28 赤ん坊に漢詩を読むまひろ、倒れる道長、定子死す
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第二十八回 一帝二后
「うん? グレープフルーツか?」
「そうです。レッドとホワイトを使ってみました」
グレープフルーツの皮を剥いて実だけとりだして、ほんのり砂糖で甘みをつけた緩い寒天液で固めたものだ。普通の黄色い実のものと赤い実のものを使っているので見た目が華やかだ。
「へーえ」
ガラスの器を持ち上げて、横から眺めている。
「お代わりは縁側にしますか?」
笑いながら言うと、目を大きくして驚きと喜びにあふれた顔。
「よし、それだ!」
言うと急いで食べ始める。今日は一日晴れだし、そんなに急がなくてもいいと思うのだけど、作ったものを喜んで食べて貰えるのは単純に嬉しい。
ひと房が大きすぎると食べにくいかなと、半分に割って入れてみたけど、スプーンですくいにくいのは変わらない。三分の一くらいのほうがいいかな、と改めて考えながら食べる。グレープフルーツの苦みと、透明な寒天の甘さは丁度良い。寒天の固さも良い感じだ。これはゼラチンでも良いのだけど、その時の気分で変えている。
「このぷるぷるのところがあんまり甘くなくていいな」
「最初に作った頃はもっと甘くしてたんですけど、これくらいで丁度良いですね」
「そうなのか?」
「もともとは寒天を入れてなかったんです」
「うん?」
「グレープフルーツを甘いシロップに漬けて食べる感じなんですよ。でも、シロップが甘すぎると残ったのを飲むのに抵抗があって」
とろみをつけるとグレープフルーツの実に絡みやすいから、もっと甘さを控えても大丈夫になって。
「夏にぴったりの見た目と味ということだな!」
満足そうでなによりです。
食べ終わった梅里様は、スプーンを置いて、両の手を合わせてごちそうさまをする。今日は何故…。
「今回は、前回まひろに産まれたのは女の子で、宣孝(のぶたか)に、賢子(かたこ)と名付けられた。まひろは、自分で世話をしたいと、おむつを替えたり、抱っこをして漢詩を聞かせたりしていた」
「漢詩……」
「いとと、賢子のために雇われた乳母は呆れている様子であったな」
梅里様は笑いながら言う。
「自分が、為時(ためとき)が漢詩を読んでいるのを聞きながら育って興味をもったから、同じようにしたら良いと考えたのではないか?」
「そううまくいきますかねえ」
「さあな。どうかは分からん」
少し意地悪な気持ちで言った言葉ににやりと笑って梅里様はそんなふうに言った。
「さて、宣孝はそのあと道長に挨拶に行く。国主の仕事をつつがなく終えられた報告と、馬二頭を献上するためと、娘が生まれたことの報告だ」
「……道長は、もしや気づいたのですか?」
「今のところは分からん。宣孝はいつ生まれたとか正確な日は言っていなかったからな。宣孝が去ったあと一人机に向かっていて、ふっと顔をあげる場面があった。気づいたのでは、とは感じたのだがなあ」
今までの梅里様の話では、不要な場面を入れるようなドラマではなさそうなんだけれど。この先が楽しみかもしれない。
「今回のメインは、実は定子なのだが、その話は後回しにして、道長が倒れた件を先に話そう」
「え、道長倒れたんですか?」
「うん。行成(ゆきなり)に彰子(あきこ)を中宮にする件について帝の許しを得るよう頼んでいたのだが、話している最中にふらっと、というのが最初だ。前回の体調が悪いという言葉があったから、なるほどと思ったものだ」
「行成が帝に話を?」
「頭の中将という役目はそういう役目らしい。そういうとは、帝と政を結び付ける仕事という意味だ」
「あ、そうなんですね」
「まず、道長は姉に頼む。実は姉の詮子(あきこ)は、前回帝に厳しい言葉をかけられている。自分は母上の操り人形だったとか、そういう話だ」
「え!」
そりゃ、心情的にはそうだったかもしれないけれど、本人に言っちゃうんですか…
「定子のことにばかりかまけていることをたしなめられて、今までの鬱憤が口をついて出たのだろう。だから実はこの時詮子と帝の間の信頼関係は無に等しい。だが、詮子はそれを正直に弟に言えるほど受け入れきれていないのだろうな。自分が言って言うことをきくとは限らないと言いながら承諾をする。手紙は行成が届けに行く。読んだ帝は、自分の后は定子一人だと答えるのだが、道長には考える様子だったと伝えるんだ」
「行成、やりますね」
「本当のところを言わないのは少し驚いたが、そういう無茶はずっとあったのかもしれんな」
確かに…。
「道長はそれを聞いて、正式な返答はまだだが、晴明に良い日を占っておいて欲しいと告げる」
「道長も、気が早いですねえ…」
「道長も確かにそうなんだが、晴明が既に占ってある、と答えるのがな…」
「え、そうなんですか?」
「うん。その日を聞いて、道長は日記に書き、それを上から線を引いて消している。これは史料が残っているらしい。実際のところは何て書いてあるのかは部分的な文字を推測することしかできないらしいが、ドラマの映像的には、充分読めるよう上から線を引いてあった。その少し前、帝は彰子の様子を見に行く。柱にもたれて笛を吹くと彰子は帝のほうを見ていない。演奏をやめて、なぜこちらを見ないのかきくと、笛は見るものでなく聴くものだと答えるんだ。言われてみれば確かに耳を帝のほうへ向けて集中している様子なんだよな。だが、帝はその答えが気にくわなかったのか、彰子に中宮になりたいのか、と訊く。彰子は、おおせのままに、と答える。誰のおおせのままなのかと問えば、やはりおおせのままに、と」
