お酒とマキナ
俺の地獄の毎日は朝六時に社長にたたき起こされる所から始まる。
それからしばらくはゴミ捨て等の雑用。
それが終わってからサターンさんやオー君の実験のお手伝いをする。
スライムをぐいーっと引っ張ってどこで壊れるかとか、高いところから落としてその反応を見るだとか。
他にも既にある実験データを分かりやすくまとめ、ストレージクリスタルと呼ばれるタブレットっぽいものに打ち込んでいく。
俺がやっているのはだいたいそんな感じのお仕事だ。
やり方さえ分かればなんとか俺でもできるような仕事だったが、問題はその量だ。
サターンさんやオー君から与えられる仕事は普通にやっていたら夕方までつきっきりでも終わらない。
加えて時折社長からイレギュラーな仕事も降ってくるのでそんな時は日付が変わるまで仕事が終わらないこともある。
更にようやく仕事が終わっても、結局帰るところは会社にある俺の部屋(物置)だ。
そこでもまた社長から貰った本や資料などを読まなくちゃいけないので一時たりとも休まる時間はない。
それにどうもこの会社、休日という概念を持っている人があんまりいないらしい。休みの日も普通にみんな出社している。
最初その光景を見た時、俺は頭を抱えることしかできなかった。
流石に毎日出社しているのは社長くらいで、みなある程度は休めているっぽい。あの人いつ寝てるのよホント。
ちなみに会社が家である俺も当然、休日も誰かの手伝いをすることになる。
そのせいか、ここ一ヶ月で完全に休めた日は一日も無い。
どういう訳か俺はその激務にも何とか耐えられていたんだけど、その間にオー君は七回くらい倒れていた。
俺はそのたびに情けない尊敬する先輩オー君の姿を見ることとなった。
今日もまた「おほぉ! ポーションしゅごい!」と言いながら注射されていたけど、そんな光景にも一切動揺することはなくなっていた。慣れって怖い。
そんな辛い日が一ヶ月ほど続いたが、今日は違う。
今日は何と、この会社に入って初めての休みなのだ!
ちなみに休みと言っても普通に社長から任された報告書の作成があったので、実際に俺が自由になったのは夕方からだったんだけど、今まではその休みすら無かったのでめちゃくちゃ嬉しい。
先日念願の初給料を貰った俺の懐には四万Gの大金がある。借金返済を差し引いてもこんだけ残ったのだ!
俺が給料の入った財布を持って実験室でうきうきしていると、オー君が話しかけてきた。
「今日くらいはぱーっと遊んで来なよ。夜の街も楽しいよ。なんならいいお店紹介してあげようか」
「マジですか? 助かります」
「そうだね、この辺りだったら……」
そうやって、オー君はおすすめの店を手際よくリストアップしていく。
ちょっと体が弱くよく倒れちゃって、情けない姿をよく晒しているけど、それでもやっぱりオー君は面倒見のいい尊敬できる先輩だ。
「うおお、こんなにいっぱい。ありがとうございます!」
「はは、いいって。今度ボクが困ったらまた助けてくれよ」
「任せて下さい!」
俺がそう言うと、遠くから社長の声が響く。
「オー君、追加でブラックスライムの光耐性検証の依頼入ったからやっといて! ASAPで!」
「は、はい! 分かりました」
オー君は社長のその言葉に返事をするも、完全に表情が固まっている。
ちなみにASAPとは『As Soon As Possible(可能な限り早く)』の略である。
まぁつまりこの社長からの追加依頼は今日までにやっとけってことなのだ。一ヶ月経ってその辺りの用語はなんとなく分かってきた。
「す、スズキ君……。ちょっとボク今大量のお仕事が入っちゃったみたい……」
「じゃあこれから紹介してくれた店に行ってきます! 頑張って下さい!」
情けは人のためにならず。というか初めての休みくらい満喫させて欲しい。
