24.モブ令嬢と代償
なぜ今そんな話になるんだ。シルヴィは熱を持つ頬を何とかしたくて、両手で顔を覆って隠してしまった。
「あら~! シルヴィ様、お気を確かに~」
「やっ、ちょっ、見ないでください……」
完全に流れ弾である。いつもの語彙力が消し飛んだ暴走半分の告白とは、破壊力が違う。出会ってから今この瞬間。その全てが詰まった愛の言葉であった。
シルヴィの胸が甘く締め付けられる。あぁ、これが人を愛するということなのだろう。シルヴィは、手を口元まで下ろす。ルノーの背を愛おしげに見つめた。
そんなシルヴィを見てロラとリルは、ニマニマと緩む口元が隠しきれていない。しかし、男性陣の空気はソワソワと気まずいものへと変わっていった。
それにシルヴィは、敏感に気付く。咳払いをすると、照れ臭そうに髪をいじった。
「う、ぐっ、あぁあぁあっ!!!」
涙に濡れた魔女長の瞳が、シルヴィを映す。宙に浮かんだ魔方陣に、全員が反応した。シルヴィを守るように。
魔女長から隠すように、ルノーが立ちはだかる。全てを守るように張られたルノーの魔法防壁は、今まで見た中で一番綺麗であった。
全ての攻撃を防がれた魔女長が、肩で息をする。ボロボロと瞳からは、大粒の涙が溢れ続けていた。
「もう一回、もう一回あれば!! 私が、そこに――」
魔女長の言葉が妙なところで途切れる。ボロッと指先が崩れ、杖が地面にぶつかる音がやけに大きく聞こえた。
「あえ?」
魔女長が目を丸める。理解が追い付かなかったかのような声が、魔女長の口からこぼれた。
シルヴィは、目の前の光景に息を呑む。崩壊していく――魔女長の体が。
「な、に……? なに!? いやぁあ!?」
自身の体の異変を現実だと魔女長の頭が理解したらしい。恐怖に叫んだ魔女長に、一気にその場の空気が冷えた。
「何だ!? 何が起きている!!」
「お下がりください!!」
即座に距離を詰めたアレクシが、フレデリクの前に迷いなく飛び出す。
ほぼ同時に、マリユスが「殿下!!」とリルを守るように剣を構えた。それに続くように、「リル様!!」とイヴォンも杖を構える。リルは二人を背を見て、大人しく下がった。
トリスタンが、ほぼ反射でジャスミーヌの手を掴み自身の方へと引く。それに、ジャスミーヌの瞳が大きく見開かれた。
「大人しくしていてください。お願いですから」
「ひぇ!? ひゃい!!」
それを視界の端で確認して、ディディエはガーランドと共にロラとシルヴィを守り続けるという決断を下したらしい。その場を動かなかった。
「なにごと~!?」
ロラは、絶句するシルヴィを抱き締める。しかしその体は、シルヴィと同じく震えていた。
「我々の後ろにいてください!」
「オレ達に任せてね」
シルヴィとロラは、ディディエとガーランドの言葉に素直に頷く。場が混乱する中、ルノーだけが冷静に「あぁ、なるほど」と溢した。
「これが、禁忌の術の代償か」
その声には、純粋な興味が滲んでいた。「ひぃ、いやぁ!!」と、助けを求めるような声を出す魔女長をルノーはただ繁々と眺める。
「ふぅん」
ルノーが返したのは、それだけだった。
「どういう意味だ!!」
「言葉の意味そのままですよ。何の代償もないのなら、禁忌などとは呼ばれていません。それなら、僕だって使う」
「そっ、れは、そうなのだが……」
いつも通りのルノーの声音に、フレデリクは歯痒そうな顔をする。そんなフレデリクを見て、ルノーは呆れたように溜息を吐いた。
「僕がこの程度で狼狽えるとお思いで?」
「思っていない!!」
「でしょう?」
ルノーは、何処か嬉しそうに小首を傾げてみせる。フレデリクは、頭が痛そうに額を押さえた。
「そうだな。まぁ、君のことは嫌いだけど。君のお陰で色々と気付くこともあったからね。あの世への手土産に教えてあげてもいい」
