表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
極東島の魔女編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/201

23.魔王と美しいもの

 最後の余興としては、及第点だろう。ルノーは、恐怖に顔を引きつらせた魔女長を見て、そんな事を考えた。

 魔女長は、気付いてしまったらしい。光溢れる未来を夢見たいつかの少女は、そのエンディングには立てないという事実に。


「なんで、そんなこと――言うの」


 その魔女長の言葉には、幼子のような純粋な疑問が滲んでいた。それにルノーは、こてり、態とらしく首を傾げることで答えた。


「なに、なんで? なんでよぉ……っ!!」


 しかし、魔女長には伝わらなかったらしい。仕方がないので、ルノーは教えてあげることにした。


「僕は、言ったよ。絶対に許さない、と」


 ルノーは、瞠いた瞳に殺意を滲ませる。それに、魔女長が「ひっ!?」と引きつった悲鳴を漏らした。

 周りは魔女長のせいで、大なり小なり傷を作っている。その中で、ルノーだけは無傷で立っていた。

 しかし、あの天国から地獄に叩き落とされた瞬間が、何度もルノーの頭の中を回る。しかも、シルヴィを結構な力で押してしまったのだ。この女のせいで。


「ルノーくん……」


 シルヴィの声が気遣わしげに揺れる。ルノーは、シルヴィの方へと視線を遣った。澄んだ黄緑色の瞳をその目に捉えて、落ち着いていく感覚に目尻を下げる。

 シルヴィだけだ。シルヴィだけが、ルノーの傷に気付いてくれる。きっとそれは、ルノーの思い上がりではなかった。だって、ずっと隣にいるのだ。出会ったあの日から――ずっと。


「ルノー」


 フレデリクがルノーの右側に並ぶ。それに、ルノーは特に何も言わなかった。


「出来れば、後者で頼みたいのだが。俺に選択権は?」


 ルノーはフレデリクの問いに、肩を竦めることで答える。それに、フレデリクは「まぁ、だろうな」と溜息を深々と吐いた。


「ロラ! シルヴィ嬢の治療を頼めないか」


 今それを頼むのかと、ルノーは目を瞬く。ロラもキョトンとしたが、フレデリクの意図を読み取ったのか。「任せてくださ~い!」と、人差し指と親指で丸を作る。

 フレデリクが、これで落ち着けと言いたげな視線をルノーに寄越した。それに、ルノーは相変わらず大した御仁だと愉快げに目を細める。


「ガーランド」

「はい!」

「邪魔させないでね」


 ルノーの短い指示に、それでもガーランドは「お任せください、兄上!」そう嬉しそうに目を輝かせた。

 その浮かれた背中をディディエが苦笑気味に追いかける。いまだきのこを背負うトリスタンを引き摺りながら。

 輪の中でオロオロと困った顔をするシルヴィの手足には、痛々しい血が滲んでいた。それに、ルノーの眉間に皺が寄る。

 しかし同時に、ドラゴンの自分を通して見たあの時の情景が鮮明に浮かんで。ルノーは頬を緩めてしまった。


「あの時のシルヴィの頼もしい後ろ姿……」


 うっとりとした声音だった。“ルノーくん! いい子で待っててね!!”そう大きく手を振るシルヴィが瞼の裏に焼き付いている。


「――たまらないな」


 思わず口からそんな言葉が漏れでる。その小さな声をフレデリクに聞かれてしまったらしい。「ほどほどにしておきなさい」というフレデリクの引いた声は、ルノーの耳を素通りしていった。


