二日酔いとギルド訪問
「アンタどこで寝てんのよ」
「あ、れ。社長?」
目を覚ますと社長が目の前にいた。
頭がガンガン痛む。あれ、昨日俺何やってたんだっけ……。
辺りを見渡すと、さっきまで俺が飲んでいた店があるけど、そこから出た記憶なんてまるでない。もう完全に記憶が飛んでいる。
「あっ、支払いしてない!」
「アンタと一緒に飲んでた人が払ってくれたらしいわよ。店員さんが言ってたわ。アンタ、べろべろに酔っ払っちゃっていくら叩いても全く起きないから、仕方なくここに放置されてたらしいわよ」
「うわ、マジですか……」
やってしまった。今度会った時に謝らないと。
「ところで社長、何でこんなところに」
「今からお得意先の冒険者ギルドに挨拶しに行くのよ。オー君にアンタがここで飲んでること聞いて、ついでに寄ったの。……ところで今何時か分かる?」
「今? 朝じゃないんですか?」
「はぁ。……空見てみなさい」
社長の言う通りに空を見上げると、すっかり日が高くなっていた。
そこで俺は大失態を犯していることに気付いた。
「アンタ、会社サボるなんていい度胸じゃない」
「本当にすみませんでした!」
音速の謝罪。
ヤバい、殺される……。
「遅刻した分、今月の皆勤手当は無しね」
「あ、でも俺普段残業してるからそれでチャラにして貰えないですかね」
「はあっ!? 今何か言った?」
「いえ、何でもありません……」
有無を言わせぬ迫力を放つ社長に俺は何も言えなかった。
遅くまで残っても何もないのに遅刻したら罰金なんておかしい。この世界は狂ってる。
「まぁいいわ。服持ってきたからとっとと着替えなさい」
「え? なんでですか?」
「今日は新人の顔見せがてらにアンタをギルドに連れて行こうとしていたのよ。つべこべ言ってないでとっとと着替える」
「は、はい!」
俺は急いで物陰に隠れ、社長の持ってきたスーツを着る。
何だかんだで初めてスーツ着た気がする。
「着替えました」
「ネクタイ曲がってるわよ。それに髪の毛も跳ねてるじゃない」
「うわ、マジですか。自分じゃよく分からないですね」
「ったく、しっかりしなさいよ」
そう言って社長は俺のネクタイを持って、少しだけ横にずらした。
それから社長はバッグからクシを取り出した。
「アンタ、何ぼーっとしてんのよ。ちょっとしゃがみなさい」
社長は小さいので俺の頭まで手が届かないのだ。
普段は偉そうにしているのに、こういうところは相変わらず子供っぽいな。
いつも詰められているせいか、ふつふつとイタズラ心が湧いてくる。
ようし、マキナさんに言われたように、今日は思い切って言ってやるぞ。
「俺、社長の獣耳眺めてたいっす。このままお願いしてもいいですか?」
「あ゛? アンタ死にたいの?」
「はい、しゃがみます! 何なら土下座します!」
ダメだ。この人にちょっとした冗談も通じそうにない。
俺は威圧感に負け、倒れるように膝をついた。覇気かよ……。
社長はひざまずいた俺の髪を手際よくとかしていく。
「うん。これでよし。それじゃあ付いてきなさい」
「了解っす……」
既に満身創痍の俺はおとなしく社長の後ろに付いていくことにした。
おとなしく従うのが一番だよ。
マキナさん、やっぱりダメでした。
それから数分歩くと、古びた建物が目に入った。
こちらもウチの会社に負けないくらい年季が入っている。
その建物には看板のようなものが付いていて、その看板には『ギルド ノーブル・ラスピオン』と書かれていた。
「着いたわ。ここよ」
社長はその建物を見てそう言った。ずいぶん近いところで飲んでたのね、俺。
「あの、俺はここで何すればいいんですか」
「取り敢えずあたしの後ろにいればいいわ」
「そうですか。分かりました」
そうは言われても初めての客先訪問だ。
流石にちょっと緊張してきた。
深呼吸したところでギルドの扉が開いた。扉からは初老の男性が顔を覗かせている。
「あれ、マーキュリーさんじゃないですか。今日はもしかしてギルド長にご用ですか?」
その男性は社長に向かって小さくお辞儀をしてそう言った。
社長もお辞儀をしたので、右にならえの精神で俺も頭を下げる。
「お久しぶりです。そうですね、今日はこれからフレイさんと今後のことについてお話をさせて頂く予定になっております」
