26.モブ令嬢と赤ワイン
正当防衛の範囲に納めたかったのになぁ。シルヴィは、ルノーがあそこまで魔女長に対して怒ると思っていなかったのだ。あと、炎上したのはシルヴィのせいでもあるのが何とも言えない。
「やっぱり、あそこでリボンはダメだったわよね~」
「すぐに欲しいかなと思って?」
「ムードも何もなかったけど~、ルノー様だけは幸せそうだった」
ルノーの髪を結ってあげた瞬間、魔女の孤城が大炎上したのだ。何とかシルヴィが頼んで、ルノー自身に消火はさせたが。
海に転移させられた魔女達は、諦めて捕まる者、逃げる者、様々であった。それもあり、極東島の周辺諸国がつついてきたのである。
「此度の件、ガイラン公爵が素晴らしい功績を上げられたと聞きましたよ」
「あー……。その事なんだけどさ。シルヴィ嬢、父君が何か言ってたりした?」
ディディエが人差し指で頬を掻きながら、恐る恐るといった風に聞いてくる。それに、シルヴィは小首を傾げた。
「ええと、お父様がですか?」
「うん。まぁ、シルヴィ嬢に仕事の話はしないかな?」
「そうですね。仕事の話は聞いてないですけど……。確か、陛下の頼みで様々な国の方々と盤面遊戯をすることになったとは言っていました」
「あぁ、うん。ね?」
場に何とも言えない空気が流れる。やはり裏にアミファンス伯爵あり、か。シルヴィ以外の面々の顔にそう書かれていた。
「『お手並み拝見といこう』って、頗る楽しそうでしたよ」
シルヴィは、ウキウキで笑っていた父を思い浮かべて、記憶に釣られるようにして頬を緩めた。それに、ロラが頬をひきつらせる。
ガーランドはディディエに小声で、「何かあったんですか?」と問うた。それに、ディディエは空笑いを返す。
「いや、王宮の廊下でお会いしてさ。『父君の背を見て学ばれるとよろしいかと。ガイラン公爵は、実に優秀な駒ですからな』って微笑まれたんだよねぇ」
「あぁ、なるほど。王宮にいる時点で、ですね」
「まぁね。その後に『まぁ、貴方はシルヴィの友達ですから。期待だけしておきましょう』って怖いこと言われちゃった」
シルヴィに聞かれないようにコソコソと話ながら、ディディエは肩を竦める。ガーランドが「……どういう意味ですか?」と声音に恐怖を滲ませた。
「それオレも聞いた。そしたら、『アミファンス伯爵家は、“愛”に生きる一族ですから』って。どう受け取る?」
「んん、額面通りに受け取っていいものなのか」
「どうなのかー」
ディディエは、会話のあと。疲労を滲ませたアミファンス伯爵が、“陛下も人使いが荒い”と困ったように笑っていたのを思い出す。
そして、“ベルトラーン!! いい酒があるんだ! 祝杯に付き合え!!”という陛下の声に応えているのも見た。
「まぁ、額面通りに受け取っとこうかな。ルノー先輩とそう変わらないでしょ」
「……そうですね」
シルヴィと目が合って、ディディエはへらっと笑む。シルヴィは、不思議そうに目を瞬いた。
「ディディエ! 来なさい!」
「ガーランドもだ」
ガイラン公爵とフルーレスト公爵にそれぞれ呼ばれ、ディディエとガーランドは行ってしまう。その場には、シルヴィとロラが残された。
「ロラ様は、用事はないんですか?」
「シルヴィ様を守ることで~す!」
「えぇ……?」
ロラは、フレデリクとの婚約が決まっている。その話を聞きたい人達は、沢山いるだろうに。
「それにしても、遂に終わったのね~」
「そうですね」
「まぁ、ゲームの記憶を全部ちゃんと思い出せてるか分からないけど~」
爆弾発言をしたロラに、シルヴィはぎょっとした顔をする。「怖いこと言わないでくださいよ」と眉尻を下げた。しかし、ロラの言う通りそれは誰にも分からないことだ。
「ないとは言えないのが、更に恐ろしいんですけれど……」
「それな~! まぁ、あったとしても何とかなるなる~! 被害は凄いかもだけど」
「ルノーくんを巻き込まないでください」
「でもね~。シナリオ的に無理では?」
聖なるシリーズならば、確実に魔界は絡んでくる。そうなれば、魔王が出るしかないのだ。シルヴィは、どうか続編などありませんようにと祈った。