「認めないっっ!!」


 それは、そうだ。まだ、終わっていない。ルノーは、金切り声を上げる魔女長へと視線を戻す。魔女長の瞳は、ルノーの奥。皆に守られるシルヴィへと向いていた。


「何が違うのよ! 一緒でしょう? あの女と、私は、一緒なのよ!!」


 この女は、何を言っているのだろうか。ルノーは、心底不思議そうに目を瞬く。だから、これも教えてあげることにした。「違うよ」、と。


「何で何で何で!? なんで、私じゃ……。駄目なの??」


 縋るような視線だった。それが、何故かルノーに向けられる。理解は出来なかったが、ルノーはいつも通りに返した。


「君が、シルヴィじゃないから」


 ルノーにとっては、これで充分。それ以上も以下もない。それは、この二人を見てきた者達も同じ。それだけで、全て伝わってしまう。


「何よ、それ!? 意味不明なんだけど!?」


 しかし、魔女長には伝わらなかった。それは、あの時と同じ。今尚、イアサントにも伝わりきれていない。

 どうしてなのだろうか。ルノーは思案するように、目を伏せる。そして、やっと合点がいった。興味がないのだ。この女達は、シルヴィを見ていない。

 遂にあの時言った“シルヴィでなければならない理由”を永遠に語って聞かせる機会が訪れたらしい。ルノーは、理由を羅列しようとしたが何も出てこなかった。

 それに、ルノー本人が一番驚いて目を丸める。シルヴィの好きな所は直ぐに出てくるのに。しかし、シルヴィでなければならない理由をルノーは態々考えたことがなかったから。


「シルヴィでなければならない理由」


 自分に聞くように、ルノーが呟く。それはルノーにとって、宝箱の蓋を開けるような行為であった。

 あの日、木の上には一人の少女が座っていた。興味を引かれたのは、そう。彼女の髪色が、焦げ茶色をしていたから。

 それは、一目で分かる。弱者の証。魔法も使えないのに、彼女がなぜ木に登ったのかをルノーは知りたくなっただけ。


「木から降りられなくなった魔法も使えない女の子が、僕に言うんだ。『子猫が困っていたから』って」


 急に何を言い出すんだと、魔女長が訝しげな顔をする。


「僕は――」


 何と思ったのだったか。あぁ、意味の分からないことを言う子だと思ったのだ。だって、彼女はさも当然のことのように言ったから。

 怯えたように木の幹に縋っている癖に、何故かルノーに助けは求めない。変わった子。気紛れで助けてあげた少女は、僕に恐怖も羨望も悪意も何も――見知った感情を向けてはこなかった。


「あんな強い衝動を覚えたのは、永く生きてはじめてだった」


 少女の瞳が純粋な色でもって、煌めく。キラキラ、キラキラ、きらきら、と。目が眩んだ。

 思わずルノーの口からは、感嘆の息が漏れる。


「そうだ。そう……。僕は、はじめて見たんだ」


 綺麗な黄緑色の瞳が、ルノーの頭を占領した。それに、ルノーが恥じらうような表情を浮かべる。

 あぁ、誰にも言いたくない。秘密にしたい。でも、言いたい。教えたい。


「太陽など容易く霞む。僕は、あれ程までに美しいものを見たことがない」


 ルノーは、「今もね」と自慢するように続けた。

 あの時、ルノーは知ってしまったのだろう。


「魔物は存外、美しいものが好きでね」


 その価値観。魔物の本能を。


「手に入れようとする癖に、結局は眺めているだけで満足する。けれど、僕は人間に毒された」


 ルノーの言葉に、フレデリクが肩を跳ねさせる。心配するように、眉根を寄せた。


「欲しいと思ってしまった」


 シルヴィの全てを。しかし、今は分かる。ルノーが真に欲したもの。ルノーが確かに手に入れたもの。


「シルヴィの“特別”を」


 それだけだった。それだけのために、ルノーはシルヴィに膝を折った。

 その身を焦がし、乞うて、やっと、やっと――手に入れたそれ。


「いやだ」


 急に、ルノーの声に幼さが滲んだ。


「誰にも渡さない。もう僕のものになったんだ。他のはいらない。だから、君では意味がない」


 それは、優しさの欠片もない確かな魔女長への拒絶。

 しかし、愛しさしかない確かなシルヴィへの愛情。


「あの日、木の上に君がいた所で僕は声もかけなかったよ」


 人間は、後からそれを運命と名付けるらしい。馬鹿馬鹿しい。しかし、そんな陳腐な言葉もシルヴィとなら。ルノーは、不思議と悪くはないのだ。

 目の前の少女は、もはや魔王の愛に手が届かないことを理解したようだ。しかし、それでも諦め悪くルノーへと手を伸ばしてくる。


「あぁ、そうか」


 先程のシルヴィの呟きをルノーは、しっかりと拾っていた。“あぁ、なるほど。奇跡なんだなぁ”その言葉の意味が今のルノーにはよく分かった。

 愛する人が、自分と同じ感情を返してくれる。それは、当然のことなどではなかった。


「奇跡なんだね、シルヴィ」


 ルノーは、その感情を大事に――大事にするように。そっと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