第57話 ディノフィスの正体
レヴィアタンを辛くも撃退してから数日経った。その間に進展したことがいくつかある。
まず、アクアリウムに到着した直後の行動を見据えた訓練が始まった。エルマリス王国の首都であり現在クーデター軍の本拠地と化しているアクアリウムは、この第3砦から半日ちょっと歩けば視界に捉えることが出来る距離にある。
だがアクアリウムはエルマリス王国最大の湖『ブラキッシュ湖』に浮かぶ島に建てられている。このブラキッシュ湖が天然の要害となっているため、ブラキッシュ湖に到着して即アクアリウム攻略――とはならない。ブラキッシュ湖畔に拠点を構え、きちんと攻略できる態勢を整える必要がある。
この拠点を作る方法が今まで砦を建ててきたやり方とは少し異なっており、無策で行えば敵からの妨害を受けて失敗する可能性が高い。
そのため、俺とコーリー、そして選抜された兵士と一緒に訓練に励んでいる。この訓練である程度動けるようにならなければ、第二砦からの補給が安定しても進軍できない。
あとは、レヴィアタンの残骸の確保に成功した。砦の近辺を見回っていた部隊が付近の森の奥まった所から発見したのだ。
このレヴィアタンの残骸はストレージトランクに収納され、砦の中庭に取り出され検分されていた。
「デカいな……」
「これが動いて攻撃を仕掛けてきたなんて、今でも信じられませんわ……」
「ストレージトランクの容量がこれ一体だけでほぼ一杯になったそうです。それだけ規格外の兵器だったのでしょう」
簡単な検分の結果、最重要な心臓部分は取り出され、内部の回路や重要なパーツは破壊されていたことがわかった。今の状態で技術的な情報を得るのは不可能そうだ。
一通り検分された後、レヴィアタンはストレージトランクに戻された。中庭は訓練場として使われているので、こんなデカいものを置きっぱなしにしていると訓練がままならなくなるからな。
「レヴィアタンはこの後どうなるんだ?」
「次の補給部隊が到着した際に預け、ルビーハーバーまで送るつもりです。レヴィアタンは既に魔導兵器としての価値を失っていますから、砦に置いておくだけ無駄ですので。ただ全身にアダマンタイトが使用されていることが判明しましたので、鋳溶かして売却するか、武器や素材に使用すれば役に立ちますよ」
アダマンタイトはこの世界において最も丈夫で硬い金属で、武器や耐久性を求められる部品の素材として最優秀なのだそうだ。ただ量が少なく貴重なので、金に匹敵、相場によっては金以上の根が付けられることもあるそうだ。
そういう事情を鑑みれば、イカネスの判断は正しいのだろう。
そんな毎日を続けていたある日、俺とコーリーはイカネスに呼び出された。しかもその場所は、この砦内で最もセキュリティが高く盗聴の隙も無い会議室であった。
「申し訳ありません。本来、お二人は呼び出されるようなお立場の方ではないのですが……」
「いいよ。こんな会議室で話すくらい重要な事なんだろ?」
「それで、お話ししたいこととは何ですの?」
イカネスは『ありがとうございます』と頭を下げて礼を言った後、真剣な表情で話し始めた。
「お話ししたいことは、クーデター軍の首領であるディノフィス・アンモーンについてです」
「確かアンモーン家の四男だったはずですわよね、彼」
ディノフィスの出自については、パールと初めて会ったときに教えてくれた。エルマリス王国で代々重臣を務めていたアンモーン家の四男だったはずだ。
「パール様のおっしゃるとおりです。そしてディノフィスはアンモーン家の一族全員を皆殺しにし、その直後にクーデターを実行しました」
「な、なんですの、その事件!? 初耳ですわ!」
「それはそうでしょう。すぐクーデターが起こって国中が混乱しましたから、発覚したのが遅かったのです。私もルビーハーバーに拠点を確立し、クーデター軍について情報を集める中で知ったのですから」
クーデターを起こす前に発生した事件について驚きを隠せない俺達だったが、さらに衝撃の事実がイカネスから告げられた。
「今からお話しすることは、知っている人はあまり多くありません。私が存じている方は亡くなった国王陛下、王妃殿下、アンモーン家当主、そして私だけだと思います」
「それほど重大な秘密なのか」
「はい。実はディノフィスは、本来アンモーン家の人間ではありません。先代国王――姫様の祖父に当たる方の御落胤、すなわち隠し子なのです」
それって、つまり――ディノフィスは本来なら王家の人間だった、って事か!?
