スライム修理と大切なこと
「うへぇ、なんか色が変わっていますね」
ギルドの訓練場にたどり着いた俺の目に入ったのは、紫色に変色した十体のスライムだった。目もなんか(×○×)←こんな感じになっていた。
バッテンマークの目は可愛いんだけど、いかんせんどれも全く動く気配がない。
ホントにこれ直せるのかよ……。
社長は変色したスライムを手にとって、
「ダメになってるのは人工外装部ね。それと、ちょっと魔道回路も狂ってるかもしれないわ。でもまぁ、この程度なら何とかなりそうね」
そう言うと社長はバッグから緑色に光る石のようなものを取り出した。
社長が指で弾くとその石が割れ、その場にどさっと箱が飛び出してきた。その箱の中にはペンチやドライバーといった見慣れた修理用具や、よく分からない薬品が詰め込まれていた。
「わ、なんすかこれ」
「ストックストーンよ。宝石に魔法を込めることで中に物を詰め込めるの。そのくらい『魔法基礎』に書いてなかった?」
「そ、そうでしたね! ストックストーンですよね! 知ってます知ってます!」
知らねぇ。
というか仕事が忙しすぎて社長から貰った本、全然読み進められてないんだよね。
でもそんなこと言うとまず間違いなく怒られるので、俺は知ったかぶった。
そんな俺を社長は訝しげな視線で見つめてくる。
やめて。そんな目で見ないで……。
「……まぁいいわ。それじゃああんた、スライムの分解やってみなさい」
そう言って社長はプラスドライバーのようなものを手渡してきた。これを使って分解するのか。
って、ドライバー……?
「あの、社長。何でドライバーを? こんなの使えないですよ」
「はぁ? あんた何言ってんのよ。使えるに決まってるじゃない」
「いや、ほら見てくださいよこのスライム。ネジなんて一個もないですよ。これをどう使うんですか」
「ネジ? そんなものスライムに使うわけないでしょ。わけ分かんないこと言ってないでそれ貸しなさい。やって見せてあげるから」
そう言って社長は俺からドライバーを奪い取り、紫色になったスライムの側面にぷよぷよ当てている。
「何やってるんすか社長。ドライバーはそう使うんじゃないですよ。流石に俺でもドライバーの使い方くらい分かりますって」
「いいから黙ってなさい」
社長は小さく呪文のようなものを唱え、最後に『解錠』と呟く。
次の瞬間、スライムの上半分がかぱっと開いた。
「えええ!? なんで?」
「なんでって、ドライバーだから当然じゃない」
「俺の知ってるドライバーと違う! こんなのドライバーじゃない!」
「そう言えばあんたの仕事はデータ整理とかばっかりだったから知らなかったのね。あんたの世界ではどうだったか知らないけど、この世界のドライバーはこう使うのよ。覚えときなさい」
俺の常識が崩れていく……。
「分解したら中の液体を取り除く。やってみなさい」
「うおお。どろどろしてる……」
スライムを傾けるとどろっとした紫色の液体が零れてきた。俺はそれを社長がストックストーンから取り出した、大きめなビーカーのようなものに流し込む。
スライムの中にある、目の取り付けられた魔道回路がむき出しになった。
「あとは魔道回路を直して、新しい外装をつければ修理完了よ」
「そんな簡単に言われましても。魔道回路の直し方も、外装の付け方も全く分からないんですけど……」
「取り敢えずあたしが一個やってみるから見てなさい」
社長はそう言ってもう一体のスライムを開き、液体を取り除く。
そのままてきぱきと魔道回路を触りながら何かよく分からない魔法の詠唱をしている。
しばらくすると、人工外装につけられたスライムの目が(・○・)←こんな感じに戻った。
「わ! スライムの目がバッテンじゃなくなった!」
「次はこのスライムウォーターにここにある薬品を順番に入れる」
社長は並べられた薬品を順番に、紫色になったスライムの内容物の入ったビーカーへ入れていく。
しばらくかき回すと、中の液体の色が元の水色に戻っていった。
「魔道回路をスライムウォーターに浸して、あとはゆっくりかき混ぜれば終わりよ」
社長がゆっくりビーカーを回すと、魔道回路の周りに透明の膜のようなものができていく。たぶん、スライムウォーターがくっついているのだろう。
それは次第に厚くなっていき、しばらくするビーカーの中にいつものスライムが出来上がっていた。
「おお、スライムになった!」
「ね、簡単でしょ? あっちの残り八体はあたしがやっとくから、アンタはこの開いてるスライムの修理をやっておきなさい」
「あ、ちょっと……」
社長はそう言って他のスライムを抱えて離れていく。
いや、魔道回路を直すときの呪文が全く分からなかったんですが……。
社長はそんな俺の気持ちも知らずに、完全に修理に没頭している。
ま、まずい。このままじゃ直せない。どうしよう……。
その時ふと、この前のマキナさんの言葉が脳裏によぎった。
『もしかしたら少年はちょっと遠慮しすぎてるのかもしれないな。慣れない環境だから最初だから仕方ないかもしれないが、それでも思っていることはある程度言葉にした方がいい』
……そうだ。そうだった。
工場で手伝いをしていた頃だって、分かんないことがあったら父さんに教えてもらっていた。
ものづくりをするとき。いや、どんなことでも、最初にやらなくちゃいけないことは決まっている。
それは異世界でも元の世界でも同じなんだ。
「社長、ちょっといいですか」
「なに? 今ちょっと手が離せないから後にしてくれない?」
ぐっ……。
でもここで挫けちゃダメだ。
分からないことがあったら聞くんだ。
分からないことを分からないままにしていちゃダメなんだ。
それはきっと、異世界じゃなくても、どこでも必要なことだ。
「終わったらで大丈夫です。そしたら俺に魔道回路を修理するときに使ってた魔法を教えてください」
「ふぅん。聞きたいのはそれだけでいいの?」
「はい。そこさえ何とかなればできると思います」
大丈夫。社長のやり方を俺はしっかり見ていた。できるはずだ。
でも、それでもダメなときはもう一度聞こう。
社長には「アンタそんなのも分からないの? さっきやったでしょ」って言われるかもしれない。というか多分言われる。
だけど、今聞かないと俺はずっとスライムの修理ができないままだ。
それは嫌だ。
「さっきは反射で「無理です!」とか言っちゃったけど、これでも工場の息子です。壊れた製品の修理くらい簡単にやってやりますよ!」
「……へぇ、言うじゃない」
社長は小さくそう呟いて、スライムをかき混ぜる手を止める。
それと同時に、社長の混ぜていたビーカーの中でスライムが跳ねた。
どうやら修理が終わったようだ。
「それじゃあ教えるわよ。一回しか言わないからしっかり覚えなさい。泣き言言うんじゃないわよ!」
そう言って社長は笑った。
それは以前見せた邪悪な笑みではなく、外見相応に無邪気な、少女のような笑顔だった。




