16話 ~王と倫理~
周囲には魔力のにおいが溢れるほど満ちていて、その発生源にいた男。この兵舎を壊滅させたのは間違いなくこいつだと確信する。離れたところに子供が一人いるのだが慌てている、街中でこれほど大きなことを起こす人間とは思えない。だから犯人は間違いなくこの男だ。
「オイ!」
男の肩を小突いた瞬間に違和感を感じた。
「全くなんなんだこの世界は、ここには人の思索を邪魔するような人間しかいないのか」
男は少し笑いながら困ったように言った。こうして相対してみると男は背が高い、そして屈強な体をしている。ただ、普通の人間とは違うのは上半身が裸であって、首から下の皮膚が赤黒いということだ。何かの病気か、友一瞬考えたがそれにしては健康的すぎる。自分の意志で皮膚を染めているのかもしれない。
「貴様、兵舎を破壊したな。現行犯だ、拘束させてもらう」
あえて高圧的に言ってやると男の左の口元が少し動いた。余裕の表情を見せてはいるが内面は動揺しているはず、それを隠すとはまるで貴族のやるようなことだ。
「拘束?あなたにその権限があるのか?」
「もちろんある」
はっきりと言い切ってやる。こういうのは言い方も重要だ、口ごもったりすると相手は途端に強気に出てきて、平然とルールを曲げようとしてくる。毅然とした態度を見せる必要がある。そしてその権利はしっかりと持っている、王なのだから当然だ。
「ちょっと待ってください!」
近くであたふたしていた少年が駆け寄って来る。
「なんだ!」
邪魔されたように感じて思わず声を荒げてしまった。どうやら自分は奇妙な男との緊張感ある会話を楽しんでいたらしいと知る。
「すいません」
少し泣きそうな顔になりながらも体を丸くして謝るその様子は小動物のようで可愛く、思わず心の中で自分の行動を反省してしまう。
「あの、僕の名前はユウキといいます。この方は鳴守 倫理さんです」
丁寧な自己紹介。服装は貧しいがどうやら基本的な礼節並みにつけているらしい。なかなか好感の持てる少年だ。可愛い。
「おお、やはり無事だったか、よかったなユウキ」
倫理という名らしい男が嬉しそうな声を出す。
「無事だったか、じゃないですよ。本当に死んだと思いましたよ、いきなり真っ白い光に包まれてしまって。顔が無くなった食人アフライの映像が頭に蘇ってきて」
「あれはしょうがなかった、わざとじゃないんだ。あの変な格好をした男が舐めた口を聞いてきたから瞬間的に頭に血が上ったんだ。そしたら体の中を何かが流れていく感覚があって。目の前が真っ白になってから俺も気が付いたんだ、また魔法を使ってしまったんだっていうことをな」
「そうじゃないかと思ってました!やっぱりそうですよね、まさか建物ごと破壊するなんてそこまでおかしな人ではないとは思っていました」
「とりあえずは無事だったんだから今はいいじゃないか。そんなことより月聖花はどうしたんだ?」
「こるせっとぉおおお!」
ユウキは飛び上がった。
「いきなり奇声をあげたりしてどうした?」
「月聖花ですよ月聖花!ああああ、きっと瓦礫の中だ。あの時とっさに抱え込んだような気がするんです、だからきっと大丈夫なはずで、ああ、あれがないと、あああ………」
「少年、君は私に何か話があったんじゃないのか?」
呆れるやらなんやら。生まれてこの方ここまで放っておかれたことはない、周囲の視線と言うものは飛び回る蠅のように鬱陶しいものだと思っていたが、無視されることもこれほど心を乱すものだとは思いもよらなかった。
「そうでしたすいません」
ユウキは頭を下げた。
「あの、倫理さんのことなんです」
「この男について君は何か知っているのか?知っているのならば話してもらおう、君も聞いていたとは思うがこの男は兵舎を破壊するという重大な犯罪を犯した、場合によっては死刑も考えられる」
「死刑!」
ユウキは飛び上がった。
「法律に照らし合わせればそうなっても仕方がないだろう」
「それだけはなんとか許してもらえませんか、お願いします」
「それなら知っていることを全部話してもらおう。場合によっては減刑されることもあるかもしれない」
「わかりました、全部話していいですよね倫理さん」
「いいだろう」