「露見すると王位継承権などの問題が発生するため、彼の存在は秘匿する必要がありました。そこで代々重臣として仕え、王家からの信頼も厚かったアンモーン家の子として育てるという方針に決まりました」
そういうわけでアンモーン家の人間になったディノフィスだったが、アンモーン家からの扱いはあまりよろしくなかったらしい。
「一通り貴族としての教育は受けたようですが、他のアンモーン家子息・子女のように手厚くは無く。15歳で成人を迎えてもまともな職に就けなかったそうです。たまに王宮へ重要度が高くない手紙を届けるくらいという、アンモーン家の若手家臣がやるような仕事を20年近く続けていたと聞きました」
「……なんでそんな扱いに?」
「扱いにくい存在だったからでしょう。彼は王家からなるべく存在を秘匿したい存在。下手に重要な役職について活躍してしまえば、存在が露見する可能性があります。だから彼はアンモーン家で飼い殺しのような日々を送ることしか許されなかったのです」
当然、結婚もNGだ。王家にとって爆弾のような存在の血筋を後世に残しては、どんな大事件が起こるかわかったものではない。だからディノフィスはアンモーン家当主から結婚も交際も一切許されていなかったらしい。
「現在、ディノフィスがこの事実に気付いているかどうかわかりません。ですがアクアリウムが占領されている以上、王宮に残された資料から真実を知っていると考えるべきでしょうな」
「この戦い、私たちが勝ってもクーデター軍が勝っても、大義名分が立ちますわね。どちらも正当な王家の血筋のものを抱えているのですから」
パールの言うとおり、王位の問題についてはどちらが勝っても問題無い。おそらく次の戦いで勝った方が王位を確立し国の形を定める。そして負けた方は二度と再起できなくなる。なぜなら、王位継承の問題を盾に正当性を主張しても、説得力が足りなくなるからだ。
「パール様のおっしゃるとおりです。なので次の戦いは、絶対に勝たなければなりません」
ただ別件ですが、とイカネスは前置きした。
「ディノフィスとは何度か偶然会って話したことがありますが、年齢に比べて若いと感じました」
「若い、ですの?」
「はい。彼が30を過ぎても若く感じたのです。もちろん身体や顔つきは年相応だったのですが、なんというか――話し方が若いと感じたのです。まるで若い学生を相手に話しているような、そんな気分になりました」
イカネスはそういう感想を持っていたが、ここ1年くらいで急激に印象が変わったらしい。
「1年ほど前から、ディノフィスの印象は変わりました。話し方に年相応の貫禄が――ひょっとしたらもっと上の年齢の方と話しているような感覚がしたのです」
あれは何だったのでしょう、とイカネスは首をかしげた。
だが俺は、前世の経験からその感覚の変化に心当たりがあった。
「あー。もしかしたら、俺、心当たりあるかも」
「本当ですの、姫様!?」
「是非ご教授下さい、姫様」
イカネスから頼まれたが、俺は首を横に振った。
「教えたいのはやまやまだけど、まだイカネスから聞いた話からしか予想できていないからなぁ。まだ確証が足りないし、余計な情報を与えて先入観を与えたくない。多分確証を得るには、本人と直接会う必要がある」
でも、と俺は続けた。
「この情報の有無で戦いに影響があるわけではないよ。別に魔法の効果によるものとか、そういうんじゃ無いはずだから」
そうして、数々の秘密が明かされた内々の会議は、これでお開きになった。




