25.モブ令嬢と卒業記念パーティー
遂に、卒業かぁ。シルヴィは、感慨深い気持ちになる。一年生から今までの記憶を思い出そうとして、濃すぎてやめた。時間がいくらあっても足りない。
「シルヴィ嬢、大丈夫ですか?」
「勿論です、ガーランド様。足を引っ張らないように頑張りますね!」
「そのような心配は一切していませんが……」
ガーランドは困ったように笑う。それに、シルヴィは目を瞬いた。
卒業記念パーティーでは、卒業生同士がパートナーとなるのが決まりである。そしてそのままワルツを踊り、社交界への華々しいデビューを飾るのだ。
シルヴィは一年次秋の舞踏会の時、ルノーに言われた事をしっかりと覚えていた。“ガーランドならいいよ”、と。
「申し訳ありません、先頭になってしまい」
「いいえ、ガーランド様は魔法科の主席ですから」
正直に言うならば、かなり緊張はしている。しかし、シルヴィの中でガーランド以外の選択肢は存在していなかったので、覚悟を決めたのだ。
「後ろは私、ロラちゃんがいるからね~。あと、トリスタン様も~いるけど~……」
「できる。俺は、出来る!!」
通常運転なトリスタンに、ロラが「頼りにならな~い」と首を左右に振った。トリスタンには、聞こえていないようだが。
「シルヴィ嬢より緊張してるじゃん」
「あらあら」
その後ろで、ディディエが溜息をつく。パートナーのクラリスがクスクスと優雅に笑った。
「皆さん、準備はいいですか? 堂々と胸を張りなさい!」
学園長の言葉に、シルヴィの背筋も自然と伸びる。ガーランドの腕にシルヴィは、手を添えた。
扉が開け放たれ、シルヴィはガーランドのエスコートに従い足を踏み出した。拍手の中を優雅に歩く。ふと、シャンデリアの光に照らされ輝く白金色が見えた。
シルヴィは、そこへと視線を遣る。これでもかという程に渋々そうなルノーと目が合った。深い紺色の瞳が、どうしてシルヴィの隣が自分ではないのかと訴えかけてくる。
しかし、シルヴィは見なかったことにした。
「兄上……」
「気にしても仕方ありませんわ。だって、決まりですもの」
「それは、そうなのですが」
「ふふっ、だって約束したでしょう?」
シルヴィの言葉に、ガーランドは不思議そうに目を瞬いた。
「『きっと、踊りましょうね』って!」
嬉しそうに笑ったシルヴィに、ガーランドも釣られて目を細める。どうやら、シルヴィの言葉でガーランドも思い出してくれたらしい。
そして、その二人を見ることしか出来ないルノーの圧が強くなる。ガーランドがびくっと肩を跳ねさせた。
シルヴィは、困ったように眉尻を下げる。ちらっと視線を遣ると、ルノーはフレデリクに叱られているようであった。
それにルノーは、ムスッと口をへの字に曲げる。まぁ、フレデリクがいるのならば大丈夫か。そうシルヴィは結論付けて、ガーランドと手を組んだ。
「では、兄上には遠く及ばないとは思いますが。精一杯やらせていただきます」
「比べたりしませんわ。でも、よろしくお願いいたします」
先程、自分も同じような事を言ったなと思いながら、シルヴィは苦笑する。
流れ出したワルツの生演奏に合わせ、卒業生のみのダンスが始まった。大人達の値踏みするような視線が注がれる。
あぁ、これが社交界という場所か。シルヴィは、特に今までと変わらないなと感じた。叔母のように掌握する気はないが、目立たず平和に泳ぎきってみせる。ルノーのためにも。
「シルヴィ嬢、お願いがあります」
「何ですか?」
「次は是非、兄上と」
突き刺すようなルノーの視線に耐えきれなくなったのか、ガーランドが眉尻を下げる。シルヴィは、困った人と溜息を吐いた。
「今日、ルノーくんにそんな時間があればいいですけど」
「あぁ、極東島の件ですね」
「『貴族の皆々様は、大層ご興味がおありのようだ』と、お父様が言ってましたから」
