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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
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第39話 母娘登場

 「休憩」を宣言しても疑問と興味は尽きない。キュアとの問答はさらに続いた。皆が口々に疑問を投げかけて来る。豪胆に眠りこけているのは、ベンゲくらいのものだ。そして「猫の大食亭」のコック達の中にも、何人か船を漕ぎ始めている者がいる。科学・哲学・歴史の講義である。興味のない者は仕方がない。


「その設計図、魂ってのは体の何処にあるんだ?」


 キアが一番したかった質問をした。研究者としての血が騒ぐ。ちらりと学院長を見るとその横顔は興奮を隠せていなかった。


「”体の中”と”体の外”よ」


 ゆっくりと黒髪の講師が歩く。講堂がそれだけで闇に包まれるようだ。


「体の中にある設計図は、死ねば壊れてゆく。体の外にあるのはその素。マスターと言ってもいい。本体は体の外にあって、体内にある設計図はそのコピーね。マスターの影と言ってもいいわ」


「まるで”イデア論”じゃな」


 学院長が得意げな口調で発言した。


「イデア論? 何ですかそれは?」

 

 国王が学院長に解説を求めた。


「イデアとはすべてが理想からできた世界だ。たとえば理想の直線は、この世に存在しない。なぜなら誰も本当に真っ直ぐなことを証明できんからな。しかし確かに真っ直ぐな線は必ずどこかに存在する。だがそれは現世ではない。理想の世界、”イデア界”というところに存在している。我々の住む現世は、その”イデア界の影”というか”劣化版”みたいなものじゃな」


「すると、”理想の設計図”がどこかにあって、我々がこの世に生まれると、その設計図のコピーが素となって人間となる、ということでしょうか?」


 国王とキアがゆっくり頷きながら話をすすめた。ベンゲなどは、腹が満たされたせいか、既に睡魔に身をゆだねている。頭がこっくりこっくりと揺れ動いている。いびきをかいてないだけマシとしておこう。


「短時間でここまで理解できるとはね…」


 キュアがニコニコしながらキアへ近づいた。今は不思議とキュアが怖くない。むしろ講師として尊敬の念が湧いてきている。


「そろそろ基礎講座は終わりよ。質問があるならどうぞ」

「たくさんあり過ぎて困ってる」

「余もそうだ。どれから質問したものか…」

「その通りだ。知りたいことが多すぎる」


 キア、国王、学院長が全員腕組をしてキュアの前に座っている。衝撃的な話も多かったが、それ以上に興味と好奇心が抑えられない。彼らの瞳は子供のようだった。キュアの顔もなぜか嬉しそうだった。畏怖を司る破壊神の雰囲気は既にない。一人の情熱的で理知的な教師が立っている。そんな(たたず)まいだ。


「わかりました。質問の答えを本論に繋ぎながら、ストーリーを作って行きましょうか。その方が貴方たちも納得しやすいでしょ?」

「ぜひ!」


 サザ国王、キア、学院長が瞬時に立ち上がって返事をした。全員が糸でつながったように同じタイミングで立ち上がったため、まるで喜劇の人形のようだ。エルフリーテは思わず微笑んでしまった。

 

 エルフリーテにも思うところはたくさんあった。自分はヤナによって生み出された人間そっくりの魔法生物。そう信じ続けていた。だがキュアは違うという。そしてあの壮絶なる戦いや転生や能力の謎。考え出せばキリがない。これまでは、ヤナの言うことだけを信じていればよかった。だから疑問も持たなかった。想像もしていなかった展開に、頭の悪い自分はついて行けてない。


 こんな時、”リサ”ならすんなり理解して、わかりやすく解説してくれるのにと思った。チラリとベルナルディーナの方を見ると、「ニコッ」と微笑み返してくれた。その表情から、思いを読み解くことができた。考えていることは、どうやら同じようだ。400年前なら魔術回路でリサとは直ぐに共感できた。でも今は違う。残念だが心の中まではわからなかった。


「質問は順番に行きましょう。まずキアさんから」

「ありがたい。魔法は思念濃度が高まれば、誰もが使えるとされていた。でもキュアの話だと、魔法は設計図の書き換えだから思念濃度は関係がない。どうしてヤナは思念濃度と魔法の関係についてウソをついたんだ? それと設計図の書き換えを具体的に行う瞬間を見せて欲しい」


 キアが核心突く。キュアは顔色一つ変えずに黒板の前に立ち、チョークを手にした。複雑な数式とも魔法陣とも判別のつかない文様のような物を描き出した。複雑にして精緻。雑で太いチョークでよくここまで描けるなと、感心しきりの右大臣アルバータ。彼は絵描きでもあるのだ。


