第40話 富を生む貝
朝食を終えた後、俺達は執務室に案内された。普段イカネスが仕事をしている部屋で、奥には大きなデスク。その後ろには巨大な本棚が鎮座しており分厚い本がぎっしり並んでいる。
デスクの前にはローテーブルを挟んで対面するように配置されたソファがあり、ここが応接スペースらしい。俺達はこの応接スペースのソファに座ることになった。
「それでは、姫様のスキル成長計画について話しましょう。まずは現在のスキルの確認です。姫様、ご確認いただけますか?」
「ああ、わかった」
ということで、俺は現在のステータスを確認した。
------
スキル:貝使い
称号:竜宮城の主(第7段階)
召喚可能な貝:アコヤガイ、白蝶貝、黒蝶貝、フウセンダコ、ライデンガイ、センスイガイ、キンゾクガイ、カメラガイetc...
<既に召喚可能な貝は非表示>
------
いつの間にか第7段階に成長していた。おそらく海上の戦闘が影響したんじゃないかな、と思っている。相変わらず仰々しい称号で少し恥ずかしいが、これは俺の一部だから仕方ない。
「確認した。いつの間にか1段階成長していたぞ」
「おや、まだ姫様はご確認されていなかったのですね。……それはともかく、姫様に目指していただくスキルはもう1段階上となります」
「具体的にどうやれば成長させられるんだ?」
俺が質問すると、イカネスはすかさず答えた。
「まずスキルをひたすら使うこと。使い込んでいくことによって習熟度が上がっていきスキルが成長しやすくなります。もう一つは戦闘経験です。これは身に覚えがあるのでは?」
「あー、まぁ、確かに」
今まで戦闘した後にステータスを確認すると成長していたことが多々あったからなぁ。
「戦闘に関しては丁度良い相手が見つかるまでお待ちを。姫様が危険にさらされ万が一のことがあっては本末転倒ですから。今はスキルの使い込みを優先します」
「なるほど。ところで、スキルの使い込みとルビーハーバーの問題解決がどう関係する――ああ、そういうことか」
俺は召喚可能になった貝のリストを思い出し、イカネスの意図に気付いた。俺がスキルを使い込みつつ、ルビーハーバーの交易品不足を解消する手段。
「お気づきになられましたか。そうです。今日から姫様には、宝石を生産していただきます」
***
それから数週間が経過した。
「よし、今日も大漁だな。それじゃあ運び出してくれ」
『わかりました!!』
イカネスが手配した労働者達が、真珠を満載した箱を次々と運び出している。
今俺が取り組んでいるのは『真珠の養殖』だ。俺のスキルの特訓とルビーハーバーの交易品不足を解消するための手段として、イカネスが考案した物だ。
俺はイカネスにあてがわれた海岸でアコヤガイ、白蝶貝、黒蝶貝といった真珠を作る貝を大量に召喚し、貝殻を素材に錬金した『真珠の核』を取り込ませる。本来ならメスや針を使って、あらかじめ切除した外套膜と共に埋め込むのだが、貝使いのスキルを使って貝を操作すれば造作も無いことだった。
その後、金属製の養殖網に真珠貝を入れ、専用のイカダから網を海中に吊り下げればOK。イカダはイカネスから提供してもらった木材から、養殖網は真珠貝と同じタイミングで召喚可能になった『キンゾクガイ』を錬金して作っている。
------
キンゾクガイ
海から微量に溶けている金属を殻の材料にする巻貝。表面が金属でメッキされたような外見をしている。どんな金属を収集するかは個体ごとの好みとされる。
------
養殖を開始してから数日で真珠を採取できる。しかもいびつな形の真珠は1つとして存在せず、商品として売れるレベルの物が必ず採取できるのだ。
こんなことができるのも、貝使いのスキルのおかげだ。前世で観光用の真珠養殖センターでバイトしていたことがあって真珠養殖の知識はある程度知っているが、確か核を入れてから真珠採取できるまで年単位かかっていたはずだ。
その間に肉食性の貝に襲われたり死んでしまったりすることもあるらしい。もちろん毎日お世話をしなければ死ぬ貝は増え、いい真珠は出来ない。
そんな手間暇や時間を一気にスキップ出来てしまうのだから、貝使いのスキルはまさしくチートだ。貝や真珠の成長をとんでもない速度で早めることが可能なのだ。
「姫様~!!」
「本日も貝のお世話、精が出ますね」
今日の作業を終了しようとした時、パールとイカネスがやって来た。二人は定期的に様子を見に来ているのだ。
「パール、イカネス、今日も大量に採れたぞ。品質も良くて期待できそうだ」
「それは良かったですわ。ルビーハーバーの復興にとっても重要な資源ですもの」
パールの言う通り。ルビーハーバーは貿易で栄えているが、貿易が継続できないと財政的に破綻してしまう。だからこそ真珠の生産はルビーハーバーにとって極めて重要なものとなっていた。
「ルビーハーバーに来訪する外国の商人からの評判も上々です。特に珍しい色の真珠は驚きと共に受け入れられ、その珍しさから高値で取引されています」
実は、真珠の色は白だけではない。真珠貝の種類や個体差、成長中に取り込んだ不純物なので色が変わることがある。
代表的なのは黒蝶貝だ。その名の通り黒い真珠、すなわち『ブラックパール』を生成するが、赤やや緑が入ることもある。特に深緑に赤が入ったクジャクの羽のような色合いの『ピーコック』は前世でも珍重されていた。
白蝶貝の場合、真珠層の周縁部が黄色の『ゴールデンリップ』と呼ばれる個体がある。ゴールデンリップが生成する真珠は、なんと金色になるのだ。
そしてイカネスの話によると、この世界――エルマリス王国周辺や関わりがある国の話だと思うが――真珠は白、もしくは銀色っぽく見える物しか知らないらしい。だから白以外の真珠は『見たことのない色の真珠』として珍重されているのだ。
「最初の頃は『画材で塗装しているのではないか』と疑われていましたが、今ではそんな話がウソのような人気になっておりますな」
「そんなこともありましたわね。わたくしが水や酒精の高いお酒、油で洗っても色が変わらないことを証明しましたわ。そうしたら疑いの目が驚き――いえ、パニックに変わってしまいましたが」
「ええ。お陰様で当時の価格が5倍から6倍に跳ね上がっておりまして……これでルビーハーバーの経済復興は順調ですな」
ルビーハーバーは貿易で栄えている街である。だが、クーデター後のエルマリス王国の政情不安を理由に、船乗りや商人が敬遠してしまっているのが現状だった。
しかし今、俺の貝使いのスキルで養殖した真珠で経済を支えている。養殖真珠はルビーハーバーに来た商人の心を掴み、真珠を買わせるための資金を持って来させる。
そしてその資金はルビーハーバーに住む人々の生活の糧になると共に、クーデター軍に対抗するための準備を進めるのに使われるのだ。
「そうそう、姫様。次の姫様のスキル成長の策ですが……」
「お、もう次の特訓を考えたのか!?」
ところが、イカネスは首を横に振った。
「いえ。ある程度形になってはいるのですが、いいタイミングがなかなかやって来ず……。申し訳ありませんが、しばらく真珠養殖を頑張っていただければと……」
「そうか。まぁ、イカネスが考えて動いてくれてるのはありがたい。気にせず待つよ」
俺がそう言うと、イカネスは深く頭を下げた。
「ご理解いただけて何よりです。なるべく早く次の特訓が出来るよう努力いたしますので、今しばらくお待ちを……」
ところがこの『特訓』、俺の予想よりも早く行うことになったのだった。




