デスマーチ(7日目)
「はぎゃあああああ! 騙されたああああ!!!」
俺は深夜、誰もいない実験室で思わず叫んだ。
ここ一週間での俺の就業時間はなんと百三十二時間である。全然楽じゃない。
というか社長は忙しすぎて全然助けてくれないし、サターンさんは俺に簡易的な指示をするくらいで全く構ってくれない。
うそつき! また騙された!
「オー君もゾンフル長引いてるから当分は戻ってこないらしいし、もうどうすりゃいいんだよ……」
文句を言いたいものの、社長達は俺以上働いているので何も言えなかった。さっきまで実験室を見て回っていたし、それが終わったらすぐにフレイさんのところで何か会議しているみたいなことを言っていた。それが終わったらたぶんまた戻ってくるのだろう。
サターンさんとアスカリさんは今ちょうど仮眠をしているところだが、この二人も俺と同じくらいの仕事をしている。
流石に一週間こんな生活をしていたせいかみな目に見えて疲れ始めてきているようで、サターンさんの目には以前より濃い隈ができていたし、アスカリさんもふらふらとしながら仮眠室に向かっていった。社長だけが唯一その中で疲れを一切見せていない。バケモノかよあの人。
かくいう俺も、あんまり寝てないのに全然疲れていない。
思えばこの世界に来てから肉体的な疲れでへばったってことはなかった。どういうことなのか正直全く分からない。
ただ、肉体的な疲労を感じなくても精神的な疲労はしっかり感じるらしい。
過度な緊張や不安、退屈な作業をやっているときのふとした眠気みたいなものだ。
今だってなかなかいい結果が出ないことから、精神的な疲労は常時感じている。
……なんとかしないと。
「おはよう……」
そんなことを思っていると、仮眠を終えたサターンさんが実験室に入ってくる。
疲れているのか、いつもより声に覇気が無い。気がするけどまぁいつも通りか。
サターンさんはいつもと変わらぬ表情で実験を始めようとする。
「おおっと、サターン。何か疲れてるみたいだな! だらしないぞ!」
その時、ひときわ大きな声が実験室に響き渡った。
その声の方を見ると、黒い小さな羽の生えた少女が立っていた。
「我は昨日三時間しか寝てないけどこんなに元気だぞ! はーっはっは! 参ったか!」
「そう」
徹夜明けの頭に響くその少女の声を、サターンさんはさらっと受け流す。
気合いを入れて煽ったのにつれない言葉が返ってきたせいか、少女は「ぐぬぬぬ」と言いながら歯ぎしりをしている。
ちなみにこの人はテスラさんという名前である。
少女のように見えるが実は魔道回路課の係長で、このキングスライム開発業務における魔道回路の設計担当になっている。
小悪魔という種族らしく、黒い羽としっぽが特徴だ。
あと日によって大きさが違う胸も。
今日は不自然に大きいんだけど、あれ絶対パッド入ってるでしょ……。
「昨日なんか二時間しか寝ていないんだがな……。ふっ、我がライバルとはいえど流石にこれにはびっくりしただろう!」
「んー」
「はーっはっは! 我のライバルとしてサターンも精進するが良い!」
「んー」
テスラさんはどうもサターンさんをライバル視している節がある。ここ数日で何となくそれは分かった。
テスラさんは事ある毎にサターンさんに絡むけど、大抵こんな感じで相手にすらされていない。
ちなみにサターンさんは三徹していて、さっき三十分くらい仮眠を取っただけなので寝てない勝負にも普通に負けている。
「ところでそこのスズキ・カオスダークネス・ダイスケ」
「俺にそんな禍々しいミドルネームはありません」
「ふっ。真名を名乗るのは恥ずかしいと見た。まだまだ貴様も眷属としての自覚が足りんな」
テスラさんは俺のつれない突っ込みを全く意に介さずにそんなことを言っている。め、面倒くせぇ。
その後もつらつらと中二病的な設定っぽいものを語っているテスラさんの話を遮り、俺はぴしりと言う。
「で、なんか用ですかテスラさん。俺まだやらなきゃいけない実験が山のようにあるんですけど」
「ほう、そんなに貴様は忙しいのか。嘘じゃないのか?」
「嘘じゃないですよ。マジでやばいんですって」
実際今めちゃくちゃ忙しいのは嘘じゃない。
俺が今やっている仕事は人工外装に添加するメタルの選定というものである。
スライムの人工外装に使われているスライムウォーターは、特殊な金属を混ぜると特性が変わる。
普通のスライムにはスレインアイアンという金属が混ぜられていて、ぷよぷよしたさわり心地の人工外装になる。
普通ならこれで問題は無いんだけど、今回のキングスライムはスレインアイアンを使うと強度が足りなくて壊れてしまうのだ。
だからこそ、キングスライムに合った添加メタルを選定する必要がある。
だけどその選定が全くうまくいっていないのが現状だ。
「添加メタル選定うまくいってないんですよ。ミスリルもオルハリコンもアダマンタイトも全部ダメだったんです。また一からやり直しなんですよ」
言葉の通り、俺のここ一週間の実験はもうすべて失敗だった。
ミスリルを使ったものは柔らかすぎてダメで、オルハリコンを使ったものは重すぎて動きが鈍く、アダマンタイトを使ったものは魔道回路と相性が悪かったのか突如暴走して爆発した。