倫理が言った。汗で前髪がぴったりと額にくっついているユウキとは違って、あまりにも落ち着いた態度だ。
「僕と倫理さんは霊山リョウゼンフガクの頂上でこの前初めて出会ったんです」
「リョウゼンフガク………さっき月聖花の話をしていたな。それでは君もこの倫理と言う男も月聖花を採りに行き、そこでであったわけだ」
「僕はそうなんですけど倫理さんは頂上の光の中にいた人なんです」
「理解ができない、一体どういうことだ?」
「それについては僕も理解できないですし、倫理さんもそうなんです」
「何を言っている」
「理由は分からないんですけど、僕が頂上で月聖花を探している時、地面が光り始めて、それで僕はこの光の中に月聖花があるに違いないと思ったら、そこに裸の倫理さんがいたんです」
アーサーは顎を指で擦りながら考える。霊山リョウゼンフガクといえば神が地上に降臨して力の欠片を振りまいた地として教会が流布している話だ。正直言っておとぎ話のようなもので信じてはいないのだが、このユウキと言う子供が本気で言っているのだけは伝わる。
「それでこの男は上半身裸なのか」
考えを整理するためにどうでもいい話をして時間を稼ぐ。
「そうです、あのズボンは僕の着ていたものです、防寒対策で重ね着を沢山していたので渡しました、さすがに裸で街の中に入るのは良くないと思ったので。上着は窮屈なので裸のままでいいと倫理さんが言いまして」
「なるほど………」
確かに倫理のズボンはサイズが全く合っていない。このおかしな男はリョウゼンフガクの頂上、光の中にいたということは神の使いか何かなんじゃないかと考えてしまう。そんなことがあるのか?しかしこの少年の話を聞けばそれしか考えられない。
「倫理さんは他の世界からやって来た落とし子なんです」
「なんだと?!」
「そうなんです。ですから魔力のこともこの世界のことも分からないんです」
「それは本当か?」
「ああそうだ」
微笑む顔に嘘は見えない。というよりもむしろ納得してしまったくらいだ。本物の落とし子は世界でも数人いるかいないかだと言われるほど希少で偽物ばかりが多いが、ただ言葉だけで納得してしまう存在感が男にはある。
「あの、なんとか許してもらえませんか、兵舎を壊してしまったのは事実なんですが、それでもわざとやったわけじゃないんです、きっと魔法がコントロールできなくてやってしまったのだと思います」
「そうか、無自覚ならば減刑も考えられるか………」
「本当ですか!?」
「しかしまあとりあえず拘束はするがな」
「ヘルエイム」
「はい」
「その禍々しいドクロだらけの手錠は一体………」
鳥肌が立った。こういうものに対してきっと禍々しいという言葉を使うのだろうと思う。なんだか周囲の空気が歪んで見えるくらいにそのドクロの手錠は何らかの意思を持っているような気がした。
「ああこれか、なんてこともないただの拘束器具だ。スキル所持上級犯罪者用の特別製だ。これをはめてしまえばスキルはおろか魔力も一切使用できなくなるから、調子に乗った犯罪者共も随分と大人しくなる素晴らしい魔道具だ」
ヘルエイムが取り出した金属製のものをジャラジャラと見せつけるように揺らす。笑顔が明らかに何か悪いことをたくらんでいる人間の笑顔だ。
「すごく恐ろしいです」
「なに、罪が無いと分かればすぐに外す。罪を犯していないのなら恐れる必要は無いだろう、今の君たちの話を聞く限りではスキルをうまく扱うことが出来なのだろう?それならばこの魔道具はむしろうってつけだ。魔力を使えなくなるから感情が高ぶった時に暴走する心配はない」
「なるほど………」
ユウキのこめかみから汗が流れ落ちる。理屈としてはそうなのかもしれないが目の前にいる高給そうなローブを身にまとった二人の男がそこまで善意に溢れている人間とは思えない。
ユウキは冒険者ギルドで下働きをしていていろいろな冒険者を見てきているので人間観察はよくしているのだが、冒険者と言うよりも犯罪者やマフィアに近いタイプの人間の様な気がしている。きっとあの手錠をされたら最後、簡単には外してはくれないだろうと感じる。
「もちろん大人しく拘束されてくれるんだろうな」
挑発的な眼差し。
「断る」
笑顔のアーサーと笑顔の倫理の間に視線の火花が散った。