オー君すみません。明日以降は力になれたら頑張ります。
ホント、頑張りますんで。頑張ることを頑張るよう前向きに善処するんで。
俺は縋るような目で見つめるオー君を見ないようにして、夜の街にくり出したのだった。
オー君を見捨てた俺は、その足でオー君が紹介してくれた飲み屋さんに行くことにする。
飲み屋とのことで、当然お酒も出てくるらしい。
俺は今十八歳だが、この世界では十六歳から飲酒はできるとのこと。何と都合のいい世界だろうか。俺は神に感謝した。
街の外れにあるその店はだいぶ古ぼけた外観だ。うちの会社より少し新しいくらい。
これが本当におすすめのお店なのだろうかと不安になりつつも、えいやと店の中へ入った。
「いらっしゃいませ〜」
そんな間延びした声が店内から響く。
「今大丈夫ですか」
「はいはい、だいじょうぶですよ〜。今ちょうど開店したところです。お席案内しますね〜」
俺は店員に案内されるがままにカウンターへ座る。カウンターの向こうには色とりどりの液体の入った瓶が並べられている。多分あれはお酒的なものなのだろう。
「ご注文はどうなさいますか」
カウンターの向こうから首のないデュラハンが話しかけてくる。多分この店のマスターなのだろう。シックなスーツを着ているが、首がないのでちょっとぎょっとした。
にしても一体どこから声が出ているんだ。
「えっと、こういう所来るの初めてで……。なんかおすすめってありますか?」
「そうなのですね。ありがとうございます。それでは、香草のお酒などいかがでしょうか。この季節はマンドラゴラが美味しいんですよ」
「マンドラゴラ」
マンドラゴラって香草なのか……。というか飲んで大丈夫なのかそれ。
デュラハンさんは器用に銀のシェイカーをシャカシャカ振って、グラスに液体を注ぐ。
その液体の色は鮮やかな黄緑色だった。
キウイジュース的な見た目だけど、事前にマンドラゴラと聞いているので流石に身構えてしまう。
「どうぞ」
デュラハンさんにそう言われた俺は、目を瞑って液体を口に入れる。
液体は想像よりも甘く、すんなり喉を通った。
途端に鼻の奥に爽やかな香りが広がる。
「なんだこれ、めっちゃいい匂い! それに甘くて飲みやすいです!」
「喜んで頂けたなら幸いです」
デュラハンさんは変わらない口調でそう言った。
俺は夢中になってマンドラゴラのお酒を飲んでいると、カランと入口のドアが開く音がする。
すぐに店員さんの「いらっしゃいませ〜」という気の抜けた声が店内に響いた。
「こんばんは。あら、今日は先客がいるのね」
振り向くと、赤い髪の毛の女性が立っていた。
ピッシリとしたスーツに身を包んだその女性はキャリアウーマンのような風貌だが、やはりここは異世界。その女性の頭には二本の小さい角が生えていた。オーガとかそういった種族なのかな。
「お久しぶりですマキナ様」
デュラハンさんはそう言ってカウンターにおしぼりを置いた。どうやらこの人の名前はマキナと言うらしい。
「最近もうめちゃくちゃ忙しくてね。今日は存分に気分転換させて貰うよ」
そう言ってマキナさんは俺から一つ離れた席に座った。
「マスター、今日は何がおすすめなんだい?」
「本日はマンドラゴラのカクテルがおすすめです」
「マンドラゴラかー。んー、どうしよっかなぁ」
マキナさんはうーんと呟き、肩をコキリと鳴らせた。
しばらくそうしていたが、ふとその横、俺のグラスに目をやって。
「おおっ、もしかして君が飲んでいるものがそれかい?」
いきなり俺に話しかけてきた。
「そうですよ。めちゃくちゃ美味しくておすすめです」
「うん、確かにいい匂いだ。どれどれ」
マキナさんは俺のグラスを手に取り、くいっと一口飲んだ。ちょっと、それって……。
「わ、間接キスじゃないっすか」