ひとまずシルヴィは、ステップを間違えないようにワルツに集中することにした。
ルノー相手ならば、少しくらい失敗しても許してくれるだろうという甘えはある。それを言えば、爆発するから秘密にするしかないが。
シルヴィの中では何の問題もなくワルツが終了する。優雅に挨拶を交わし、シルヴィは当初の予定どおりにそそくさと移動した。壁の花が一番、平和なのである。
その後ろをガーランド、ディディエ、ロラが追う。勿論、トリスタンも追おうとしたのだが「トリスタン様!!」と、突っ込んできたジャスミーヌに阻まれていた。
「んんー! 肩が凝るわ~」
「ですねぇ。卒業式からずっと緊張でしたから」
「やっと一段落~」
ロラが聖なる乙女の仮面を外して、まったりと笑む。それに釣られて、シルヴィも肩の力を抜いた。
「何て言うか、ルノー様のパートナーを務めあげたジャスミーヌ様の株が上がるわよね~」
「姉さんは、やれば出来る人だからねー。まぁ、今はトリスタンに纏わりついてるけど」
「再来年、貴方もああなりますよ」
「えぇー? そうかなぁ?」
ディディエがへらっと笑いながら、小首を傾げる。生徒会として卒業式に参列していたイアサントが全員の頭に浮かんだ。誰よりも号泣していた。
「あのまま社交界に出て、大丈夫なのかしら~。心配になっちゃう」
「大丈夫だよ。オレがいるからね」
「まぁ、でしょうね。やり過ぎないでくださいよ。面倒くさい」
「やだ~! ガーランド冷たーい!」
「当たり前ですよ。どれだけ苦労して生徒会長をやり遂げたと?」
ガーランドの言葉に、ロラが深く頷いている。恐らくトリスタンもこの場にいれば、絶対にそうなっていただろう。
「シルヴィ!」
あくまでも公爵家の人間らしく歩いてきたルノーは、シルヴィと目が合うと嬉しそうに目尻を下げる。それに、シルヴィも目を細めた。
「ごきげんよう、ルノーくん」
「やっと会えた。シルヴィ、会いたかった。本当に。ペンを何本折ったか数えるのもやめた」
「えぇ……? ペンが可哀想だよ」
ルノーのイライラの犠牲になったペン達を思って、シルヴィは心の中で合掌する。
本来ならばこの卒業式までの間に、二人は何度かお茶会をする予定であった。それが、極東島の後始末で消えたのだ。ルノーの苛立ちも分からなくはない。しかし、やはりペンが可哀想だった。
「次は勿論、僕と踊ってくれるよね?」
「そうだね。そのつもりだけれど……」
「残念だったな、ルノー。お前は俺と一緒に挨拶と説明対応だ」
後ろから付いてきていたフレデリクが、ルノーの手首をガシッと掴む。大変にいい笑顔で。
「今日でなくてもいいでしょう」
「皆は、お前の事情など後回しだろうよ」
「せめてシルヴィとのダンスの後で」
「それを褒美にやりきりなさい」
今回のフレデリクは、甘やかす気が微塵もないようだ。それを察したルノーが心底、嫌そうな顔をする。
暫し無言で睨み合った両者であったが、ルノーが折れたらしい。シルヴィに向かって捨てられた子犬のような顔を向けた。
「待っててね、シルヴィ。絶対に、誰の手も取らないで。ガーランドだから、許したんだよ」
「分かってるわ、ルノーくん」
「本当に? シルヴィと踊るのは、絶対に僕だからね」
「うん」
「ほら、行くぞ。お待ちかねだ」
フレデリクに半ば引きずられながら、ルノーが歩いていく。最後までシルヴィを見つめ続けるルノーの髪には、シルヴィ色のリボンが揺れていた。
それを愛しげに眺めながらシルヴィは、優雅に手を振る。「頑張ってね、ルノーくん。待ってるから」と言いながら。
「ルノー様も大変よね~」
「まぁ、魔女達の城をですね。ほぼ全壊させましたからね」
「最終的に炎上したもんねー」
「珍しい禁忌の書物類がほぼ焼失したのが、痛手でしたね」
まぁ、あれだけやったのだから仕方がない。そんな空気が四人の中に流れたのだった。