完全に混乱している魔女長に向かって、ルノーは淡々とそう言った。魔女長は、縋るようにルノーを見遣る。
「まず、魂は巡る。まぁ、これはヴィノダエム王国独自の宗教観だけどね」
「そんな書籍まで読むのか」
「留学中、彼が何もしてこず暇だったので」
ルノーの言葉に、イヴォンが「あ?」ともらす。その頭に、マリユスのチョップが降っていた。
「禁忌の術を使うと、この輪から外れるそうだよ。つまり、先代の精霊王も魔女達も、そして――君も」
ルノーの視線が真っ直ぐと魔女長を見据える。魔女長は、怯えたように後ろにずりずりと下がった。その足さえもボロボロと崩れていく。
「もう、この世に生を受けることはない」
その言葉が、やけに重く聞こえた。シルヴィは、ロラのローブをぎゅっと握り締める。それに応えるように、ロラもシルヴィを抱き締める力を強めた。
メェナとピィヨは、ただシルヴィに寄り添ってくれる。精霊王が、シルヴィの頭を撫でた。その表情には、先王への複雑な感情が滲んでみえる。
「何故か」
そこで、ルノーは言葉を切った。次いで、魔女長を見れば一目瞭然とでも言いたげな表情を浮かべる。
「魂が、熟れすぎた果実のように腐り落ちるからさ」
あぁ、あの崩壊はそういうことだったんだ。シルヴィは腑に落ちて、そして悲しげに眉根を寄せた。もう手の施しようがない事実に。
「わたし、わたしは――」
魔女長の視線がルノーからシルヴィへと移る。シルヴィのそれを目に止めて、魔女長の瞳に怒りが灯った。
「同じ!! モブの、くせ、してぇ……っ!!」
魔女長の崩壊は顔にまで及びだした。止まらない。どんどんと、体が崩れていく。
「どう、して――」
魔女長がシルヴィに向かって手を伸ばす。渇望するように、目を物騒に細めた。
「ただ、幸せになりたかっただけなのに」
それだけ。それを最後に、魔女長はボロリ……崩れ落ちた。その場に沈黙が落ちる。
あぁ、そうだ。幸せになりたくない人などいない。皆、そう思って生きている。
シルヴィは、静かに目を伏せた。彼女は、己の罪や弱さと向き合う時間も与えられなかったらしい。それが、禁忌の術を使うということなのだろう。
「やり方を間違えたんだね」
シルヴィが、顔を上げる。そして、魔女長のいた場所に向かってそう言った。まるで、幼子に言うように。その声には、怒りも憎しみも負の感情は何も乗っていなかった。
それに、ロラが目を見開く。しかし、「シルヴィ様らしい」と直ぐに小さく呟いた。
ルノーがシルヴィの声に反応して、こちらを向く。悪意の類いを最後は全て気のない返事で流すシルヴィが、しっかりと魔女長のそれを受け取っていることが心配になったらしい。
直ぐ様、近付いてきてくれたルノーにシルヴィは思わず眉尻を下げてしまった。しかし、嬉しくて口角は上がる。
ロラは空気を読んで、抱き締めていたシルヴィから離れた。ルノーはさも当たり前のように、シルヴィをその腕に戻す。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫よ、ルノーくん」
シルヴィは、もの悲しい気持ちを忘れないようにそっと目を閉じる。ルノーの胸に身を委ねた。
「おかえりなさい」
ルノーの体が微かに跳ねる。心底嬉しそうな「ただいま」がシルヴィに降ってきた。
「ふふっ、うん。うん――」
「シルヴィ?」
「愛してるわ、ルノーくんだけを」
爆音が鳴ると思っていたシルヴィは、何の音もしないことを不思議に思って目を開けた。代わりに、シルヴィを抱き締める力が強まる。
「駄目だよ、シルヴィ」
「うん?」
「この島を吹き飛ばしてしまう」
それは、一大事だ。何とかシルヴィの愛を飲み下そうとしているルノーをシルヴィは、ただ優しく抱き締めたのだった。




