第63話 傲慢な降伏
バーナクルが俺達の船の甲板に乗り込んできた。すわ、命を省みない特攻でもする気か!? と船内に緊張が走る。兵士達も警戒しながらバーナクルを取り囲んだ。
だがバーナクルは突然、両膝をついて頭を下げた。
「降伏する」
「……は?」
俺達はバーナクルのとった行動に唖然とした。なぜなら、いきなり現れた敵が膝をついたと思ったら投降すると言ってきたからだ。
「聞こえなかったか? ワシはお前らに降伏してやると言っているのだ。それにクーデター軍の事について、ワシが知りうるあらゆることを話してやろう」
バーナクルはそう言った。だが俺は、完全にこの男の言うことを信用できなかった。特に、降伏するというのに傲慢不遜な態度を崩していないのが引っかかる。
「だが、タダで降伏するわけにはいかん。ワシが提示する条件を飲めばの話だ」
「条件だと?」
「ああ。まずワシの命の保証、そして身分の保障。具体的には伯爵位を保証してもらう。まぁ、それ以上の地位にしてもらっても構わんがな。それとそちらの艦隊司令官の地位ももらおうか。非常に高性能な船を持っているようだが、優秀な司令官がいなければ宝の持ち腐れ。ワシのような司令官がいれば、より戦果を上げられるぞ?」
俺は唖然としてしまった。バーナクルが提示した条件は、あまりにも彼に都合が良すぎる。前世含めてこういう戦争中での交渉事に縁が無かったが、そんな俺でもあり得ない条件だというのは理解出来た。
でもあえて好意的に解釈すれば、この国やこの世界の交渉術なのかもしれない。ということでパールに聞いてみた。
「――あいつの条件、どう思う?」
「非常識ですわ。このエルマリス王国も何度か戦乱や紛争があり、その度に各貴族家は生き残りをかけて裏切りや鞍替えを行ってきました。なので彼の降伏もそうした生き残り戦術の1つではありますが――さすがに虫が良すぎますわ。あまりにもアイツに有利すぎます」
さらにパールは、バーナクルに対する辛辣な評価を突きつける。
「そもそもアイツは、王家や少なくない貴族家を裏切った人物。わたくしの仇であることを抜きにしても、鞍替えしていきなり要職に就かせるほど信用できる人物ではありませんわ。それに裏切ったくせに伯爵位を保持するなど、クーデターの被害に遭われた貴族の理解を得られるはずがありません」
「だよなぁ」
答えは決まったな。俺はバーナクルに告げた。
「残念ながら、お前のその申し出は受け入れられない。このまま捕縛し捕虜にする」
「おや、本当にそれでよろしいのか? ワシの魔法の腕前は知っているだろう」
そうだ。確かコイツ、高度な水と風魔法の使い手だった。つまりアイツは、降伏条件を受け入れなければここで大暴れしてやるぞ、と暗に言っているのだ。
まぁ数の力で最終的に鎮圧できるだろうが、少なくない被害が出るだろう。俺やパールの命も保証できない。
どうしたもんかと頭をひねらせていると、パールがいきなり銃を引き抜いてバーナクルへ発砲した。以前俺がパールに渡した、毒針を発射するポイズンガンだ。
だがバーナクルはすぐさま風魔法を展開し、毒針を防いだ。
「いいのか? お前のその行動が、この船の命運を決めるのだぞ?」
挑発的な物言いのバーナクル。それに対し、パールは淡々と告げた。
「別に構いませんわ。だってあなた、もう死ぬのですもの」
次の瞬間、バーナクルはいきなり吐血した。そして、そのまま床に倒れ伏した。
「バカな……弾は確実に防いだはず……」
「実は最近、一時的にあらゆる特殊能力を得る方法が出来まして。それで瞬間移動の能力を獲得し、毒針があなたにはじかれた瞬間にあなたの体内へと移動させたのですわ」
そうか、シンか。実は万が一に備え、作戦前にシンをパールに渡していた。シンは使い方次第では破格な効果をもたらすので本当に信用できる人物にしか預けていないが、パールは苦楽やベッドを共にした仲なのでシンを預けているのだ。
そのシンの能力を使って、パールは瞬間移動のスキルを獲得。毒針をバーナクルの体内に移動させたわけだ。
