キングスライム開発
翌日、仕事を始める前に自席に行くと、フロアに皆が集まっていた。
オー君はゾンフルで休みだからいないんだけど、アスカリさん、サターンさんに他の社員の人たち。そして社長までも神妙な顔で何かを見ている。
「……面倒臭いことになったわね。ったくあのクソ親父はいつもこんなことばっかりするんだから」
そんな社長の声。辺りからは「はぁ」というため息が漏れた。
なにやら暗い雰囲気が辺りに漂っている。
俺はちょっと嫌な予感を感じながらも、そこに近付いていく。
「いずれにしろ早急に動く必要がありますね、これは」
「分かってるわ。ただ、今だけはちょっと頭を抱えさせて」
「申し訳ありません。承知致しました」
「おはようございます!」
取り敢えず何も言わないのもアレだし、俺は元気よく挨拶をする。
社長は「おはよう」と小さく呟いたが、手に持った紙をじっと見ていてこちらを振り返る様子はない。
アスカリさんは俺の方を見て、力の無い笑顔を浮かべ「おはよ、スズキ君」と言った。
「何かあったんですか?」
「うん……。ちょっとね」
アスカリさんはそう言って、社長の方に目をやった。
「もしかして、新しい仕事が入ったんですか?」
「まぁ、そんな感じですね」
アスカリさんはそんなことを言って苦笑いをした。
何だろうと思っていると、いつの間にか俺の隣にいたサターンさんが、
「キングスライム試作品の提供依頼」
そう言った。
「キングスライム?」
聞き慣れない単語に思わず俺は聞き返す。
いや、ド○クエとかでは聞いたことあるんだけどね。
こっちの世界に来てからは初耳だ。
「今私達が開発している新スライム。従来のスライムの五倍の大きさで強さもクラスⅥを想定している。現状だとまだ追加機能は搭載できないけど将来的には分裂機能と合体機能も付ける予定になってる」
サターンさんはいつものように、つらつらキングスライムの詳細について述べ始めた。
「スペック・デザイン的には決まっているんだけど、ラージタイプは調整が大変。大型のスロック鉱石を使用したデュアルコアの魔道回路だから複雑な行動を設定できるんだけどまだ専用の行動決定魔法を組み上げられていない。人工外装部の添加メタルやスライムウォーターの成分も調整中。大型だから添加メタルにはオルハリコンもしくはアダマンタイトあたりが必要になってくると予想はできるけど延性や重量を考慮するとミスリルやグリーンプラチナも検討の余地有り。いずれにしろ今までとは全く異なるアプローチが必要だから現在難航している」
案の定専門的すぎて言ってることはあまり理解できない。
とにかくすごいスライムで、まだ開発途中といった感じのものなのかな?
……よく分からないな。
「そのキングスライムを作るってお仕事なんですよね」
「ん」
サターンさんは短くそう言った。
スライム説明の時と比べてとても素っ気ないけど、サターンさんはいつもこんな感じだからもう気にならない。
まぁそれはともかくとして、
「それの何が問題なんですか?」
俺はそう純粋な疑問を投げかける。
まだ開発途中で難航しているとは言え、それならこれから開発すればいいと思うのだが。
というか新製品の開発とか最初は大体そんな感じじゃないの?
俺のその質問に、サターンさんは一言。
「いろいろ」
全く回答になってない回答を述べた。
「色々と言われても。もっとこう、何が問題なのか具体的に教えて欲しいんですけど」
「もろもろ」
「何も情報が伝わってこねぇ……」
不親切な上司の言葉をどうにか理解するために俺がうーんと唸っていると、見かねたアスカリさんが横から口を挟んでくる。
「キングスライム製作自体は先日から既に動き出している案件なので、開発に関しては問題ないのですよ。ただ、今回は試作品の早期提供という形がネックになっているんです」
「うん? えーっと、マジでよく分からないのですが、その試作品作ることの何がヤバいんですか?」
「いえ、それ自体に問題は無いのですが……」
アスカリさんが説明するに、新しく開発したスライムは売りに出す前にまず、どこかの冒険者ギルドでそのスライムを試用して貰わなくちゃいけないらしい。
冒険者達が実際にそれを使ってみて、問題が無ければ最終調整を経た後に大量生産をするという流れだ。
その際に協力してくれる冒険者ギルドは付き合いが長く、実際にウチのスライムを大量に使用してくれているところ。要は超の付くほどの大手取引先だ。
そこに試作品のスライムを無償で提供するという形を取る。
会社としては新製品の最終確認ができて、冒険者ギルドはタダで新製品をいち早く使えるという、聞いた限りだとすげぇ理想的な取引だと思う。
それ自体は開発の流れなので何ら問題の無いことだ。
ただ、今回問題となっているのはその納期だという。
「通常は開発が終わったら試作品を提供して使ってもらうのですが、今回はまだキングスライムが完成してないんですよね」
