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大河ドラマと梅里様  作者: 今西薫
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40/50

39 伊周死す。成長著しい敦康。彰子二人目の皇子。賢子裳着の式、惟規の死。

ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。

私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。

第三十九回 とぎれぬ絆


「ようやくホワイトチョコのケーキか!」

 梅里ばいり様、ようやくは不要です。そして違います。

 ドアを開けたとたん叫んだ梅里様に呆れながら黙って皿を置く。

 濃いあめ色の艶やかなケーキ。タルト・タタンだ。

「違うようだが……美味そうだな」

 目がキラキラです。

「リンゴをキャラメリゼしてから型に詰めて少し焼いて、タルト生地を上に載せて焼き上げます。しっかり冷ましたあと、上下をひっくり返してカットしたのがこれです」

「美しいな!」

「美味しいですよ」

 リンゴは少量の砂糖とバターでキャラメリゼする。この時の色が、リンゴにしっかり染みて色を出す。タルトと名前についてはいるが、練りパイの生地なので、サックリ食感。煮たリンゴとパイ生地のシンプルなケーキなのに深みのある味になる。秋になると作りたくなるケーキだ。

「スーパーのおつとめ品で紅玉を見つけてしまったんです」

 もちろん、買うかどうか迷った。迷ったけど、今年初めての紅玉(しかもおつとめ品)を見捨てては帰れなかったのだ。三袋のうちの一袋だから、二袋は見捨てたのだけど。

「なるほどー」

 そう答えつつも、心は目の前のケーキに囚われているようで、梅里様はいそいそとフォークで切っていく。三センチほどの厚みがあるのに簡単に切れていく。それくらい柔らかくなっているのだ。

 そっと飲み物を横に置く。今日は紅茶だ。

「んー」

 口に含んだまま、梅里様はこちらを見る。喜んでいただけてなによりです。

 ごっくんと飲み込んで。

「美味いな!」

「そうなんですよー。材料はリンゴと砂糖とバター。パイ生地も粉とバターと卵黄と水。手順もシンプルなんだけど、美味しいんです」

 複雑な手順も必要ない。多少のコツは必要だけど、卵を泡立てて、その泡を消さないように粉を混ぜ込むよりは簡単だ。

「紅玉…酸味が強いリンゴだったか。だから酸味があるんだな」

「そうなんです。どんなリンゴでも美味しいんですけど、紅玉だけは酸味も楽しめるので」

 リンゴの種類によってはレモン果汁を足したりもするけど、紅玉には不要だ。そういう楽しみもある。

「うん。お代わりを楽しみにする」

 大きめにカットしたケーキをペロリと食べた梅里様はにっこりと笑った。



「今回は悲しいことに、惟規(のぶのり)が死んだ」

「え!」

「史実だ」

「えー」

 史実かもしれないけれど、突然すぎませんか…

「為時(ためとき)が、越後の守に任じられ、それを送っていく途中で病に倒れたんだ。賢子(かたこ)のことを道長に伝えるよう為時に言い、辞世の句を書いてこと切れる。まひろたちには為時から文で知らされる。いとは号泣していたし、まひろもとうとうこらえきれなくなって声をあげて泣く。ずっと頑なだった賢子は、そこで母の肩を抱いて寄りそうんだ」

 いとは、惟規の乳母だったはず。そりゃ悲しいだろう。

「越後へ旅立つ前に賢子の裳着の儀があったんだ。その夜、まひろと二人で庭を見ながら、これからはきっとみんなうまくいくよ、って言っててな」

 梅里様はしんみりと言う。

「それでもその時はまだ、この弟はいつもこんな調子だとか思いながら暢気に見てたんだ。その少し前に、まひろと為時と惟規といとと四人で道長から貰ったものを見ていた時にも、ぽろっと道長が実の父親であることを話しててな…」

「………ん?」

 あれ、さっき何かひっかかったような…?

「為時は知らなくて、いとは惟規にだけは伝えたと言っていて」

 はあ、とため息をつく。

「いやいやいやいや、それさらっと流すところじゃないですよ!」

「うん、為時も知らなかったから大騒ぎしていたぞ」

 きょとんとこちらを見ながら梅里様は言う。

「これは実際、迷うところなんだ。道長はまだ気づいていない。以前、道長がまひろに物語の依頼に来た際に乙丸も微妙な顔をしていたがおそらく知らない。乙丸が知らないということは、きぬも知らない。みんなが知っている範囲が微妙に違うから、表情がそれぞれ違う。こっちはドラマの中で語られていないことは想像するしかないから、表情まで読もうとするが、思い返せば皆、絶妙な表情をしているんだ。今回のはなるほどと唸った部分だな」

「梅里様、私にもその感動を分けてください…」

 もう少し臨場感を持って語ってくれたっていいじゃないですか…

「うん、そういう文句を言うのなら、ドラマを観ろ」

 ……そうきたか。

「あとは、実の父が道長だと知ったあと、子(ね)の日の宴(えん)に招待されていた為時は、道長を意味ありげなまなざしで見て、目が合うと目をそらして、途中退出したと。道長があれは何だったのかと、まひろの元を訪れた」