だって、此度の責任を負わされ説明対応させられることになったルノーの目は、既に死んでいるのだから。フレデリクに気付かれ、肘で小突かれている。
そこに、見覚えがある顔がやってきた。ジャアファル・アルアッタールだ。どうやらニノンを迎えにきて、ちゃっかりパーティーに参加していたらしい。
「ジャアファル様がいます」
「え? やだ~、本当だわ。ちょっ! ルノー様、あからさまに嫌そうで笑うんだけど~!」
しかし、そこは商人というべきか。ルノーの髪を飾るリボンを話題に出し、ルノーの機嫌を回復させていた。
「流石過ぎる~」
「ですね」
ルノーは、大丈夫そうだ。そう判断したのかロラが使用人から赤ワインを貰う。それを一つ、シルヴィに渡した。「ありがとうございます」と、シルヴィが素直に受け取る。
「ではでは、我々の卒業を祝して~」
グラスを掲げ「カンパ~イ」と、声を揃えた。ロラもシルヴィも赤ワインを一口飲む。
「くぅ~~~っ!! 夢にまでみた飲酒! しかもいいワイン~! 最高すぎ~!」
思わずといった感じで、ロラから限界OLが漏れでた。それにハッとして、ロラは咳払いをする。
「シルヴィ様は? ワイン、す、き……」
「にがいですね」
シルヴィは、口に広がった苦味に眉をしかめた。そういえば、前世でもお酒は苦手であったことを思い出す。
「シ、シルヴィ様、それって一杯目よね~?」
「そうですよ?」
「しかも、一口目?」
「はい」
「嘘でしょ?」
シルヴィの黄緑色の瞳がトロンと下がる。一口目にして、既に頬はほんのりと赤く色付いていた。それに、ロラが真顔になる。
「ちょちょちょっ! へい! ウェイター!!」
ロラの大声が会場に響いた。それに、皆の視線が向く。それを無視してロラは、「お水くださ~い!!」と叫んだ。
それに、ルノーが即座にシルヴィの元へと駆け付ける。後ろからフレデリクが続き、ディディエやガーランド。トリスタンにジャスミーヌ。いつものメンバーが集まってくる。
しかしシルヴィは、赤ワインのグラスを持ったままポヤポヤとした顔で小首を傾げた。
「シルヴィに何杯飲ませたの?」
ルノーの声音が一段、低くなる。「一杯目の一口目で~す……」と、ロラは返すしかなかった。それに、ルノーが目を丸める。
「冗談だろ??」
「いいえ、事実です。ひとまずシルヴィ様、ワイングラス手放しましょうね~」
「ええと? 分かりました?」
ロラが優しくシルヴィからグラスを回収した。ルノーは、オロッとしながらもシルヴィの右手を取って握る。
「シルヴィ、大丈夫? 僕が見えてる? 誰だか分かる?」
「うん」
シルヴィは「ルノーくん」と答えながら、へにゃりと笑んだ。それはもう、いつもの倍は無防備に。
それにルノーの手がシルヴィから離れていく。次いで、勢いよく壁に頭突きをした。ガァン! と、していいのか不安になるほどの音が鳴る。
「ルノーーー!? お前は何をやっているんだ!! 壁に穴が空いたらどうする!?」
そっちの心配だったかぁ。シルヴィは何とも言えない気持ちになったが、フレデリクの言いたいことも分かった。だって、壁がへこんでいるのだから。可哀想だった、壁が。
そのままルノーがズルズルと壁伝いにしゃがみ込む。「兄上!?」とガーランドが心配そうな声を出した。
「シルヴィが、可愛すぎて、死ぬ……」
「ダメージを受けたのは、精神面でしたか」
何とか爆発は免れたようだが、ルノーの魔力がかなり不安定になっている。会場中が何事が起きたのかと、ざわめいた。
当のシルヴィは、眠そうに目を緩慢に瞬く。それすらも可愛く見えるらしい。ルノーは苦しげに、胸元の服を握りしめていた。
「なるほどなるほど! ルノー様をここまで追い詰められるのは、シルヴィ様だけということなのですね!」
ジャアファルの声が、楽しげに跳ねる。手を叩いて大喜びでもし出しそうな勢いであった。
「お水を!! 誰かお水をくださ~い!!」
ロラの再度の呼び掛けに、トリスタンが大慌てで使用人を呼び止める。
無論、シルヴィには皇太子直々の飲酒禁止令が出されたのであった。




