第58話 ブラキッシュ湖を閉じ込める壁
「それでは、これより出発します。今回の行軍は、敵地と化したアクアリウムに最接近します。また目的地に着いてからの行動も、これまでのものとは全く異なります。各々、警戒を怠らないように」
『はっ!!』
第三砦を発つときがやって来た。今回はアクアリウムがあるブラキッシュ湖畔を目指す。アクアリウムはクーデター軍の本拠地になっているため、俺達は敵の目と鼻の先まで近づくことになる。
当然危険度は今までの行軍とは段違いに高くなるため、いろいろと対策を練る必要がある。
まず、出発するのは夜中だ。今までは朝から夕方までに行動していたが、今回は敵の目を避けたいので夜に行動する。もちろん、明かりは最低限だ。
さらに、なるべく道は通らず森を抜ける。そっちの方が気付かれずに済む可能性が高いからだ。大型の馬車が使えなくなる欠点があるが、俺達にはストレージトランクがあるので関係ない。
もちろん、森を通るルートは偵察隊を何度も派遣したおかげで安全がある程度確保されている。レヴィアタンの残骸を発見したのも、ルート探索のために派遣した偵察隊が偶然見つけたものだ。
さて、そんな入念な準備を整えた事が功を奏したのか、大きな問題は何も起きずに第一目的地にたどり着いた。
「ここで一旦停止です。ここから少し歩けば森を抜け、ブラキッシュ湖半にたどり着きますが――次の段階に進む前に先遣隊が帰ってくるのを待ちましょう」
しばらくすると、先遣隊が戻ってきた。
「報告します。ブラキッシュ湖には警戒用の小型帆船が展開されておりますが、湖全体に散らばっており戦力密度としてはそう多くありません。作戦決行は可能かと」
「我々がいる湖東側に戦力を集中すると思っていたのですが……疑心暗鬼になっているのでしょうか? とにかく、これは好機です。ここから先は姫様とパール様の役目ですが、準備はよろしいですか?」
「ああ、問題ないぜ」
「もちろんですわ」
そして俺は自分のストレージバッグから自動車を取り出した。ドラゴンヴェイルを旅していたときに使っていたものだが、さらに改良を加えてある。
俺が運転席に、パールが助手席に、護衛の兵士二人が後部座席に座ると、俺は自動車のモーターを起動させた。
「それじゃイカネス、行ってくる」
「朗報を期待していて下さいね」
「お気を付けて。御武運を」
俺はアクセルをふかし、一気に森を抜けた。
「おお、これがブラキッシュ湖……」
「風光明媚でしょう? 明るいときに見るとより一層感動しますわ!」
森を抜けて目に飛び込んだのは、広大な湖と、中央に浮かぶ都市の姿だった。現実離れした不思議な光景で、こんな状況で無ければ立ち止まってしばらく眺めていただろう。
「パール、周囲の様子は?」
「敵兵らしき人影はありません。湖の船は距離があって、こちらが明かりを灯さない限りは気付くことも無いと思いますわ」
「よっしゃ。それじゃ作戦通り行くぞ」
「訓練の成果を見せますわ!」
俺はハンドルを切り、湖岸と平行に自動車を走らせる。
「ケンチクガイを召喚する。パール、後は頼む」
「はい。トリデガイを投げますわ!」
俺は自動車を走らせながら一定間隔でケンチクガイを召喚。パールはあらかじめストレージバッグに収納していたトリデガイを手に持ち、ケンチクガイに投げた。
実はこれ、第三砦でずっと俺とパールが訓練していたことだ。訓練場の広さの都合で、訓練ではレンキンガイを召喚し適当な貝を投げていただけだが。ただ、本番はレンキンガイよりも大きいケンチクガイ。そこに投げ入れるのは訓練の時よりも簡単だろう。
このような作業を続けていると、後部座席に座っている兵士が声を出した。
「前方に川が見えます」
ブラキッシュ湖は、アクアリウム王国中の主要河川といくつも繋がっている。普通に考えれば橋を探して渡るところだが、生憎そんな時間は無い。悠長に回り道をしては敵に見つかり、作戦を失敗するリスクが高くなるのだ。
もちろん、それも十分に織り込み済みだ。
「ジャンプする。しっかり掴まってろ!」
俺がジャンプボタンを押すと、自動車の下部に仕込まれていたガス噴射装置が作動。下方向にガスが強く噴射され、車体が大きく飛び跳ねる。そしてそのまま、川を飛び越えた。
「よし! 成功!」
「お見事ですわ、姫様!!」
これが自動車に施した改良。ガスガイと一緒に錬金することで、ジャンプ機能を手にしたのだ。原理的には跳躍ユニットと似たようなものだな。そしてこの目論見は成功し、俺は内心ホッとしている。
無事に川を渡ると、ケンチクガイとトリデガイを設置する作業を再開する。
これを繰り返すこと1時間弱。ついに湖を一周できた。
「見ろよ、パール」
「圧巻ですわ……」
俺とパールの作業の結果、現れたのは――ブラキッシュ湖を閉じ込める、壁のような砦だった。
***
砦の建築に成功した後、イカネス達がいる森へ自動車のライトをパッシングする。あらかじめ決められたリズムでパッシングすることで、作戦成功の合図となるのだ。
この合図を行って少しすると、イカネスや待機していた兵士達が現れた。
「成功したようですな、姫様。実際に目にすると、ご立派で壮観な砦ですなぁ」
「そう言ってくれてうれしいけど、早く砦に入って装備を調えないと。侵入しづらい構造とはいえ、丸腰の状態なんだからな」
特に結界を張っていないのが痛い。砦の壁面は貝殻の内側のようにツルツルで登りにくいが時間をかければ乗り越えられるし、頑丈とはいえ破壊できる状態だからな。
「そうですな。では全員、砦に入って速やかに装備を調えなさい。防御結界発生装置は最優先で取り付けること」
「砦の中は自由に移動出来るようになっている。川は水門と兼用の橋になっているから、砦の外から移動するよりも速いはずだ」
『はっ!!』
兵士達は一旦砦の中に入ると、装備を設置しにそれぞれの砦へ散っていった。
装備の設置はあらかじめ段取りが組まれており、数人で構成される部隊ごとにどの地点の砦の装備を調えるか分担されている。兵士達に持たせているストレージトランクに必要な装備品を収納しており、それらを指定された場所に展開すればOKだ。
ちなみにこの砦、俺が言ったように川は水門になっている橋が架かっている。背が高い立派な水門で、この水門の上が川を挟んだ砦同士を繋ぐ橋になっているのだ。
水門は金属製の丈夫な柵で出来ている。魚は通すが船は通さないのだ。この水門によってブラキッシュ湖は完全に外部との連絡を絶たれた、孤立無援の状態にするのだ。
装備の設置はスムーズに進み、30分もしないうちに結界を全て展開、1時間で最低限の武装を装備できた。
「これでアクアリウムは完全に孤立しました。クーデター軍には外部からの援軍を呼ぶ術も、逃げ場もありません。勝利は間近ですな」
「そうだな。もちろん、この勢いに水を差さないように油断しないようにしないとな」
結界を展開出来てからイカネスとそういう話をしたが、まだ砦としての体裁を最低限整えただけだからな。
この後、生活するための設備や武装を厚くするにはさらに時間を要したが、この辺は俺達の予想の範囲内で収まってくれた。




