この気持ちの名は
「混ぜるスピードが速すぎる! それじゃあ人工外装がくっつかないでしょ! もっとゆっくりかき混ぜなさい!」
「はいいい! わかりましたあああ!」
結局俺はめちゃくちゃ社長にダメ出しを喰らいまくった。
さっき自信満々に啖呵を切っていたので正直かなり恥ずかしい。
だけど、そんなダメダメな俺を見ても社長は手を出さずに、修理を見守っていてくれた。
「で、できました……!」
ビーカーの中には一匹のスライムができあがっていた。
ぴょこんと小さく跳ねたそのスライムを見て、体の力が抜けるのを感じる。
「よし。これで終わりね。やればできるじゃない」
その社長の言葉を聞いて、俺はどさっとその場に倒れ込んだ。
めちゃくちゃ疲れた……。
ふと見上げると、すっかり日は暮れていた。
社長は俺の作業を見張りながらも残りのスライムの修理はしっかり終えていたようだ。
周囲からスライムのぷよぷよ跳ねる音が響いている。
いずれにしろ、俺の仕事はこれで終わりだ。
「マーキュリーさん、そろそろ修理終わりましたかね?」
その声に慌てて起き上がると、そこにはフレイさんがいた。フレイさんの後ろにはさっきの若い男の人がおどおどそしながら立っていた。
「はい。それほど深刻な故障ではなかったので先程終わりました」
「ああっ、よかった……!」
心なしかさっきまで青ざめていた青年も安堵しているようだ。
今は随分顔に血色が戻っている。
「流石マーキュリーさんですね。頼りになりますわ」
「いえ、そんなことありません。今回は新人のスズキも頑張ってくれましたので、あたしは随分楽させてもらいました」
「へっ? 俺ですか? そんな、俺なんか全然……」
「そんな謙遜しなくてもいいんだぞ! 若いんだから調子に乗りなさい。若さの特権だぞ!」
フレイさんはそう言い、がっはっはと笑って俺の肩を叩いた。
「いやぁ、最近はスライムソリューションズさんも潰れちゃって、こちらも訓練用のスライム発注に難儀しているところだったんですわ。マーキュリーさん達のところには本当に末永く続いて欲しいと思っていたんですが、こんな有望な新人がいるなら当分大丈夫そうで安心しましたわ」
「いえいえ、こちらこそフレイさん達には助けられていますよ。そちらこそ末永く続いてくれたら我々も助かります」
「ガハハ! そうですな! ウチも頑張りますわ! 今後ともぜひぜひウチをご贔屓にして下さいね」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますね」
フレイさんと社長の会話を何だか遠くの世界のことのようにぼーっと聞いていると、先程の青年が俺のところにやってくる。
その青年はぺこりと頭を下げ、
「あなたがスライムを直してくれたんですね。……ありがとうございます」
「そんな、俺は全然……」
実際ほとんどのスライムを直したのは社長で、俺は一体だけあたふたしながら修理しただけだ。
「ほとんど社長がやってくれて、俺が直したのなんてたった一体だけなんです。本当に小さな事しかやってないんです」
「そんなことありません。あなたが直してくれたこのスライムは、明日の集団戦闘訓練で使われる予定だったんです。皆が日課にしているその訓練は、一体でも欠けたら成り立ちません」
そして青年は俺の目を見て、はっきりと言う。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
青年の言葉に胸の奥が熱くなる。
何だろうこの気持ちは。
この世界に来て初めて感じる、この高揚した気持ちは——
「それじゃあ、マーキュリーさん。会合ですがこれからウチの会議室で行いましょう。すぐ準備をしますので、ちょっと待っていて下さいね」
そう言ってフレイさんと青年は去って行った。
俺はお辞儀をしながら二人を見送る。
二人の姿が見えなくなったところで、社長が口を開いた。
「で、どうだった?」
入社初日にも聞かれたその質問。
言葉足らずで威圧的ないつもの社長らしいその質問に、あの時俺は「分かりません」と答えた。
ただ、今の俺はそんな答えをするつもりはなかった。
「めちゃくちゃ緊張しました。スライムの修理だって、わけが分からなくて結局社長にダメだしされまくって。まだまだだと思いました」
今回だって、初めての取引先訪問に、わけの分からない魔法を使ったスライムの修理。
まだまだ未熟で、できないことも多い。
だけど、あの時青年からお礼を言われたときの気持ち。
あれは——
「だけど、俺の直したスライムを見て喜んでくれる人がいて。……それは、本当に嬉しかったです」
あれは達成感だ。
俺はこの世界に来て、初めて何かを成し遂げた。
それは端から見たら小さな事だろう。
スライムをたった一体直した、それだけのこと。
だけど、それでも俺にとっては決して小さな事じゃない。
だって今俺が感じているこの高揚した気持ちは、本物だから。
「うん。前よりいい答えじゃない」
そう言って社長は真っ赤に染まった空を眺める。
「アンタも知ってると思うけど、あたし達のスライム産業は斜陽と言われているわ」
オー君もそう言っていた。
時代に取り残され、いつかはなくなってしまうかもしれない、そんな業界。
それがスライム産業だ。
スライムを作り、売り続けることは俺が想像している以上に厳しい道なのだろう。
それでも社長は力強く言い放つ。
「だけどね、まだあたしたちの作ったスライムを使ってくれる人達がいる。必要としてくれる人達がいる。……あたしはね、そういう人達がいる限り、この会社でスライムを作り続けていくつもりよ」
その社長の言葉はなんだかとても格好良くて。
ほんの少しだけ、この会社に来て良かったと。そんなことを思ったのだ。