「えっと、ちなみにその納期っていつまでなんですか? まだほとんどできてないって言ってましたし、もしかして半年後とかですかね」
「いえ、三週間後ですね」
「さ、三週間!? え、それってできるもんなんですか?」
「分かりません。ですが、これから三週間があまり良いものになるとは考えがたいですね」
皆がどうしてあんなに頭を抱えているのが何となく分かってきたぞ。
「断る事ってできないんですかね。もしくは納期を延ばしてもらうとか」
「どうも会長が取引先の会長と勝手に話を付けちゃったらしくて。どうも『なぁに、キングスライムの開発は順調ですわい! 心配しなくてもあと三週間もしたら試作品をお届けしますわい!』って豪語しちゃったらしいんですよ。どうも正式な文書として納品予定も伝えちゃったらしくて……」
「もう詰みじゃないですか……」
スライムカンパニーの社員の人たちがいつも遅くまで残業しているのはこういった理由もあるのかもしれない。この会社の深淵を見た気分だ。
「分裂・合体機能は削って魔道回路と人工外装添加物の選定に絞ればギリギリいけるんじゃないですかね。アドバンス製品としてそれら機能を付加したものを売り出すという形にするしかなさそうですね」
「まぁ、そうするしかないわね。あんにゃろう。今度会ったらボコボコにしてやる……」
社長と重役っぽい人がそんな会話をしている。
さっきまでは別の世界の会話だったんだけど、今はもう事情を知ってしまった。
なんかもうすげぇ嫌な予感がするんですけど。
「よし。やりましょう。それじゃあこの業務のリーダーなんだけど……。サターン、継続してお願いしていい?」
「わかった」
サターンさんは相変わらず無表情でそう答えた。
「よし。あとは人工外装の担当に……あれ、オー君は?」
「オー君は今ゾンフルエンザで休養中です」
「あっ。そうだったわね。うーん、それじゃあ誰か代理の担当を……」
俺は最高に嫌な予感がしたのでこっそりその場を離れてトイレに向かおうとする。
と、その時ガシッと誰かに腕を掴まれた。
「アンタ、どこ行こうとしてるのよ」
振り返ると社長がいた。
視線が泳ぎそうになるのをなんとか堪え、俺は腹を押さえて痛がるふりをする。
「い、いやぁ。ちょっとお腹が痛くなっちゃったんで。トイレ行ってきていいですかね?」
そんな言い訳をするも、社長は首を横に振って。
「ちょっと待ちなさい。……そうね、スズキ。あんた人工外装部分の担当者やりなさい」
「いやいやいや! 意味分かんないっすよ!」
「ここ一ヶ月ずっとオー君の手伝いをやってたんだから実験のことはある程度は分かるでしょ。オー君がいないんだからあんたがやるしかないの」
「で、でもまだ分かんないことがいっぱいあって。担当者ってもっと経験がある人がやった方がいいんじゃないんですかね」
「んなもん人手が足りてたら当然そうしてるわよ」
「え? 今何か言いましたか?」
今社長が何か言った気がしたんだけど。
気のせいかな?
「とにかく! キングスライム開発プロジェクトにアンタも加わりなさい! これは社長命令よ!」
有無を言わさぬ社長の言葉に俺は思わず頷いてしまった。
ぐぅ。絶対これヤバいぞ。デスマーチが待ってるとしか考えられない。
マジで大丈夫なのか……。
不安を隠しきれずにその場でおろおろしていると、社長は俺の肩をガシッと掴み……。
いや、身長が足りなかったので脇腹を掴んで。
「スズキ。あたしはアンタに期待しているからこの仕事を任せるのよ」
そう言った。
「期待ですか……?」
「そう。アンタはすごい才能がある。この前のスライム修理の時で分かったわ」
スライム修理のことを出されて少し表情がにやけてしまった。
確かにあれは俺が唯一達成したことだけどさ。
「だからアンタにこの仕事を任せたいの。それがアンタの成長に繋がるに違いないわ。大丈夫、オー君もそのうち戻ってくるからそんなに忙しくはならないと思うし、それにサターンもいる。困ったことがあったらちゃんとフォローしてくれるわ。ね、サターン?」
「んー」
サターンさんは口を真一文字に結んだままそう返す。
肯定……? なのかこれ。よくわかんねぇぞ。
「あたしもフォローするから大船に乗った気持ちで頑張りなさい。ね、期待の新人さん」
「……!」
その言葉に、心が震えた。
社長にこんなに期待されるのなんて初めてのことだった。
自尊心が満たされるのを感じる。
「いい? わかった?」
「……はい!」
「うん。いい返事ね」
オー君が戻ってくれば手伝って貰えるだろうし、社長もそこまで忙しくないって言ってたしな。
たぶん大丈夫だろう。
それから社長は魔道回路とかの担当をてきぱきと決め、ふぅと一息をつく。
そして、「みんな、注目」とフロアに社長の声が響いた。
「それじゃあ皆、キングスライム開発やるわよ! これを緊急の業務とみなし、手の空いてる人は全力で取り組むこと!」
「「「はい!」」」
皆の声がフロアに響き渡った。




