第33話 大海原の静かなる脅威
翌朝。俺は甲板で潮風に当たっていた。この世界に来てから早寝早起きが染みついてきたが、船の上で潮風に当たり頭を完全に起こすのは特別感がある。
「おはようございますわ、姫様!」
「おはよう、パール。よく眠れたか?」
「はい! ここまで大きな船だから部屋も広く快適ですし、揺れも少ないのでぐっすりと眠れましたわ」
揺れが少ないのは、波の揺れを相殺する機構を備えているからだとハミットが言っていた。
そして俺はパールの言ったことが気になっていた。ラデン号のことを『大きい』と言ったのだ。ラデン号を建造したときも言っていたと思うが、その時は俺も船を建造できた衝撃が大きく聞けていなかったのだ。
そもそもラデン号の全長は約50メートル。前世では小型船舶免許で運転できる船のおよそ倍程度の大きさで、超大金持ちが持っているようなクルーザーくらいの大きさだ。つまり金さえあれば個人で買える程度の大きさしかラデン号はないのだ。
なのに、なぜかパールはラデン号のことを『大きい』と評している。理由はある程度予想しているが、気になったので聞いてみた。
「パール。この世界の大きい船って、どれくらいの大きさだ?」
「そうですわね……全長が大体50~60メートル。大砲を100門以上乗せられる戦列艦がそれくらいですわ」
やっぱりそうか。この世界の船は帆船が主役だから、パールが言った様なサイズ感が共通認識なんだろう。
ちなみに、なぜ俺が船について詳しいかというと、フリーター歴に秘密がある。実は数十年前、マリーナの売店でバイトしていたことがあった。マリーナって言うのはプレジャーボート――趣味や娯楽のための船用の港のことだ。役割としては船の駐車場兼サービスエリアと言ったところか。
そこの売店で働いていたときに船好きな常連さんと仲良くなったことがあり、色々船について教えてもらった。そのことが、俺が船の知識についてある程度知っていた理由なのだ。
「ところで、姫様もよく眠れましたの?」
「まぁ、おかげさまでな……」
風呂で『あのネグリジェ』を着てから自室である船長室に戻ったのだが、途中でパールに鉢合わせた。風呂や食堂と言った共用施設があるエリアの通路は1つしか無いので、偶然ではなく必然だ。
その時のパールは『お似合いですわ、姫様』と言いながら風呂に向かって行ったが、明らかにネグリジェ姿の俺をガン見してた。いや、視線はまっすぐ俺を見つめていたワケではないが、確かに上から下まで眺めていたので気づいたのだ。明らかに獲物を見る目をしていた。
俺はパールがネグリジェを作った目的がセクシー姿の俺を見たいためだと薄々感じていたが、この出来事で確信に変わった。
元々着ていた服を着ればよかった? 脱いだ服はハミットが洗濯物として回収したよ。だから俺にはネグリジェを着るしか選択肢はなかったのだ。
なお、着心地に関しては非常に良かった。ベッドに潜ってからいくら寝返りしてもどんな寝相になっても動きを阻害しない、寝間着としては最上級と言っていい代物だった。
「とりあえず、朝食にしようぜ。食堂に行こう」
「はい、お供しますわ」
ネグリジェの話題は深掘りすると墓穴を掘りそうだったので、朝食の話題に切り替えて会話を終わらせた。
***
~バーナクルside~
「――以上で報告を終わります」
「うむ。よくやった」
エルマリス王国北部、とある軍港。以前はエルマリス王国を海賊や魔物から守る海軍が駐屯していた軍港だったが、現在はクーデター軍により掌握されてしまっている。
そして、ルビーハーバーを始めとした反クーデター勢力の都市・地域に攻め込む拠点と化している。
この軍港にある司令室にて、クーデター軍の海軍を統括しているバーナクル・ポマチェアは部下から報告を聞いていた。
「しかし、まさか戦列艦級の船に乗り込んでいるとは思いもしなかったわい」
『戦列艦級の船』とはラデン号の事だ。実はこの直前までバーナクルは、コーリー達はモーターボートで海上を移動するのかと思っていた。しかしまさか50メートル級の船を建造しそれに乗って移動するとは、全くの想定外だった。
「我々も目を疑いました。大型の船、しかも全身螺鈿細工という派手な出で立ちの船が現れたかと思えば、甲板にコーリー・ノーチラスとパール・オイスターがいたのですから」
「とにかく、ワシは斥候隊の報告を信じよう。信頼しとるからな」
バーナクルの斥候隊は優秀だ。海上であればあらゆる状況でも確度の高い情報を持ち帰ってくる。コーリーはなるべく目立たないように陸から離れた場所を航行しているが、それすらも斥候隊からすれば小細工扱いなのだ。
斥候隊の優秀さはバーナクルも認めるところであり、全幅の信頼を寄せている。
「とにかく、戦列艦級の船であれば考えていた作戦は無しだ。あれは足の速い小舟相手に考えていた策だからな」
バーナクルは元々コーリー達を捕まえるための作戦を考案していたが、それはコーリー達がモーターボートに乗っている前提で立てた作戦だった。考え直すほか無い。
「相手の武装についてわかっていることは?」
「それが、武装を使用しているところに鉢合わせず……。大砲の窓らしき部分も見当たらなかったので、よくわからないのです」
コーリー達にとっては幸運なことに、斥候部隊はラデン号の武装の試射を行った後に発見していたのだった。さらに砲身を出す窓は、砲身を仕舞っているときは船の外装と面一になるので外見だけで武装を把握するのは困難な構造なのだ。
「そうか……仕方ない。とりあえず対戦列艦の戦術を応用してやってみるか。捕捉する場所は――ここだ」
バーナクルが広げられていた地図に指さした。その場所は、エルマリス王国北部の東端。
「ここは魔物の生息域から外れているため、魔物の横槍が入りづらい。さらにヤツらが目指すルビーハーバーは目と鼻の先だから、警戒心が緩む頃だろう。ここで待ち受ける」
「はい、分かりました。準備を開始します」
「頼んどるぞ! ワシも準備をしよう」
こうしてバーナクルは、コーリー達を待ち受けるのだった――。




