺はガレキの下敷きになっている人物を発見した。魔導騎士団の隊長、マリーナだ。
「生きてたのか」
「偶然ね……。でも、もうすぐ死ぬわ。首から下が血まみれだからね……。それにしても、最後の最後で研究していた陣形魔法の新たな発見が見られたなんてね。構成員が動き続ける陣形とその魔法効果……興味深いけれど、これについては他人に任せるしかないか……」
そう言ったマリーナは諦めたように笑った。
「なあマリーナ。お前、どうしてクーデターに参加したんだ? 砦の攻防戦から戦ってみて思ったが、優秀な研究者だと俺は感じたぞ」
「誰のせいで……ああ、もしかして姫様には知らされてないのね。いいわ、話してあげる。そもそもここ十年くらいの間に、エルマリス王国の学術研究予算は減らされていたの」
なぜ減らされていたのかというと、エルマリス王国の経済が停滞気味になったから。その問題を解決するために予算を割かれ、不要と判断された物は容赦なく予算を削減された。
「学術研究だって例外じゃない。有用な物以外はどんどん研究予算を打ち切られていった。――いえ、有用だとしても予算の高さから色々難癖付けられて打ち切りされていったわ。その筆頭が――私の陣形魔法だった」
マリーナの研究は有用どころか役に立たないと判断され、研究予算は全てカット。それだけでなく他の研究チームの研究も、マリーナの研究関連だったものを含め予算をカットされたそうだ。
「私の研究がどんな成果を出せるかも確かめずに、問答無用で私をはじめ多くの学者が犠牲になったのよ。そのせいで学者は以前ほど尊敬される職業では無くなったし、未来の国の柱となる芽を摘み取る行為に等しいわ。そんな体制は是正すべきと思った」
そんな時に出会ったのが、ディノフィスだった。
「私が抱える不満を全て理解し、『今の国の学術に対する姿勢は間違っていると思う。そこでだ、私の組織に入って、ぜひその知見を我々に授けて欲しい』と手を差し伸べてくれた。ディノフィス様だけは私の事を正当に評価して下さった。だからクーデター軍に入った。私はあの研究費を確保できれば文句は無かったし、この国の政治思想はどうでも良かったけれど、結果としてクーデター軍に入って正解だったと思っている。少なくとも、私たちの研究は――陣形魔法の実用化は成功したし、魔導具への応用も成功したわ」
それに、とマリーナは続けた。
「目先のことに囚われて予算を打ち切った連中に復讐したかったのも大きかったわ。特に予算の全責任を負う国王に一泡吹かせられたのは傑作だったわね。ただ、1つだけ意外だと思ったことがあったわ」
「意外だと思ったこと?」
「私、根っからの学者肌だと思ってたけど、意外と戦士の適正があったと気付いたのよ。部下の統率も出来たし、戦術も考えられたし、戦場に立っても恐怖をそんなに感じなかったもの。学者だからこそ戦いも合理的にこなせたのかもね」
それと、とマリーナは言葉を紡ぐ。
「あなたたち、これから王宮に入ってディノフィス様に立ち向かうんでしょ? なら気をつける事ね。すでに王宮は私の魔導具で色々罠を張ったから、覚悟して入る事ね。この戦いがどうなるか……あの世から……楽しく観戦するとするわ……」
その言葉を最後に、マリーナは永遠の眠りに就いた。
「……なぁパール。マリーナの言っていた予算のこと、本当か?」
「ええ、まぁ……。お父様から聞いていた話と概ね一致していますわ。ただ、国王陛下に全ての責任があるというのは言い過ぎかと……。国の予算は、実際には国王陛下の他に各大臣や官僚の皆様と何度も会議を行って決めることなので……。一応、最終承認をするのは国王陛下なので、形式的に責任を負うのは国王陛下なのですが……」
「そうか。これは国を取り戻した後も色々仕事が山積みになりそうだな……。でも今は、ディノフィスを倒すのが先か」
そうして俺達は、ディノフィスがいる王宮へと足を進めた。




