20話 ~病の妹最愛の妹エンカ~
瓦礫を掘り返して無事に月聖花を見つけ出したユウキはようやく自分の家の扉の前に立った。植物の専門家であるギルド長のケヤキから街の中に持ち込んでも問題は無いというお墨付きをもらったのにも関わらずユウキの体は震えている。
もしこれが月聖花では無かったら。その時はどれほどの失望が襲い掛かって来るだろう、自分が失望するだけならまだいい。妹の、エンカが失望することを想像すると胸が苦しくなる。
「ただいま」
意図して口角を上げて扉を開ける。妹は一日のうち数時間しか起きていられない病気で起きている時は体が痛いようで苦しそうな呼吸をしている。だからできるだけ起こさないように、けれどもし起きていたときのために暗い表情でいてはいけない。ユウキは私情を殺して妹のために一番いいと思う自分を装った。
「ユウキ!」
半身だけ体を起こしたエンカが大きく目を見開いていた。
「どこに行ってたの私を置いて。こんな置手紙だけで言っちゃうなんてひどすぎる!」
リョウゼンフガクに行く前に置いておいた置手紙をベッドの上でバシバシ叩きながら高音域の声を張り上げる。
「良かった体調は良さそうだね」
「体調はいつも良いから!私は大丈夫だから!」
本当に体調が悪そうな時のエンカは声が掠れていて大きな声も出せない。そう考えると今日は調子が良さそうだ。
「心配させてごめん、けどエンカのために良いものを買ってきたんだ。じゃーん!」
もう二度とこの声を聞くことは出来ないかもしれない。そう覚悟しての挑戦だった。そう思うとはなの奥がツンとして涙が出そうな予感がしたからあえて明るくしゃべって月聖花をエンカの目の前まで持っていく。
「気持ち悪い」
不評だった。
「そんなことないよ。なんか可愛くない?」
「気持ち悪いよ。大きすぎるし赤い花びらに白い斑点がついていてなんか毒茸みたい。なんでそんなのの買って来るの。お金の無駄でしょ、返してらっしゃい」
「いやいや、エンカに似合うかと思って」
「そんな気持ちの悪い花が似合うのなんか鼻の長い魔女だけよ!ユウキは私のこと魔女だと思ってるの!?」
「そ、そんなに言う?」
死ぬ思いで採って来たので結構ショックだ。エンカにはリョウゼンフガクに行くということは伝えていないのでしょうがないのだけれど。たぶん買ってきたかどこかに咲いていたのをちょっと拾ってきた位に思っているのだろう。
「けどもしかしたら香りはいいかもしれない。ねぇユウキ、その花をもう少し近づけて見てちょうだい」
「わかったよ」
なんかかわいそうなものを見るめで僕のことを見ている。なんとなくだけど僕がショックを受けているのを感じ取って何とかいいところを見つけ出そうとしているような気がする。
「はい、どう?良い匂い?」
個人的にはあまり好きな臭いではなかったけれど、こういうものは好みだ。もしかしたらエンカは好きな匂いの可能性はある。
「酸っぱ臭い!」
やっぱりだめだった。
「なんか卵が腐った時みたいなにおいがするなって思ってたんだ」
「思ってたなら持ってこないでよ。もしかして私に嫌がらせするために持ってきた?」
「そんなわけないよ、まさか、はは、エンカは相変わらず面白いことを言うなぁ………」
思ったよりも不評だったので笑ってごまかしてみたけれど、残念ながらエンカの表情は少しも和まなかった。
「随分と仲がいい兄妹だな」
「えっ!?」
エンカが驚いた声を上げた。
「その人はいつの間に家の中にいたの?気が付かなかった」
「そうなの?僕と一緒に入ってきたと思ったけど」
「全然気が付かなかった」
エンカの声のトーンが明らかに落ちた。エンカは人見知りをする方なので知らない人と一緒にいるときはいつもとは全然違って大人しくなってしまうのだ。
