29 為時任官とならず。賢子は物語が好き。宣孝死す。道長が為時に職を用意。詮子も死す。枕草子は伊周の手に
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第二十九回 母として
七月も終わりともなれば、まだまだ暑く。まだまだツルンとかとろんとか、要するに冷たいものが食べたいわけで。
時計を見ながら、冷凍庫を開け、バニラアイスを取り出す。テーブルの上に置いて、今度は冷蔵庫を開け、冷やしておいた、コーヒーゼリーを取り出した。こんなわずかな時間差で冷凍庫のバニラアイスがすくい易くなっているわけはないのだけど、気休め程度ではあるのだけど。
根性でカチコチのアイスクリームをすくってゼリーの上に載せ、庭から採ってきたミントの小さな葉っぱを添えれば出来上がりだ。飲み物はレモン水。なんのことはない、水に輪切りのレモンを入れて冷やしておいたもの。でも、コーヒーとほんのりレモンな水は合う。合うと信じている。
「今日はコーヒーゼリーですよー」
ノックをして返事を待ってから入る。いたいけな五歳児のようなキラキラなまなざしが恐い。五代将軍の頃からだから、ざっと三百歳だとかいうのに、見た目が五歳児なの反則ではないですか。そして、オヤツを見る時には見た目通りの年齢に見えるの、おかしくないですか!
「どうした?」
小首を傾げて梅里様が訊ねてきて、我に返った。何故だかテンションがおかしい。
「いえ…多分、さっきまで読んでた小説のせいです」
妙にテンションの高い主人公のノリに影響されたのだろう。ということにしよう。
「ふうん?」
言いながらもテーブルにコーヒーゼリーとレモン水を置くと、さっそくスプーンを持つ。
「ん? やけにぷるんぷるんな食感だな?」
「ゼラチンを少なめにしてみました。この間、テレビで観て」
ゼラチンの箱に書いてある分量は、絶対失敗しないように多めの割合になっているとかで。ぷるんぷるんの食感にするにはこれくらいに減らすと良いとかなんとか。それを試してみたのだ。
「食感がいいな」
言ったそばから、つるんと落ちた。もう少し大きめのスプーンのほうが良かったか。次回に活かそう。
「さて今回は、宣孝(のぶたか)が死んでしまったところからか」
「え!」
子供生まれたばかりなのに。
「為時(ためとき)は、越前での働きが認められず、更なる任官が叶わなかった。その報せを持ってきて、自分が面倒を見るから大丈夫だと言っていたのだが、国司として出向いた先で急な病で、とのことだ。葬儀を済ませてから嫡妻から連絡が入り、まひろたちは知ることになる」
なんか、いろいろ、複雑だ。
「為時の場合は、宋の言葉が分かるということで任ぜられたのに、宋人を帰すことができなかったので、評価が下がったということだな。心配なのは、金だ」
梅里様がきっぱりと言う。情緒も何もないけど、今までのまひろの貧乏生活を知っているから、否定ができない…。
「賢子(かたこ)のために雇った乳母は逃げ出し、越前から乙丸についてきた、きぬも帰ろうかなとか言い出す」
酷いとは思うけど、生きていくためにお金は必要だから、仕方ない…
「そこへ道長の使い、百舌彦(もずひこ)がやってくる」
おお……?
「道長は任官について口出しはしていないようでな、公卿たちが決めた結果を見て知ったようだった。宣孝の死のことも知って、放置はできないと思ったのだろう。土御門の屋敷にいる息子……倫子(ともこ)との間の子供の家庭教師を依頼してきた」
「ちょっと安心しました…」
為時とまひろの二人ならなんとか生きていくのだろうけど、賢子という幼子がいる。子供を育てるというのは金がかかるものだ。
「が、為時は断る」
「えー?!」
思わず大声をあげる。
「うん、気持ちは分かるぞ」
「ですよね! 良い話ではないですか、何故断るんですか!」
「百舌彦には、兼家(かねいえ)のことなど出していたが、まひろと二人になった時に言ったのは、かつてのまひろの恋人だった道長の北の方の子の家庭教師なんて、まひろの気持ちを思うとできない、という、実に為時クォリティーな理由だった」
「為時クォリティ……」
思わずリピートしてしまう。
「あきれたまひろに、明日引き受けると言いにいけ、と言われていた。この先、賢子を育てねばならないのだから、と」
大きく頷いてしまう。まひろ、正しい。
「もう一人、道長の姉の詮子(あきこ)も死んだ」
今の時点で「あきこ」が三人くらいいるからか、最近は説明が入るようになった。梅里様が言うには、漢字は違うから、字で読む分には違いが分かるけれど、音だけだと分かりにくいので、仕方ない、とのこと。まあ、確かに。
「ここ最近、体調を崩すことも多かったから、もともとどこか悪かったのかもしれない。四十歳の祝いの会が催され、舞などが披露されているなか倒れた」
「四十歳、ですか」
平均寿命が今よりも短い頃なのだから、長生き、なのかもしれない。
「源氏物語に、光源氏が自分のことを四十歳の老人だから、みたいなことを言っていて、そういうものかとは思っていたが、画面の中では、現代の四十歳より少し老けた感じで演じているから、まだ若く見えるのでな。ピンとは来ないな」
「あ、そういう問題もありますよね」