笛は見るものでなく聴くもののあたりから、思わず頬を両手で覆ってしまっていた私は、彰子が可哀そうでならなかった。
「帝は行成に、彰子には己が無い。自分もそう育てられたから少し可哀相になった。形だけの中宮にしても良いという気持ちになった、と伝える。道長が最初に倒れたのは、このあと、行成から報告を受けたときだ。倒れたと言ってもふらついてバランスを崩した程度だったが道長は行成に口止めをしてその場を去る。だが、その後、行成は帝に心がまだ決まらないと言われる。定子の耳に入れるのが嫌だと言うんだな」
「それは、そうですよね」
「うん。だがそれを聞いて行成は、帝はこの国で一番偉い人なのだから、帝が決めたことには誰も逆らえないと言う。そして、定子が出家してから神事には参加していないこと、天災が起こるのはそのための祟りではないか道長が心配していると言うんだ」
「おー」
思わず拍手をする。
「そして、帝も本当は分かっているのだろう、覚悟を決めて欲しい、と言う」
「行成、言いますねえ」
「ヤツは、道長大好きだからなあ…。まあそれで、帝が承諾する。公卿たちも誰も反対しなかった。まあ、出家した定子に通う帝については多くの者たちが憂えていたということだろう。道長が倒れたのは、立后の儀式のあとだ。明子(あきこ)……ああ、道長のもう一人の妻のほうだな。明子の家にいたときに倒れ、そのまま意識が回復しなくなる。土御門の家にも知らせが行き、倫子(ともこ)が駆けつける」
「……微妙に恐い流れなんですけど…?」
言うと、梅里様が重々しく頷いた。
「恐かったぞ。なかなか。眠っている道長の枕元に倫子が駆け寄る。明子が状況を説明しようとすると、そこで聞いてきたとか、家で倒れればよかったのにとか明子のほうも見ずに言うんだ。そして、こういう場合は動かしてはならないときくので、このままよろしくと言って帰るんだ」
……おお、なかなかですね…。
「道長が倒れたという話は、公卿たちの間でも広まって、宣孝がまひろに伝える。夜、まひろは一人で池を見ながら、行かないで、と祈っている。道長は夢の中でまひろに手を握られ、戻ってきて、と言われ、『まひろ』と名をつぶやいたところで目をさます」
「………おお…?」
「そばに明子がいて、『明子にございます』と言いながら、目覚めたことを喜ぶ」
「………それって」
「実に微妙な感じだが、吾は明子が聞いていたと思う」
それにしても、道長とまひろは、切っても切れない縁なんだなあ…
「さて、定子だ」
梅里様は、そう言うと、考えをめぐらすように少し首を傾けた。
「立后の儀式のために、彰子は一旦内裏から出るんだ。その際に、帝は定子を内裏に呼び寄せる。そしてその時に、彰子の立后のことを告げて謝る。定子は、帝の心の負担を少しでも軽くしようと考えたのだろう。父母が死んだとき、自分は我が身のことばかり考えていた。彰子を中宮にしたら、帝の立場も盤石になるだろう。そう告げる。帝は自分のことを愛してはいなかったのかと、問う。定子は、そもそも家の為に入内したと言うのだが、帝はいつわりであったとしてもかまわないと言う」
この帝は、言葉の裏側を見るのが苦手なタイプなんだろうなあ。
「定子は、人の想いは裏腹で見えているものがすべてではない。彰子と一緒のときは、自分のことは考えないでと言う」
「定子って、ちゃんと考えてる人ですよね」
「政治的センスは、兼家の子や孫の中で一番ではないかとSNSでは言われている」
なぜか自慢げに胸を張る梅里様。
「だが」
そう言って、小さくため息を落とし
「この時に身ごもったことが原因で、定子は死ぬことになる」
「え」
「まあ、おそらく、ではあるんだが。この時代の出産は命がけだ。ドラマの中でもはっきりとは言及はしていないが、そういう方向で間違いないだろう。女児を出産し、定子は死んでしまう。妊娠中から、食が細くてな。ききょうが食べられそうなものと考えて菓子を渡すんだが、定子は小指の先ほどの大きさのものを口に入れただけなんだ」
「一番体力が必要なのに」
「出産で力を使い果たしたのかもしれぬな。子が産まれるのを待っていたのは、伊周(これちか)と隆家(たかいえ)の二人だけだ。やってきたききょうに、生まれた子の性別を聞いて、その後定子が死んだことを告げられる。伊周が、すべて道長のせいだと言う。大事にしているものをこれから先奪ってやる、と」
「………ん?」
それは違うのではないか?
「確か、皇子を産めと呪うように言ってた人ですよね? 親子で」
「まあ、そうだな」
「あと、定子が出家した直接の原因は、隆家のせいですよね?」
「それはそうだな」
「伊周、責任転嫁するの得意ですね?」
「まあ、気持ちはわかる」
どうどう、と嗜められる。
「吾も、どの口が言う、と思ったからな」
そう言うと、さて、と立ち上がる。
「縁側へ行くぞ」
どうやら、話は終わりらしい。
「はい。すぐお持ちしますから、先に行っててくださいな」
私はトレイを持って立ち上がった。