社長が敬語を使ってるの初めて見た。いつも横暴な口調なのでなんか新鮮。
「ああ、そうだったんですね。すぐに呼んできます」
そう言ってのそのそと男性は建物の中に戻っていった。
しばらく待つと、ガタイのいい男が出てきた。
「マーキュリーさん、お久しぶりです」
恐らくこの人がさっき言ってたフレイさんという人なのだろう。
「お久しぶりですフレイさん」
「今日はご足労頂き感謝です。ええと、そちらの方は」
「うちの新人です。今日はうちの新人もご紹介できたらと思いまして」
「おお、そうなんですね。いやぁ、羨ましい。うちなんて中々新しいギルドメンバーが入ってこなくて。平均年齢が上がっていくばかりですよ」
そう言ってフレイさんはがっはっはと豪快に笑った。
どこも大変なんだなぁとぼんやり思っていると、社長がこそりと耳打ちをしてくる。
「(アンタ何やってるの。早く挨拶しなさい)」
ぐぎゅうと俺の足を踏んでいた。痛ぇ。
ぼーっとしてる場合じゃなかった。
「鈴木大輔です。よろしくお願いします」
「スズキダイスケ……? もしかして君、転生者かい! いやぁ、有望な新人が入ってきてスライムカンパニーさんはいいですなぁ!」
「そ、そうですかね。えへへ」
有望だなんて嬉しいことを言われたので思わず頬が緩んでしまう。
この世界ではずいぶんと転生者は期待されているみたいだ。
まぁ勇者の野郎みたいな前例があるからだろうな。この時ばかりはちょっと感謝した。
でもあいつとは絶対に友達になりたくないけどな。
そうやってフレイさんと談笑していると、ばんと入口の扉が開いた。
「フレイさん! 人工モンスターが動かなくなっちゃいました!」
扉から真っ青な顔をした若い男の人が出てきてそう叫んだ。
「なにぃ! 何が壊れたんだ!」
「えっと、スライムが十体です。訓練場の倉庫から荷物出そうとしたときに落としちゃって……。その下敷きになったやつらが動かなくなっちゃいました」
「なにやっとるんだ!」
フレイさんは激高し、怒声を飛ばした。若い男の人は冷や汗を流しながらぺこぺこと頭を下げている。
というかうちの会社のモンスターかよ。来て早々すげぇ気まずい。
どうしよう……。
あわあわしていると、社長が口を開いた。
「フレイさん、その程度できたら恐らく修理できるかと思います。あたし達に任せて頂けないでしょうか」
「むぅ。ですが修理依頼もしていないのにこれは……」
そう言ってフレイさんはスライムを壊した男の人を睨んだ。
男の人は「すみません、すみません……」とうわ言のように呟いている。
いつもの自分を見ているようで思わず目を背けたくなる。君も大変なんだな……。
「お代なら結構です。我々も長い付き合いじゃないですか。このくらいサービスしますよ」
「おお、そうですか。それならありがたい! ほら、お前も礼を言え!」
「ありがとうございます……!」
「いえ、気にしないでください」
男の人は泣きそうな顔でぺこぺこ頭を下げている。
この人はやっぱり後で怒られるんだろうけど、それでもただ壊したよりも責任は軽くなるだろう。
よかったな……。俺は自分のことのように安堵した。
「それじゃあ後はあたしとこいつで修理しておきます。終わったらまた声をかけますので、それまで待っていてください」
「え?」
社長、今なんて言った?
修理って、俺もやるの?
「分かりました! いやぁ、ありがとうございます! いつもの訓練場にあると思いますので、お願いします。それじゃあ終わったらこいつにでも声をかけてくださいね!」
フレイさんはがっはっはと笑いながら去って行った。
「ほら、行くわよ」
「えっと、俺も修理やるんですか。スライムの修理ってやったことないんですけど」
「アンタ一ヶ月何してたのよ。そのくらい一人でできるでしょ」
「いやいやいや、無理ですって」
「やってみて、できなかった時に初めて無理は無理になるのよ。やる前から無理って言ってたら何もできないじゃない」
「んな和○みたいなこと言わないでくださいよ! ちょっと待って社長!」
「わけ分かんないこと言ってないでとっとと着いてくる」
社長は嫌がる俺を強引に引っ張っていく。
そんな俺をさっき怒られてた男の人はちらりと一瞥し、見て見ぬ振りをして中に入っていった。
裏切り者! お前だけは仲間だと思ってたのに!




