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あの日凍える霊山で異世界人と出会った僕は………  作者: 青井銀貨
第1章 少年と異世界犯罪者の出会い 
21/35

21話 ~病の妹の回復~

 


 はぐはぐはぐ………しゃくしゃくしゃく………んごんごんご………。


「え、エンカ、大、丈夫?」


 思ってもみなかったことが起きている。


 月聖花の花びらを一口食べたエンカはベッドの上で勢いよく飛び上がったかと思ったら、僕の手から月聖花の花を奪うとものすごい勢いで食べ始めた。食べるというよりもそれはむしろ貪ると言ったほうがいいくらいだ。


「おいしい、すごいおいしい、なんか、体の中から綺麗になっていく様な気がする、ほんっとうに美味しいよ。こんなおいしいもの初めて食べた、ユウキ、買ってきてくれてありがとう」


 口の周りをべちょべちょにしながらの笑顔がすごい。最近は微笑む程度の表情しか見ていなかったので、あまりの変化に驚く。


「大丈夫だからゆっくり食べな」


「うんありがとう」


 そう言いながらも勢いは収まらずに汁が喉を伝って流れていくのが見える。


「え!?」


 最初は何かの見間違いかと思った。目を擦っても見ても変わらない。なんとエンカの体から黒い霧が立ち上がり始めたのだ。


「ちょ、ちょっと、エンカ、なんかすごいことになってるけど大丈夫なの?」


「え、なにが?」


 相変わらず笑顔のままだ。


「何がって………これは体から病気が抜けて行っているってことなのかな」


 黒い霧はだんだん勢いが強くなっていって部屋の中に満ちていく。


「窓、全部開けるね!」


 息を止めながら大急ぎで走り回る。あの黒い霧が病気の元だとしたら絶対に吸わない方がいい。段々息が苦しくなっていく、我慢だ我慢、こんなところで思いきり息を吸い込んだら今度は自分が病気になってしまう。


「確かにちょっと暑いかもしれない、ありがとうユウキ」


「そういうことじゃないんだけど………」


 全ての窓を開け終わった後で勢いよくきれいな空気を吸い込んだ後で一息ついて言った。どうやらエンカは自分自身に何が起きているのか分かっていないらしい。いい、わからなくていい。これだけ美味しそうに食べてくれているならそれでいい。妹を見ながらユウキは空に向かって手を合わせた。


「なんかいくらでも食べられそう!」


「もうちょっとゆっくり食べたほうがいいよ、のどに詰まらせたりしたら大変だよ」


「おかわり!」


「えっ」


「早くおかわりもってきて!」


 あまりに言葉の勢いに急いで月聖花の所まで行って花びらを引き千切ってエンカに渡す。すると再びものすごい勢いで食べ始めた。病気が進んでからはパンをミルクで煮たものでも、ほとんど残してしまうくらいに食が細かったというのに、この姿は信じられない。


「ねえ、大丈夫なのエンカ?」


 食べる勢いが良すぎて逆に心配になる。


「大丈夫よ、全然」


 最近見たことが無いほど満面の笑み。


「自分でも不思議なんだけどこれだったらいくらでも食べられる気がする!食べれば食べるほどお腹が空いてくるくらい。なんかちょっと臭いけど味はさっぱりしてジューシーだから水みたいでどんどん体に吸い込まれていくの!おらぁああ!」


「ああちょっと!エンカ!」


 急に立ち上がったかと思ったら、勢いよくベッドから飛び降りた。


「ほら見てよ!私こんなに元気になってる、ね、見てよ!ちゃんと自分の足で立ててるんだよ!ほら見てこんなに飛び跳ねたって足が全然痛くない!ははっ!ほら見てよすごいでしょ!」


「危ないよ!そんなことしたらまた骨が折れちゃうよ!」


「大丈夫大丈夫全然大丈夫よ!ほらほら見てよ、全然大丈夫でしょ」


 どすんどすんいいながら床の上をジャンプする。足よりもむしろ床の方が壊れそうな勢いで、ジャンプ力も凄い。


 いきなり元気になり過ぎてなんだか怖い。もしかしたらあの月聖花には変な成分が入っているんじゃないかと疑ってしまう。もしそうだったとしても僕には止めることが出来ない。あんなに食べることを辛そうにしていたエンカが、これだけ幸せそうに食べているんだから。


「おいしいおいしいおいしいよーーーユウキ!」


 口元は液体でびしゃびしゃ、目を輝かせながら叫ぶ。


 ついには大きな花びらを全部食べ終わって、大きな空洞になっている中心の部分にまでかぶりついている。床に座り込んで貪っているその姿はとても病人とは思えない。すごい勢いで汗をかいていて長い髪の毛がグッショリ濡れて顔に張り付いている。


