ゾンフルエンザ
『ゾンフルエンザが流行っております。皆様お気を付け下さい。ゾンフルエンザにかかった人は各自休暇をとって教会に行った後、治るまでは自宅療養すること』
朝起きて実験室に行くと、壁にそんなことが書かれた紙が貼られていた。
「ん? なんだこれ」
ゾンフルエンザ……って何なの?
そんなの初めて聞いたんだけど。
「あー。もう今年もそんな時期なんですねぇ。嫌になっちゃいますね」
後から実験室に入ってきたアスカリさんは、はぁと小さくため息をついた。
「ゾンフルエンザいって何ですか? 俺初めて聞きましたけど」
俺のその言葉にアスカリさんは「あらあら、そう言えばスズキ君は異世界から来たばっかりだから知らないんですね」と言ってにこやかな笑みを浮かべる。
俺がスライムカンパニーで働き出してからまだ一月とちょっと。
というか異世界から転生してきて一ヶ月くらいなので、まだまだ知らないことは多い。
今回社長が言ってたゾンフルエンザもそれだ。響きだけなら何となく聞き覚えはあるのだが。
「ゾンフルエンザは伝染性の呪いです。かかった人はゾンビ化しちゃうんですよ。ゾンビ化するとすごく高い熱が出て、すっごーく関節が痛くなって、それでぎくしゃくした動きしかできなくなったしちゃうんですよ」
「それインフルエンザじゃないですか」
「インフルエンザ? ってのはよく分からないけど、ゾンフルエンザにかかると他にも体が青白くなったり、生気を失ったような顔になったり、うまく言葉を話せなくなったり、ポーションでダメージを受けたりするようになるんです」
「あ、それはゾンビっぽいですね」
「最近流行りだした呪いでまだしっかりした解呪魔法はないからやっかいなんですよ。教会で普通の解呪魔法をかけて貰った後にゆっくり休む。それしか治す術はないんですよね」
「なるほど。それじゃあゾンフルエンザにかかれば病気休暇とれるんですね!」
僥倖……! これで合法的に休める!
休みなんて無いと思っていたけど、この手があったか!
病気になれば辛いかもしれないが、それでも会社を休むことができる。
となるとゾンフルにかかるのも悪くないかもしれない。
おい、誰かゾンフルの呪いにかかった奴はいないか!
「いえ、病気休暇はないですね。有給取らないと」
「嘘でしょ!? な、なんで病気にかかったのに有給取らなきゃ行けないんですか!」
「『呪いにかかるなんて体調管理ができていない証拠よ。体調管理も仕事のうち』って社長は言っていますね」
「なんというブラック企業……」
俺の野望はかくもあっけなく潰えた。
絶対に呪われたくない。
そんなことを想っていると、横で俺達の話を聞いていたサターンさんが珍しく俺に話しかけてくる。
「スズキは入社一年目。試用期間終わるまでは有休取れない」
「マジですか! それじゃあゾンフルにかかったらどうすればいいんですか!?」
「欠勤。給料なし」
「そんな横暴な!」
ここで言う給料無しとは、ただお金が貰えないということではない。
現在俺は一度死んで蘇生させて貰ったおかげで数百万Gの借金を背負っている。
その際に蘇生の呪印という呪いを負った。神父曰く、月々返済をしないとその場で爆発四散するらしい。
その返済は主に会社の給料でされているんだけど、それが滞る=死である。蘇生の呪印は料金滞納には厳しいのだ。
ゾンビの呪いで死ぬ前に蘇生の呪いで死ぬ。こっちの呪いの方が百倍タチ悪い。
「絶対に、絶対に俺はゾンフルにかかりたくありません! どうすればいいんですか!」
あまりにも悲痛な俺の叫びを聞いてサターンさんは若干引いていた。
アスカリさんはうーんと唸って。
「毎日しっかり手洗いうがいをすることですかね。不潔な人ほどゾンビ化の呪いにかかりやすいですし。あとゾンビ化の呪いは言語感染が主な経路なので、マスクをするなりして言葉を外に漏らしにくくするのもいいですね」
「いやもうそれ完全にインフル対策じゃないですか」
「???」
アスカリさんはよく分からないといった顔で苦笑いをしていた。
「まぁスズキ君は大丈夫じゃない?」
ふと振り返るとオー君がいる。昨日は休日だったせいか、肌つやもいい。
「転生者は伝染性の呪いに強い人が多いしね」
「あっ。そう言えばそうでしたね。すっかり忘れてました」
「そうなんですね……。よかった……! 本当に良かった!」
オー君の言葉に俺は心の底から安堵する。
流石オー君だ。俺の欲しい言葉をいつもかけてくれる。
「そんなことよりもボクは自分のことの方が不安だよ。この前入院したときに有給ほとんど使っちゃったんだよね」
オー君はそうやってフラグみたいなことを言い、はははと力なく笑った。
「もう、オー君は体弱いんですから無理しちゃダメですよ。オー君がいなかったら私、困っちゃうんですからね。オー君は元気が一番似合いますよ」
アスカリさんはそうやって聖母みたいなことを言い、オー君の頭をぽんぽんと撫でた。
う、ちょっと羨ましいな。
オー君は照れたように笑い、
「はは。まぁさっきはあんなこと言いましたけど、きっと大丈夫です。最近妙に調子いいんですよ。今年は絶対にゾンフルにかかりませんよ!」
そして再度フラグみたいなことを言った。
表面上は微笑ましい会話なんだけど、俺はなんとなく嫌な予感を覚える。
「そうだ。スズキ君。明日は朝から実験の手伝いをしてもらいたいんだけどいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうね。今回の実験は外でやるから、朝起きたら外のワイバーン停車広場に来てくれないかな」
まぁきっと杞憂だろうな。
俺はそう自分に言い聞かせながら、今日の仕事を始めるのだった。