「あの……オイスター公爵の野郎の……小娘にいいいぃぃぃぃぃ……!!」
「終わりですわ、バーナクル・ポマチェア。裏切りの精算の時です。あの世で父を始め、多くの方々に詫びなさい」
こうしてバーナクルは恨み言を言いながら、息絶えた。
「……もうしわけありませんわ、姫様。勝手に始末してしまって」
「いや、結果的に波風立たない結果になって良かったよ。あのまま生かしておいたら、クーデターが収束しても深刻な後遺症に悩まされるところだった」
「ありがとうございますわ、姫様!」
そう言ったパールの目には、涙が浮かんでいた。
***
~ディノフィスside~
「バーナクルが死んだそうだ」
「あら、そうですか」
アクアリウムの王宮内で、ディノフィスとマリーナが話していた。話題は艦隊の壊滅とバーナクルの戦死について。
バーナクルの戦死自体は、一部始終を目撃し奇跡的に生き残りアクアリウムへ帰還できた兵士が報告した。そしてバーナクルもマリーナもディノフィスの戦死に全く心が動かされること無く、淡々とした反応だった。
「おや、マリーナ。そんな反応をするとは予想外だ。シェルドンとディノフィスの仲裁で何度も話しているだろうに」
「組織を円滑に運営するため、仕方なく仲裁しているだけです。私もディノフィスに対してはあまり快く思っていませんでした」
ディノフィスは貴族の権威を振り回し、平民を下に見るタイプの人間だった。それがシェルドンとの諍いの原因でもあった。
そしてマリーナも内心、シェルドンと同じ印象を抱いていた。それを表に出さなかったのは、マリーナが組織のため私心を押し込められる人間だったからに他ならない。
そんなマリーナの本心を、ディノフィスは見抜いていた。
「そうじゃないかとは薄々思っていた。本来ならああいう人間は僕らの組織にはあまり好ましくない。人心掌握の観点から足かせになってしまうからだ。海軍や艦隊戦に関する深い知識が無ければ、要職に就けることも無かった」
「確かに、自分達の中で艦隊戦にあれほどまで詳しくし経験もある人材はいませんでしたからね。――まぁ、オイスター公爵と対立した原因になった件を考えると、トップクラスの指揮官だったかどうかは怪しいところですけど」
バーナクルとパールの父であるオイスター公爵が政敵同士になった原因は、海事法に関する対立が背景にある。
オイスター公爵は、船の上では船長や航海士と言った船内の組織図や序列が絶対であり、地上の社会的地位を無効化する法律を加えようとしていた。なぜなら、船や航海について詳しくない貴族が自分の地位を振りかざし、無理な命令を行った結果、遭難や事故に繋がる事件が多々発生したからである。
ところが、一部の貴族は『貴族の権威を貶める』として反対していた。その筆頭がバーナクルであった。彼は貴族の地位に悪い意味でプライドを持ち、さらに自分が一定以上の海事知識を持っていることが合体し、『貴族であれば船の運航程度造作も無い』と思い込んだ事が動機だった。
結局国王判断でオイスター公爵の案が採用されたが、この件でバーナクルはオイスター公爵へ敵愾心を強く持つことになった。
なお、パールはこの件についてほとんど知らない。オイスター公爵は仕事のことについて家族にはあまり話さないタイプであったからだ。
「ところでマリーナ。シェルドンの状態はどうなんだい?」
「施術は成功。今は完全に定着させるため安静にさせています。その後、試験的に身体を動かしてみて問題無ければ実戦に投入できます」
「順調、ということだね」
「もちろんです。それと街や王宮の防備を整える準備も着々と完了しています」
「そうか。艦隊が壊滅した以上、反クーデター軍がアクアリウムに上陸するのも時間の問題。こちらも迎え撃つ準備を整える必要がある。引き続きよろしく頼む」
「ええ、お任せください」
マリーナは一礼すると、ディノフィスの前から引き下がった。もはや一刻の猶予もない。迎撃をさらに強固にするため、マリーナはまた作業に没頭するのだ。