「それはよかったね………」


 頑張って笑顔を作ったけど上手くできていたかどうかは自信がない。水辺に現れる幽霊みたいに見えるよなんて言えなかった。


「あーーーー真ん中のとこもおいしい!だいぶ固くてシコシコした食感で臭いけど、それが逆においしい!止まらない、こんなのいくらでも食べられるよー!ははっははっはあ!」


 エンカがもし元気になってくれたら。そんな妄想はいつもしていた、夢でも見ていた。夢の中で元気になったエンカを見て僕は嬉しくて泣いていて、泣きすぎて夜中に起きたくらいにだった。それなのにまさか実際に妹が元気になる様子を見てドン引きするとは思ってもいなかった。


「あの花には確かに不思議な力があるんだろうな」


 静かな声で倫理さんが言った。


「え?」


「俺も食べた瞬間に目の間が真っ白になるくらいの衝撃を受けた」


 意外な言葉に驚いた。


「そうなんですか?僕も食べましたけどそこまでのものは何も感じませんでした。匂いが独特で結構気になりましたけど、味は優しくてあっさりとした甘さで、酸っぱくないリンゴみたいで意外と食べれるなぁ、くらいです」


「あの変な匂いが鼻を通った途端に俺は忘れていた記憶を思い出したんだ。絶対に忘れてはいけないと思っていたはずなのに今の今まで忘れていた」


「何、をですか?」


 心臓がどきどきする。なにかものすごく驚くようなことを言われる予感がして聞くのが怖い。けれど聞かずにはいられない。


「自分がなぜこの世界にいるのか、その理由を」


 エンカがものすごい勢いで食べる音だけが響く室内で発した言葉はあまりにも意外なものだった。


「ええ!?わかったんですか?」


「はっきりと思い出した。俺を呼び出したのは山のように大きな赤い悪魔だ」


「あくま………」


「刑務所の独房にいた俺は、俳句の本を一冊読み終えたところでベッドに横になった、年を取ってから俳句を始めた女性の俳人の本だ。そこからすぐに記憶が無くなった。眠りにつく前の余韻に浸っていたときのことだ。それで気が付いたら、巨大な洞窟のようなところに立っていたんだ。獣のにおいや肉が腐ったのを煮詰めたような強烈な臭いがして目が染みるほどだった」


 淡々と語る語り口にはリアリティーが溢れている。


「マグマがあちこちから噴き上がっていてひどく熱かったんだが、それに戸惑っていたのはほんの数秒間だけだった。突然目の前に、高層ビルのように大きくて恐ろしい顔をした真っ赤な悪魔が現れたんだ。山羊のような逆三角形の輪郭をして2本の角を頭から生やした悪魔。その悪魔の名は自分の事をルシファーと言った。俺でも聞き覚えのあるくらいの有名な悪魔の名前だったからはっきり覚えている」


 僕は心臓を掴まれたように息が止まる。


「だ、駄目ですよ倫理さん、その名前を出しては駄目なんです」


「なぜだ?」


「なぜって、ええと、この世界ではその名前を出してしまったら目を付けられてしまうと言われているんです。そうなると今までとは全く性格が変わってしまって攻撃的になったり、自分から死を選ぶようになると言われています。いま倫理さんが名前を出したくらいの大物の悪魔になると、どんなに遠く離れたところにいてもそうなってしまうんだそうです」


「それは大丈夫だろう、なにせ俺は直接ルシファーに会っているんだからな、名前を呼ぶくらいは何ともないだろう」


「は、いえ、あの、はい………」


 僕にはわからない。小さいころから何度も言われてきたことが正しいのか、倫理さんが言う理論が正しいのかが全く分からない。


「あいつは言っていた。本当なら忌まわしき人間なんか呼び出したくは無いのだと。とんでもなく馬鹿でかい声で言うんだ天井から医師は落ちてくるしこっちは耳を塞いでいるっていうのに全くお構いな無しの自己中野郎だ。声がデカすぎるとかえって内容が頭に入ってこないのだということをあの時初めて知ったな」


 斜め上を見上げながら言う。不愉快そうに眉間にしわが寄っているけど、どこか懐かしそうな雰囲気もあるのが不思議だ。


「なんでも人間が新しい兵器を開発したせいでどうやら魔族が減っているらしい。それで人間の魂の回収が捗っていないらしく、それをさんざん嘆いていたな、魔族の汚点だとか恥ずかしいだとか。そういう事情で何故かは分からないがあいつは異世界から人間を呼び出して従わせることにしたらしい。人間の責任は人間に撮らせるのが一番だとか何とか言っていた気がする。声が不必要にでかすぎるせいで洞窟に反響して何を言っているのか聞き取れないところも多かった」


「そ、そうなんですか………」


 今までに一度も聞いたことが無い話で何と返事をしていいのか分からない。


「あの、その話で言うと、落とし子の方々は悪魔によって連れてこられるんですか?僕が聞いていた話では神様によって連れてこられた存在ということになっているんですが」


「それに関しては何も言っていなかったと思うからわからない。もし聞いたとしても答えるような奴には見えなかったな。そしてあいつは自分の言いたいことだけを言い終わると、偉そうに俺に命令してきたんだ、こっちの意志なんてまるで関係なしにな。それどころか汚らわしき人間は臭くてたまらん、さっさと行け、とか何とか言って侮辱してきやがったんだ」