「そりゃまあ、不思議ですよね…」

 悲しい気持ちのままそう答える。まあたしかに、梅里様の心にひっかかったことを語るだけの時間ではあるのだから、仕方ないとはいえ…。

「まひろとしては心当たりはあるものの、言えることではない。適当にごまかし、用事を口実にその場を去る」

「ごまかしちゃうんですか」

「うん、道長にもごまかしたことは分かっただろうな」

「ってことは、理由まで思い至ってしまうのでは」

「それは、ないんじゃないか?」

 梅里様は妙にきっぱりと言い切った。



「あとは、伊周(これちか)が死んだことか」

「……とうとう」

「うん。死ぬ間際に、『俺が何をした』と言っていた」

「……ああ、」

 そういう意味では、伊周は何もしていないのかもしれない。矢を射たのは隆家(たかいえ)だし、敦成(あつひら)を呪詛したのは、親族であって本人ではない。でも、バレてはいなくても、呪詛はしていたよねえ。とはいえ。

「兼家(かねいえ)の築いた『家』を自らの功績のように継いだ道隆(みちたか)、そしてそのまま継いだ伊周。……確かに、何もしてないですよね」

「そうなんだよな…」

 そう。彼は結局何もしていない。皇子を産めと定子(さだこ)に迫ったのも、道隆が先で、伊周は真似をしたにすぎない。……ああ、枕草子を世に出したのか。

「枕草子は、確かにききょうだけの力ではどうにもならなかったですよね」

 思い出したように言えば、梅里様も頷いた。

「うん。定子が生きていれば、定子ルートで何かがあったかもしれないが、定子が死んだ後に尽力したのは伊周だな」

「でもそれが、伊周が追いやられてしまった理由にはならないですよね」

「道長は脅威に感じていたがな」

「そして、まひろに物語を書かせた」

「結果、それで帝は彰子の元に通うようになった」

 そこから、伊周の足元は崩れた?

「いや、どうだろう。あの時代、娘を入内させることでようやく地位が確立していたのだとすれば、定子が死んでしまった時点でどうにもならないとも言える。定子が出家していなければまだ状況は違っていたかもしれんが、定子は出家していて、実家の力はない。出産は常に命がけだし、母亡き後残された親王にどれほどの力があるとも言えぬ。東宮であったなら話はまた別であろうが」

「さかのぼって考えればやっぱり」

「うん、隆家が花山院の牛車に矢を射たのがすべての始まりだな」

 身も蓋もないです…

「そういえば、隆家はどうしてるんですか?」

 御嶽詣でで道長を襲おうとしていたところを止めたはずだ。その後結局呪詛してるけど。

「道長の元へ報せに行き、敦康(あつやす)親王の後ろ盾になることを告げはしたが、この先も道長に仕えると言っていた」

「ききょうは、悲しんでいたでしょうね」

 ききょうの哀しみは理解できないのだけど。

「うん。定子が輝いていたあの時代の一人が居なくなったことを嘆いて、道長への怒りを募らせていた」

 やっぱり理解できないですよ…。



「何かありそうと言えば、彰子の妹が東宮の后になることが決まってな」

「……へえ」

「これがまた、生意気そうな娘でな。十八歳も年上に妻になることを嫌がっている。妻となったあとは、息子のほうに興味津々だ」

「息子って東宮の息子ですよね?」

「年齢的には、東宮より息子のほうと釣り合うのではないか? 気持ちは分からんでもない」

 まあ、確かに。

「だが、物陰から息子のほうをじっと見ていたり、まあ不穏だ」

「それは不穏ですね」

「そして、道綱からの情報で、相当の宴好きだと伝えられる」

「……道長に、ですか?」

「うん。道長は、東宮が嫌がってないなら良い、と放置するのだがな」

「なかなか太っ腹ですね」

「それがそうでもない。金銭面では、道長に『よしなに』と言っていたらしい」

「な、なるほど」

 なんか、一癖もふた癖もありそうな人っぽい。

「ちなみに、東宮の息子である敦明(あつあきら)は、右大臣である顕光の娘を妻にすることになる」

「……さらに不穏な情報じゃないですか!」

「なんだか悔しそうな顔で御簾の影からじっと見ていたからなあ…」

 梅里様は楽しそうに言うのだった。



「さて、お代わりだ!」

 満面の笑みで皿を差し出す。

「承知しました。お飲み物は同じでいいですか?」

「うん。もう少し濃い目にしてくれ」

「はい、承知しました」

 確かに、紅茶の渋みでリンゴの酸味を流すのは確かに美味しそうではある。

「あと、バニラアイスをつけたい気もする…」

「あ、いいですね!」

 それはなかなか良いプラン。私は足早に台所へと向かうのだった。

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