第20話 追跡と逃亡、そして北へ
「姫様、確かあの男……シェルドン、とおっしゃっていましたわよね?」
「ああ。ブリリアントビーチにいたときに俺を襲撃してきた奴だ」
「実際に目にしたことはありませんが、名前なら聞いたことがありますわ」
パールによると、ディノフィスによるクーデターが成功した後、クーデター軍からいろいろと文書が発行されたらしい。
その中に人事関係の文書もあったそうなのだが、その文書に陸軍総司令、そして陸軍の花形部隊とクーデター軍内で位置づけられている騎兵隊指揮官としてシェルドンの名前があったそうだ。
「わたくし、王族や貴族の方であれば大体名前を知っているのですが、シェルドンという名前に聞き覚えがありませんわ。おそらく平民出身の方かと……」
「そうか。でもあいつらの考察は後だ。今はこの場を切り抜けることを考えないと……」
俺たちは探索用の装備に急いで着替えると、まずは俺だけ家に外に出た。
「おとなしく出てきたか。変な気を起こすんじゃねぇぞ」
シェルドンは目配せをすると、兵士を二人向かわせた。そして距離を取ったところに弓を構えた一団が。俺が怪しい動きをしたら撃つつもりなのだろう。
そして捕縛係の兵士が縄を手に俺を捕まえようとした、その時。
「もっと注意して見てみなよ、お兄さんたち」
「っ……?」
実は、俺はナタを逆手で持って背中に隠していた。そして兵士が近づいてきたところで一閃。一気に二人の首を刎ねた。
前世含め、自分の手で人を殺したのは初めてだが、特に何も感じなかった。どうやら俺は、自分や親しい人に危害を加えようとする人間に対しては容赦しない性格らしい。自分の事ながら初めて知った。
このまま兵士の死体を盾に飛んでくる矢をしのぐ算段だったが、それは不要になった。
「え……殺した……?」
「姫さんは虫も殺せない箱入りじゃなかったのか……?」
「それに、一撃で首を刎ねた……しかも二人いっぺんに……」
「達人でもあそこまできれいに斬るのは難しいんだぞ……」
兵士たちは、俺がいきなり人を殺したことに動揺しているらしい。俺が人殺しと縁のない姫だからそういうイメージがあったが、そのイメージを簡単に裏切るような行動を俺が取ったからだろう。
まぁ、このチャンスを利用させてもらおう。
「パール、計画変更! すぐ反撃するぞ! あの弓兵隊を狙え!!」
「お任せくださいませ!!」
俺の声を聴いて、すぐにパールが家の中から出てきた。パールは水の杖を敵に向けると、大量の水で押し流した!
「な、弓兵が……」
「仲間が居るなんて聞いてないぞ! しかも魔法使い!」
敵軍に動揺が広がる。だが、シェルドンだけは驚きつつも冷静に判断できるようだ。
「怯むな! 相手は少人数だ、数の力で圧倒しろ!」
シェルドンは味方を叱咤し、兵士達を突撃させた。
「本格的な近接戦になるか……。パール、援護を頼む」
「わかりましたわ!」
俺がナタを構えると、パールが魔法を発射する。
「ちょっと痛い目見てもらいますわ!」
パールは水の玉を無数に発射する。水の玉はそんなに大きくないが、速度が非常に速く当たれば骨の一本や二本は確実に折れる。
「くそっ、こうなりゃやけくそだ!!」
敵兵は、水球で吹き飛びつつも決死の覚悟で突撃してきた。俺はそれに対し、ナタを振るいつつ応戦する。
「このガキ、なんで俺達の攻撃に対応できるんだ!?」
「この動き、ベテランレベルだぞ!?」
「武器の性能も違いすぎる……。こっちの刃がボロくなりそうだ……」
俺は兵士たちの攻撃を受け流し、ナタで首を刎ねていく。ナタによる一撃は、敵の鎧を簡単に斬り裂くので首だけでなく胴体までスパスパ斬れるのだ。
もちろんこの結果は貝使いの能力ありきなのだが……やはり数の暴力はすさまじい。俺達二人だけでは持ちこたえられそうにない……。
「あ、そうだ」
その時、俺は1つの妙案を思いついた。それは、貝使いが4段階目『深海の支配者』成長してから召喚出来るようになったが、『何に使うんだろう?』と思って一度も召喚することがなかった貝だ。
だが、今が召喚するとき!