もう全て失敗。ダメダメだ。
実務を通してある程度スライムの人工外装について少しだけ詳しくなったのだけが唯一の救いだ。
それでもキングスライムの人工外装に合うメタルは選定できていない。
「ふむ。貴様は忙しいようだ。それは分かった」
「分かってくれて何よりです。それじゃあ俺は……」
「だが聞いてくれ。我はなんと、さっきついに魔道回路に組み込む魔法の編製が終わったのだ! すごいだろ! 偉いだろ! 偉大なる我を褒めるがいい!」
俺の言葉を遮ってテスラさんは高笑いをする。
「もうできたんですか?」
「ああ。我の魔法編纂能力があればこの程度容易い事よ……」
すごいな……。
実際この人、能力はあるんだよなぁ。
魔道回路に込める魔法作成能力はこの会社の中でもトップクラスだ。
「だから我の頑張りを貴様らに褒めて貰いにやってきたのだ。忙しくても我に構うがいい」
ただ、言動で台無しである。黙っていれば可愛いとは思うんだけどなぁ。
テスラさんはまるで犬みたいにしっぽをぶんぶん振りながらこっちを見つめている。
「はいはい。すごいすごい」
「む、もっと心を込めて褒めるんだ。なんか適当にあしらっているように聞こえるぞ」
「いや、ホントにすごいですって。……で、俺そろそろ実験してきていいですか?」
実際にすごいんだけど、だからこそ俺は焦ってしまう。
魔道回路が完成したところで、人工外装がまだだったらキングスライムは動かない。
それを思うと、気持ちばかりがはやってしまう。
「ダメだ!」
「ええ、マジですか」
「ああ、マジだ。我はまだ褒められ足りない! もっと賞賛の言葉を述べるのだ!」
「いやもう早くやらなくちゃいけないんですって!」
思わず語気を強めてしまった。
はっとしてテスラさんの方を見ると、「むー」と不満そうな顔をしている。
その時部屋の隅っこで実験しているサターンさんの方から声が聞こえる。
「テスラ」
「む? なんだサターンよ。貴様は我を褒めてくれるのか?」
「面倒臭いからあっちいってて」
サターンさんは目の前にある未完成のキングスライムから視線を外さずにそう言った。
「むきゃー! なにさなにさ! 我は頑張ったんだからもっと称えられて然るべきなんだぞ!」
「テスラはすごい」
「おお! 分かってるじゃないかサターン! もっともっと褒め……」
「だけど、人工外装がないと製品にならない。スズキの実験の邪魔はダメ」
「む……。確かにそうだけど……」
サターンさんの正論にテスラさんは押し黙った。
しばらく不満そうな顔をしていたテスラさんは、
「はいはい、わかったわかった。我も魔法のデバッグ作業に戻るとする。邪魔して悪かったな、スズキよ」
そう言って、渋々といった感じで人工外装課の実験スペースに戻っていく。
ほっと一息ついて実験を始めようとすると、
「スズキも」
「え? 俺もですか?」
サターンさんが珍しく俺の名前を呼んだので思わずびくっとしてしまう。
「実験には失敗はつきもの。だから焦っちゃだめ」
「でも、俺の実験ぜんぜんうまくいってなくて……。こんなペースじゃ納期に間に合わないですよ」
自分の言葉ながら胃が痛くなる。
実際、魔道回路と比べてキングスライムの人工外装開発はかなり遅れている。
このままじゃどう考えても二週間後の納期に間に合いそうにない。
「俺のこの一週間の頑張りは無駄だったんです。結局俺なんかじゃキングスライムは作れないんですよ」
自嘲気味に俺は呟いた。
結果が出ていなければ、進捗が無ければ、何もやっていないのと同じだ。
俺は自分の力不足を嫌と言うほど実感していた。
だけど、サターンさんは言う。
「無駄じゃない」
「え……?」
「ん」
サターンさんは目の前のスライムをいじりながら続ける。
「スズキの実験でミスリル以下のメタルが付加強度的に不十分であることが判明した。オルハリコンの添加実験からキングスライムの移動速度と添加メタル重量の相関関係を導き出せた。アダマンタイト添加実験の失敗で、不適合メタルの傾向も概ね把握した。スズキの実験は無駄じゃない」
その言葉に体の力が抜けた。
サターンさんは言葉を飾ることはしない。お世辞なんて絶対に言わない。
この人はいつも淡々と事実だけを述べる。
だからこそ俺は、サターンさんの言葉を素直に受け止められた。
……そうか。俺のやってきたことは無駄じゃなかったのか。
よかった——
次の瞬間、この日初めてサターンは俺の方を振り返る。いつもと変わらない、何を考えているか分からないような……そんな表情。
だけど、サターンさんは俺の目を見て、いつもと違う、はっきりとした声で呟く。
「あと少し。だから、頑張ろう」
それはサターンさんから初めて聞いた、上司としての言葉だった。
疲れているせいだろうか。サターンさんがそんな優しいことを言うなんて思ってもいなかったせいで、不意打ち的に視界が滲みそうになった。
涙が出そうになるのも俺は必死に堪える。
そんな俺に、サターンさんはいつもの平坦な口調で指示をする。
「今から実験始める。手伝って」
「はい!」
俺はわき上がる気持ちを乗せ、一人の部下としてサターンさんの言葉に返事をした。