「間接キス……? あっはっは! 少年は純情だなぁ」
マキナさんは俺の言ったことが可笑しかったのかケラケラ笑っている。うう、なんか耳が熱くなってきた。
「マスター、このカクテル気に入った。二つくれ。一つは間接キスのお礼にこの少年にあげてくれ」
「かしこまりました」
マスターはまたシェイカーを手際よく振ってカクテルを作り始める。
俯いている俺をマキナさんはにやにやしながら見つめている。
「少年、さっきは勝手に君のものを飲んでしまってすまなかったな」
「いえ、大丈夫です」
「ところで君の名前は何と言うんだ。せっかく間接キスをしたのに呼び方が”少年”じゃ味気ないだろう」
そう言ってマキナさんはまたケラケラ笑った。なんとも豪放な人だ。
「俺は鈴木大輔って言います」
「スズキダイスケ……。ほう、もしかして君、転生者かい?」
「そうです。やっぱこの名前目立ちますかね。あっちの世界じゃめちゃくちゃ普通の名前なんですよ」
「ああ、少年の世界の名前はこっちではあまり見ないな。隣の国の勇者、『トヨタユウヤ』も初めて聞いた時はなんだそれってなったよ」
「勇者……」
この勇者という言葉、たびたび耳にする。
確か猫耳シスターも言ってたな。
俺より先に異世界転生してきた、言わば異世界転生の先輩だ。ちょっとだけ興味がある。
「もしかしてそっちの世界で知り合いだったりするのか? ほら、あのVCに映ってるのがそうだぞ」
そう言ってマキナさんは、店の端にある丸いテレビっぽいものを指さした。
そのテレビっぽいものは特にケーブルも繋がっていないのに映像を映し出している。
あれは確か、映像水晶『Vision Crystal』だ。略してVC。
会社にVCはないので実物は初めて見た。
何かすごい大がかりな魔法で水晶に映像を映しているとか、そんなこと『魔法基礎』に書いてあった気がする。ちなみに原理の部分は普通に読み飛ばした。だって難しいんだもん。
多分この世界のインフラみたいなもんだろう。
「多分他人だと思うんですけど。んー、どれですか?」
「あそこだよ。あの横に女をはべらせている男」
「はぁ、あれですか」
「知っているのか?」
「いや、知らないですね。けど……」
水晶にはにこやかに笑う短髪の好青年が映っている。映像を見る限りだと身長も俺より高そうだ。普通に考えてイケメンの部類だろう。
しかし気に入らない。
その男の横にいる女の人はぽーっとした目でこいつを見つめているし、なんならちょっと腕にその女の人の胸が当たっている気もする。しかも当ててる女の人はめちゃくちゃ美人だ。
「なんか気にくわないなぁ」
クソ、俺は毎日残業しながら幼女みたいな社長に詰められているってのに。真緒ちゃんとのデートもいつになったら叶うかも分からないのに。
どこでこんなに差が付いたんだ……。
「慢心、環境の違い……? 何であいつだけ……」
「おい、どうしたんだ少年? 少年……?」
ぎりぎりぎりぎりぎり。
「お待たせしました」
デュラハンさんの言葉ではっと我に返った。
いつの間にか目の前には黄緑色をしたマンドラゴラのカクテルが置かれている。
「何か思うことがあるみたいだが、取り敢えず今日は飲んで忘れようじゃないか。ほら、乾杯しよう」
「そうですね。辛いことは飲んで忘れましょう」
マキナさんのグラスに自分のグラスを当てると、カチンと小さな音が響いた。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
初めて会った人とこうやって飲めるなんて、それはそれで悪くない異世界生活かもしれない。
なお俺の次の休みはこのペースだとまた一ヶ月後なのだが、この時ばかりはそういうのは忘れることにした。
人間、忘れないとやってられないこともある。