「この人は鳴守 倫理さん。ちょっと前に知り合って、それで病気の妹がいるって言ったら是非お見舞いに来たいって言ってくれから来てもらったんだ」
「鳴守 倫理です。どうぞよろしく、これは大したものではないけど仲良く食べて」
そう言って近所の八百屋さんで買ってきたフルーツの盛り合わせを顔の前で揺らした。
「私はユウキの妹のエンカです。初めてお会いするのにそんな立派なもの、わざわざご丁寧にありがとうございます」
確かに立派、かなり立派だ。と言うのもその八百屋さんで3万ゴールドの予算で作ってもらった盛り合わせだからだ。普段これくらいの注文はめったに無いらしくて八百屋のおじさんははりきって作っていた。
「ところでエンカ、君は知っているかな?」
「なにをですか?」
少し不安そうに答える。
「花びらと言うのは香りと栄養があって、食材として料理にはよく使われたりするんだ」
「お花を食べるんですか?まさかそのままじゃないですよね」
「茹でたりする場合もあるけどそのまま食べたりも良くするんだ。色合いもいいからお洒落で高級な料理なんかでもよく使うんだ」
「そうなんですか?知りませんでした」
「この花も食べられると思うよ」
「え!?この花も?」
驚いた顔で月聖花を見つめる。
「うんうん。病気で食欲があまりない時にもピッタリだと思うよ。軽くてお腹に溜まらないけど栄養はあるからね。ユウキはそういうことも考えて持ってきたんだよね?」
「はい、そうなんです。そうなんだよエンカ」
そんなことは少しも考えてないけど何とかエンカに月聖花をこのまま食べて欲しいとは思っていた。月聖花に関しては月の女神さまの力が宿っていて万病を治す。そういうことが書いてある本はあるけども、どうやって病人に使うのかは分からなかった。
だから茹でたり、生だったり、乾燥させて他の漢方薬と混ぜ合わせたり色々な方法で摂取させるのがいいだろうとケヤキさんから言われていた。幸い月聖花は僕と同じくらいの大きさはあるので素材には困らなそうだった。
「気持ちは嬉しいけど………」
「よく見て見ればなかなか美味しそうじゃないか。ねえユウキ」
「そうですね、僕もそう思います」
本当は全く思わないけれど、これは傍で僕たちの話を聞いていた倫理さんの作戦であることは僕にもはっきりとわかった。
「そうかな?」
「そうだよ、一口だけでも食べてみたらどうかな」
赤い花びらに白い斑点がある花びら。どう考えても無理そうだと思いながらも勧めてみる。
「実はこの花は結構な高級品でね。そこにある果物なんかよりもお高いんだ」
「ええ!?そうなのユウキ?」
そこにはこんなものに高いお金を出すなんてもったいない、という声色。
「滅多に手に入らないとても珍しい花だからね。見るだけじゃもったいないから少しでも食べてみたらいいよ。ユウキが君のために頑張って選んだ花だからね」
「そうなの?」
「うん」
それは本当だ。
「それなら一口だけ食べてみようかな?」
「それがいいと思うよ」
驚きつつも顔に出さないようにする。最初あれだけ気持ち悪いと言っていたのが、どうして食べようという気になったのか分からない。
「そうだ、いいことを思いついた」
「なんですか?」
「俺とユウキで最初に食べてみせよう」
「僕たちもですか?」
「ほら、あんなに不安そうな顔をしているじゃないか。最初に食べてみせて安全だと分かればきっとエンカも安心して食べられるだろう。幸いにして月聖花はこれだけ大きいんだから、少しくらい減ったところで大したことは無いはずだ」
「な、なるほど………」
まさか自分が食べることになるとは思ってもみなかったので驚きつつもあまり表情に出さないように気を付けた。改めて見て見ると大分不気味な花。けれど倫理さんが言う通りエンカを安心させるためには仕方がない。
僕は覚悟を決めた。