「来い、『テクセガイ』!!』
「な、なんだ、突然貝が大量に……」
「巻貝か? 妙に平べったくてデカいが……」
「それに表面がテカってるぜ。気持ち悪い……」
兵士達は突然現れた大量の巻貝に動揺している。そりゃそうだ、何もない空間から出てきたら混乱するに決まってる。
だが、召喚するインパクトだけを期待して召喚したわけではない。このテクセガイ、ある性質があるのだ。
「あ、俺の剣が!!」
「槍も斧も取られたぞ!!」
「うわあああぁぁぁぁ!! 貝が武器を振り回している!?」
実はこのテクセガイ、表面の粘液を飛ばして相手の武器を奪い、振り回す生態を持っているのだ。
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テクセガイ
平べったい巻貝。貝殻の表面に粘着性が高い粘液を分泌し、それを投げ縄のように投げ飛ばして気に入った物を奪う。さらに奪った物を自在に使いこなす能力を備えており、武器を持たせると手が付けられない。
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テクセガイが武器を奪い暴れ始めると、敵側の混乱が極まり、地獄絵図のようになる。そしてそれは、俺達にとってもチャンスだった。この混乱に乗じて逃げ出すことが出来るからだ。
俺は既に召喚していたレンキンガイを送還。家は土台になっているケンチクガイを送還すると一緒に消えてくれる。ちなみに同じ個体のケンチクガイを召喚すると家もきちんと付いてくるので、同じ家に住むことが出来る。結構ありがたいシステムだ。
そして全てを引き払った俺は、湖にモーターボートをストレージバッグから出して浮かべた。
「パール、ハミット、ボートに乗れ。逃げるぞ!!」
「承知しましたわ!」
「はい! 了解です!!」
こうして俺達はボートで湖を北上し、エメラルドの森を北へ進んで逃げおおせることが出来たのだった。
***
~シェルドンside~
シェルドン率いる騎兵隊に平穏が戻ったのは、コーリーが湖を北に渡りきり、森の中へ消えた後だった。コーリー達が視界から完全に消えた瞬間、テクセガイの召喚が解けたのだ。
「げほっ、げほっ。危なかった……」
「ああ。正直、俺はもうダメかと思ったぜ」
騎兵隊の兵士たちは咳き込みながら感想を言い合う。どうやらテクセガイへの対処に大きく体力を削られたらしく、むせるほど疲労したらしい。
シェルドンは自身の顔くらいの大きさの石版を取り出した。この石版はエルマリス王国――いや、この世界でも珍しい遠隔通信を行う魔導具で貴重な物だ。
シェルドンが持っている通信魔導具は元々エルマリス王家が所有していた物だが、クーデター成功後に鹵獲した物の1つだ。
そして通信相手は、シェルドンのボスとも言える人物である。
『……シェルドンか』
「はい、騎兵隊隊長のシェルドンです。王女襲撃の結果を報告します、ディノフィス様」
ディノフィス・アンモーン。クーデターを画策した張本人であり、クーデター軍のトップである。
『それで、王女はどうなった?』
「実は、逃げられてしまいまして……」
シェルドンは戦闘中の出来事を余すことなく報告した。変に隠し立てをしないのは、シェルドンのディノフィスへの信頼と忠誠の賜物である。
『ハン。一度ならず二度までも取り逃がすとは。貴族のワシと違い、所詮は平民だな』
「チッ。あんたもいたのか、バーナクル」
ディノフィスとは異なる声が魔導具から聞こえた。この声の主はバーナクル・ポマチェア。エルマリス貴族の1つポマチェア伯爵家の当主であり――クーデター側に付きエルマリス王家を襲撃した、王家から見れば裏切り者である。
ちなみにシェルドンとバーナクルは非常に仲が悪い。
『自分から見れば、王女の特殊能力に興味があるわね。元から持っていたのか、それとも突然発現したのか……。いずれにしろ、相手の状態が不確定な中で王女捕獲を成功させる方が難しいと思うわよ、自分は』
今度は女性の声だ。彼女の名はマリーナ。魔法の研究者で現在はクーデター軍の魔法騎士団隊長を務めている。クーデター軍の中ではシェルドンとバーナクルの仲を取り持つ役目が多い。
クーデター軍幹部の意見が出揃ったところで、ディノフィスが声を出した。
『僕はマリーナの意見がもっともだと思う。だからシェルドンが失敗しても仕方が無いことだと思うし、王女とその周辺の情報を得られただけでも成果だと思う。それでシェルドン、次はどうする?』
「王女達はエメラルドの森を北に逃げました。おそらく『ドラゴンヴェイル』に入るつもりでしょう。そこはオレ様の庭のようなものです。そこで捕縛できる可能性は十分あるかと」
ドラゴンヴェイル。険しい地形や強力な魔物が跋扈する、エルマリス王国有数の危険地帯だ。そしてシェルドンは昔ドラゴンヴェイルで修行をしていた経験があり、だからこそドラゴンヴェイルを『オレ様の庭』と言ったのだ。
『わかった。だが、油断は禁物だ。今の王女はどんな隠し球を持っているかわからん。慎重に当たれ』
『ワシとしては王女に逃げ切ってもらいたいがな。王女らは小さいながらも速い船を持っているのだろう?なら、そのまま北の海岸から船に乗り、王国軍残党が居るルビーハーバーを目指す可能性が高い。
海こそがワシの領域だし、あのオイスター公爵の娘も同行しているそうではないか。にっくき公爵の娘となれば、ワシとしては命を狙いたいがな』
「言ってろ、バーナクル。ではディノフィス様、オレ様は追跡準備があるのでこれで」
シェルドンは通信魔導具を切った。そして兵士達に命令を下す。
「これから王女達の追跡準備に入る。作戦場所はあのドラゴンヴェイルだ。入念に準備を怠るな!!」




