サターンさんと愛しきスライム達
応接室から二分ほど歩き、たどり着いた部屋の扉には『関係者以外立ち入り禁止』のシールが貼られていた。その横には『実験室』の文字があるってことは、ここはそのままの通り実験室なのだろう。
社長は何も言わずに扉を開ける。
「おお! すげぇ!」
思わずそんな言葉が漏れた。
開いた扉の先で、何体ものスライムがぴょこぴょこ飛び跳ねていたのだ。
丸い半透明の水色ボディの中に、まんまるの目が二つ付いていて可愛い。
よく見ると半透明のボディの中に水色の石っぽいコアが入っている。多分あれが魔道回路なのだろう。
その魔道回路の横っ面には『Smile Slime』と書かれたおしゃれなロゴも付いていた。
これがスライムか! 何だかんだでこの世界のスライムは初めて見たな。
思ったよりよくできてるぞ。すごい!
「お疲れ様です」
俺がスライムを見て興奮してると、横の方から小さな声が響いた。
声の方を振り向くと、白衣を着た女性がちょこんと立っていた。肩まである銀色の髪の毛も目立つが、それよりも気になったのが長くとんがった耳だ。きっとこの人はエルフなのだろう。
ここに来るまでエルフの人は見かけなかったのでなんか新鮮。アニメとかではよく見るんだけどね。
「お疲れ様、サターン」
社長は落ち着いた様子で返事をする。どうやらこの人の名前はサターンと言うらしい。
サターンさんは社長の横にいる俺をちらりと見て一言。
「これがスズキ?」
「ええ、そうよ。さっき話したとおり、サターンにはこいつの教育担当やってもらうから」
「そう」
サターンさんは短くそう言った。
無口な人なのかな。しゃべるときも表情が一つ変わらない。
「基本的にサターンの部下なんだけど、最初の方は雑用含めいろんな仕事させる予定だから。取り敢えず初日だからウチの製品の紹介とかを軽くしといて」
「わかった」
サターンさんはやはり表情一つ変えずに小さくそう返事をしていた。
「サターンさんですね。鈴木大輔です。よろしくお願いします」
「ん」
自己紹介をするも、サターンさんはつれなくそう返事をするだけ。俺の目を見ようともしない。
……大丈夫かな。
この上司とコミュニケーション取れるか不安だ。
「あたしはこれから訓練所の代表と会食があるからもう行くわ。それじゃ後はよろしく」
そういい残して社長は足早に去って行ってしまった。
残ったのは俺とサターンさんのみ。バタンとドアが閉まった後、部屋を静寂が包んだ。サターンさんは当然一言もしゃべらない。
沈黙が辛い……。
「そ、そう言えばあれがスライムなんですね。俺スライム初めて見ました!」
耐えきれず俺は実験室の中で跳ねているスライムを指さしてそう言った。
「そうなの」
「ですです! 丸い目とかめっちゃ可愛い!」
「うん」
「ははは……」
全く会話が続かない。半ば心が折れそうになっていた。
何か話題を探すために実験室の中を見渡すと、一体の大きなモンスターが目に入った。
「ん? あれは何ですか?」
俺の身長の二倍はありそうな巨体のモンスター。石のような外装と、大きな手足。とてもスライムとは思えない。
「あれはゴーレム」
「これがゴーレムなんですか。というかこの会社ゴーレムも作ってるんですね……っと」
そこまで言ったところで俺はアスカリさんの言葉を思い出した。
あ、そうだ。確かゴーレム事業を始めたんだけど全然売れなかったんだっけ。
まずいこと聞いちゃったかな。
「人工外装はオルハルコンをそのまま使ってる。メタルパウダーを添加しているからとても堅い」
出会って初めてサターンさんは饒舌に語り始めた。
語句の詳細はあまり分からないけど、多分めちゃくちゃ堅いすごいゴーレムなんだ。
こんなの絶対売れそうなんだが。格好いいし。
「へぇ、すごいじゃないですか! なんで売れなかったんだろう」
「たぶん魔道回路が貧弱なせい。メタルパウダー添加オルハリコン外装に搭載できるのが逃走の行動を込めたものしかなかった。重いから動きも遅い。でも私は気に入ってる。堅いし」
「そ、そうなんですね」
「私はこの子のことめちゃ堅ゴーレムと呼んでる。可愛い」
だ、ダセぇ……。
というか堅いけど逃げるだけしかできなくて、それでいて逃げ足も遅いとか、絶対みんな欲しくないでしょ。なんか製品として出す前にそこら辺分かる気がするのだが。
ただ、サターンさんはゴーレムを見て満足そうに頷いている。
その表情は微かに微笑んでいるようだ。めちゃ堅ゴーレムに対するサターンさんの愛着が読み取れた。
サターンさん、本当にこのモンスターが好きなんだな。
「こっちは何ですか?」
ゴーレムの横には、透明な箱の中に詰め込まれた一匹のスライムがいた。オレンジ色のそのスライムはがたがた箱を揺らしているが、こっちは一体……。
「それはジェットスライム。開発途中」
「へぇ、これ新しいスライムなんですね!」
開発途中のためか、うっすら奥に見える魔道回路にはまだロゴが入っていない。
「で、これどういうモンスターなんですか?」
「とても速く動くスライム。音の速さくらい」
「音速ですか!? すごいじゃないですか!」
音速で動くスライム。あんまりこの世界の人工モンスターに詳しくないけど、速さは正義だ。
もしかしてこれはめちゃくちゃ凄いものじゃないのか!
俺の期待に満ちあふれた表情とは真逆に、サターンさんは相も変わらず無表情。
「99%は動きに耐えきれなくて爆発する。今は爆発しないよう箱の中に入れてる。でもそこも可愛い」
「なるほど」
察した。そううまい話があるわけもない。これもあれだ。失敗作って奴だ。
それからサターンさんに実験室にあるいろんなスライムの説明をして貰った。
真っ黒な箱の中に入っていたブラックスライム。普通のスライムより性能は良いが、光に当たると溶けて消えてしまうらしい。使える場所が限定的すぎるでしょ……。
宝石のように綺麗なグラススライム。見とれてしまうほど美しいんだけど、とても脆くてちょっとした衝撃で簡単に壊れてしまうらしい。モンスターとして実用性ゼロ。
天井の方にふわふわ浮いていたフェザースライム。なんとこのスライム、全モンスターの中で最も軽いらしい。すげぇ! と思ったけど、極限まで軽量化したせいか、ちょっと風に吹かれただけで飛んでいってしまうとか。戦闘力は当然皆無。じゃあ何に使えるのよ。
実験室の中にはそんなどうしようもないスライムが山のようにあった。
どれもこれも全く役に立たなそうだけど、それでもサターンさんのお気に入りらしい。
「みんな可愛い」
サターンさんはやはり無表情なんだけど、どことなく嬉しそうにそう言っていた。
この会社、本当に大丈夫なのだろうか……。
出社初日にして早々、俺は言いしれぬ不安を覚えたのだった。