 倫理さんの言葉が荒くなる。倫理さんは普段機嫌のいい時は穏やかな笑みを浮かべていて話し方も柔らかいのだけど、ひとたび感情が乱れると表情も言葉遣いもガラリと変わる。


「は、はぁ………そうなんですね………」


「だから断った」


「へ!?」


「当たり前だ。なぜそこまで言われながら悪魔のために人間を殺さなければならないのだ。強制的に呼び出しておいて命令に従えと言うのは道理が合わないだろう」


「そ、それはそうかもしれませんけど、あいてはルシファーなんですよ!?あっ、」


 思わず言ってはいけない言葉を言ってしまってあわてて自分の口に手で蓋をする。


「そしたら奴は激怒した、赤黒い顔をどす黒くして怒ったんだ。天井からどんどん石が落ちてきて崩落するんじゃないかと気が気じゃなかった。どこに避難すればいいのかもわからず、石の下敷きにならないことだけを考えていた」 


 僕は頷いて返事をする。一番有名と言っていい悪魔の親玉みたいな存在に目を付けられはしないか心配で心配で仕方がない、また何かの拍子にぽろっと口走ってしまうのではないか。


「俺は注意を怠っていた。あいつは落石なんか少しも気にせず、ものすごいスピードで俺のことを捕まえて締め上げてきたんだ。体が焼けるように熱くて、いや、実際に焼けていたのだと思う。肉が焼けるとき独特の少し甘い匂いがした。どんなに身を捩っても全くびくともしなかった、そのうちすぐに体がブチブチおかしな音を立ててきた」


 歯を食いしばっているのが分かる。


「ずっと耐えがたい苦しみが続いて、そのうちに俺の意識はだんだんと混濁していって体の感覚がなくなっていった。その時の俺は情けないことにあいつを恨むどころか痛みから解放してくれたことに対する悦びを感じるという体たらくだった。そして最後に覚えているのは奴が俺を地面に投げ捨てて「役立たずの塵が」、そう吐き捨てるように言ったことと、暗闇の中にある蔑みに満ちた黄色い目だ」


 倫理さんの言葉の真実味は凄くて、あるで僕もその場にいたのかもしれないというような錯覚に襲われた。


「ルシファーを殺す」


 雨が降ってきた、そんな口調で言った。


「やられたらやり返す、俺はそう決めている。ケヤキは俺にこの世界で何をするつもりかと聞いてきたが、その答えが決まった。俺はルシファーに復讐する」


「ちょっと待ってください倫理さん、相手は悪魔の王様ルシファーですよ!?」


「だからなんだ」


「そんなの勝てるわけありませんよ、そうじゃないですか。そんなの無理に決まってるじゃないですか」


「無理?」


「そうですよ」


「ユウキ、お前は無理だと言われた月聖花をきちんと持ち帰って来たじゃないか。無理なんてことは無い、それは自分自身で証明したことなんだぞ」


「そ、それは………」


 なにも言い返すことが出来ない。確かに僕は月聖花を採りに行くことを無理だと決めつけて諦めさせようとしてきた人たちの言葉を無視した。はっきりいえば軽蔑の気持ちさえ持っていた。それなのに僕はいま倫理さんの言葉を否定している。


「そう、ですね。確かに倫理さんならできるかもしれません」


「かもしれないじゃない、絶対だ。もう決めた」


「はい」


 いつの間にか隣にいたエンカが僕の手を握っていた。


「そんな顔をするな。落とし子と言うのはこの世界にとって特別な存在なんだろう?お前たちはしきりにそう言っていたじゃないか。それならきっと不可能と言われていることでも成し遂げることが出来るさ」


「なるほど、そうですね、そうですよね」


「問題は相手がどこにいるのか分からないことだな」


「え?」


「そこまでは思い出したんだが、その後の記憶はまだない。一体なぜ自分があんな雪山の頂上にいたのかは分からないままだ」


 顎を手で摩りながら考えている。


「その悪魔は魔族領の一番奥にいると聞いたことがあります」


「おお!なんだ知っているのか」


「本当かどうかは分からないですけど」


「なに、今はそれで十分だ。探せばきっと見つかるだろう」


「はい」


「それとあのドクロを使う黒いローブの奴にも仕返しをする必要があるな。そうなるとどちらにせよ魔力、魔法と言うものになれなければ話にならない。あの時のあいつらの動きは確実の俺を上回っていたからな。このままじゃルシファーどころかあいつらと戦っても返り討ちに会うかもしれない。そんなみっともない真似はできない」


「あの、倫理さん………」


「ん?どうした」


 心臓が高鳴る。


「倫理さんのやること。僕にもお手伝いさせていただけませんか?」




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