自分の子供の頃の四十歳とかって結構なおばさんな感じだったけれど、近頃の四十歳って若いんだよね。見た目が。お化粧とかそういう問題じゃなくて、多分、栄養状態の問題。ちゃんと食べられて健康が保てているから、過度に老化が進んでないのだと思う。平均寿命が長くなっているというのは、老化が遅くなっているということなのかもと思う。
「平均寿命の話でいえば、子供の死亡率が高いと短くなるのだが、実際に長生きの者も多くはなかったのだろう」
0歳と100歳で死んだ人がいれば、平均50歳。1歳と99歳でも50歳。という話を何かで読んだ記憶がある。100歳までのほうが長生きなのに、平均にすると同じになるのだ。
「詮子は、薬を嫌っていてな」
「……あ、円融帝の」
確か、道兼(みちかね)が、父の兼家(かねいえ)に命じられて毒を盛ったことがあった。
「飲んでも治らなかったかもしれぬが、飲めば痛みなど楽になってかもしれぬ」
そう思うと不憫でな…と、梅里様はため息をついた。
「次は、『枕草子』か」
意外な言葉が飛んできた。
「『枕草子』は爆誕したのでは?」
定子が出家した頃に。
「うん、その時点では、ききょうも、あの文章は定子のためだけに書いていた。伊周(これちか)が清書してきれいに装丁して多くの者に読ませようと言った時も、そんなつもりはなかったんだ。だが、定子が死んだ。そしてそれを、道長のせいだと考えている」
「え、違いますよね。定子が出家までしなければならなかったのは、隆家のせいですよね?」
思わず言ってしまう。前回伊周が言ったのはまだ分かる。でも、ききょうまでもが言っちゃうのか。
「それは、我々が全体を、まひろと道長側の目線で観ているからだな」
「……あ」
「ききょうのような女房にさまざまな情報が届くことは少ない。それだけでなく、ききょうにとっては定子が一番だ。伊周が定子の味方で、道長が悪いと言えば、そう考えてしまっても仕方ない部分はあるだろう。……皇子を産めと呪いのように責め続けていたのを見ていたのにな。実際、道長が政治のトップに立ってから定子の境遇が悪くなっていっているから、そう思いたい部分もあるのかもしれぬ」
「誰かのせいにしたい、ということもある、と」
「どうだろうな。…ききょうは、定子が死んでから、『枕草子』を書き直しているんだ。一つの作品とするための加筆修正といったところか。その状態のものを、まひろに読んでもらおうと持ってくる」
「……まひろの言葉をきっかけに、書き始めたから…」
「うん。まひろは、素直な気持ちで読んで、素直な感想を言う。文章と表現力を褒めてから、定子の影の部分も読んでみたい、と。ききょうは怒る。定子に影の部分は無いし、あったとしても書くつもりはない、と」
「ききょうは、定子の辛い境遇を知っているから、書きたくないのですね」
まひろが影の部分も読みたい、という気持ちも分かる。そういうものがあると、人物に親しみを持てたり、深みを感じたりする。けれど、ききょうの書きたくないという気持ちも分かる。別にききょうは誰かに定子の苦しみを知って欲しいわけじゃないのだ。
「素晴らしい人柄と、素晴らしい日々を知ってもらうために『枕草子』を書いて、これをもって道長に一矢報いる、と言う」
「こんな素晴らしい人を帝は后にしていた、と。政敵の道長がこんな素晴らしい人を追いやったのだ、と」
辛い部分を書かなくても、人は勝手に想像する。
「まひろが、宣孝は道長に取り立ててもらって良くしてもらっている、と庇うと、ききょうは、それは騙されているんだと言う。道長はとても恐ろしい人だ、と。激しい口調で」
「まひろとききょうは、仲たがいするんでしょうか」
「まだ分からぬ。だが、紫式部日記には清少納言に対する悪口が書かれているらしいし、ここまでとても仲が良かったので、どうするんだろう、とは思っていた」
「なんか、心が痛くなりますね。二人の仲の良い感じがとても良かったので」
私は、梅里様にお話を聞いていただけだけど。
「まひろはこのあと『源氏物語』を書き始める。それは絶対だ。今回の放送の最後の方でも、物語を書き始める。これは、賢子が漢詩より物語を好むのを受けてなのだが、道長の娘も入内した。仲たがい要素はしっかりと用意されている」
「……梅里様、楽しそうですね?」
「楽しいぞ!」
満足そうでなによりです…。
「ところで伊周だが、道長のせいと口にはしているが、ことの発端が隆家にあることは分かっているようだ」
「……ただの責任転嫁野郎ではなかったんですか」
これは驚きだ…
「責任転嫁野郎…」
梅里様は呟いて吹き出した。
「まあそうだな。定子が皇子を…というか子供を産めていなかったら、いつまでも定子が悪いと言ってそうではあるな。そして、以前そう責めたことは忘れているのか、覚えていても大したことではないと思っているのか」
「聞いてると、かなり不思議な人なんですよね」
「自分が悪いと思わない部分においては、あるいはあまり反省しない部分においては、この兄弟は同じではあるな、そう言えば」
「そうなんですか?」
「うん、ことの発端が隆家であることは、隆家自身に向けた言葉だったのだが、隆家は『そこに戻る?』と笑って受け流したからな…」
あ、隆家も宇宙人的にわけがわからない。
「隆家は、道長にすり寄っている感じがあるぞ。あっけらかんと、明るくな」
「隆くんは、まだ理解できそうだったのに」
「懐かしい呼び方だな」
梅里様は笑いながらそう言った。