「これは人間のまつ毛の設計図。そのほんの僅か一部よ」

「魔法陣ではないのか?」

「違うわ。これが物凄く小さく折りたたまれて目に見えない形で人間にはある。そして感情が高ぶると、設計図の一部が”緩くなる”のよ」

「緩くなる?」

「書き換えやすくなると言ってもいい。だから思念が強いと設計図が書き換えやすくなって、魔法を使える人が増えるの」

「なるほど。じゃあ、まつ毛を伸ばしたい! と強く念じれば、設計図が書き換わって伸びるのか? そうじゃないだろ」

「普通はね。でもこの世界は普通じゃないから」

「…この世界は普通じゃないって…?」

「魔法が使える、使えないの話は、直接神代が滅んだ実験の話に繋がるわ。じゃあ魔法の原理について話を進めていいかしら?」


 ふいに手が挙がった。学院長が”もう我慢できぬ!”と大声で質問を投げかけて来た。

「そもそもどうして大元の設計図がコピーされて生物や人間が生まれるのだ? それを行なっている者、あるいは何かがあるのか?」


 キュアは額に手を当て「ふぅ」とため息をついた。この発散した議論をどう収めてよいかわからなくなっているようだ。


「そうね。もう人間や世界がどう産まれるのか、話した方が早いわね」


 一同が固唾を飲んで黒衣の教師を見つめる。キュアは覚悟を決めると、過去のことを紡ぎ出すように話し始めた。講堂の大きな黒板にわかりやすいよう、図をたくさん描いていく。キュアの絵は、ヤーナ譲りなのかすごく理解しやすかった。


 彼女は語った。命が産まれるストーリーを。


 人間を含めた生物の魂(設計図)は、すべて「ハコニワ(箱庭)」という大きな樹の根元から湧き出している。ハコニワは世界の地下深く、星の中心付近にある。だから普通は辿りくことはできない。存在も知られることはない。

 

 ハコニワには魂が常に出入りしている。産まれる命が出て行き、死んだ命が戻って来る。設計図のオリジナルは、すべてこの樹の中に収納されている。キュアの話だと、この設計図は紙のような形の物ではなく、光る球体であるという。

 

 ハコニワの中の設計図は「複製」される。「本体」はハコニワに留まり、複製された方は地上へ向かう。生物の材料となる物質を取り込みながら、地上の人間界に出て来る。だがこの段階では、まだの光の玉のままだ。この光玉は普通の人間には見えないし、感じることもできない。だが稀に勘の良い者には見えるという。”オーブ”や”オーラ”などが見える霊感を持つ者が現れるのは、このせいだ。

 

 この光玉には魂と最小限の命の材料が入っている。地面に落ちれば種となり植物となる。あるいは小さな虫や菌類になる。人間に入れば人間の子供が生まれる。こうして世界の生命は出来ている。人や生物が死ぬのは「材料」の方が壊れるだけである。”ハコニワ”にあるオリジナルの設計図は変化しないし、材料に定着していた設計図(魂)は、再び地下世界のハコニワに戻ってゆく。時には設計図も壊れて材料に戻ることもある。


 これがキュアの語る世界の真理だった。彼女の話は想像もつかないスケールだ。ほとんどの者は、教会で説法を受けているようだった。店長などは呆けた顔で、胸の前で祈る動作をしていた。


「では”ハコニワ”とやらは誰が操作しておるのだ。それと”記憶”はどうなってしまうのだ? 記憶こそ人格であり魂ではないのか?」


 学院長が本質的なところへ迫った。キュアはかぶりをふった。教壇の端でまた眉間を押さえ、深く下を向いてしまった。


「ふぅぅー」


長い長いため息をついた。


「そこなのです、問題は…」


 その時、講堂の大きな扉が軋みながら開き始めた。「ギイィ」という音と供にヤナが現れた。様子がいつもと違う。両脇を宮廷の侍女たちに抱えられながら、かろうじて立っている。そして何より彼女には”左腕”がなかった。ないというより、消えているという表現が正しい。鋭利な刃物で一瞬にして切り取られたかのように、左肩の付け根から下が存在していない。魔道騎士団との戦いの後、王宮のベッドに寝せた時は確かに五体満足だった。その後、何者かの襲撃を受けたのだろうか。

 心配になって皆がヤナを見つめる。


「ヤナ!」

「ヤナ様!」


 キアとリーテが同時に声をあげながら駆け寄った。


「腕をどうなされたのですか? 治癒魔法で今すぐ治療を…」


 リーテが詠唱を始めようとする。ヤナは彼女の手を握り、首を横に振った。


「この腕はもう治らないからいいんだよ」

「治らない? 治癒魔法なら四肢も戻ります。私の魔力も十分残っています」


 コツンコツン、と堅い床を軽やかにキュアが歩く。ヤナに近づいた。2人が対峙する。反射的にリーテとキアは身構えてしまった。先ほどまでの熱い議論は吹き飛んでしまった。創造神と破壊神の出会い。起きるのは、世界を巻き込むハルマゲドンか…。誰もがそう覚悟した。

 しかし、キュアが発したのは


「お母様…やっと会えましたね」


 との言葉だった。

 見た目だけで判断すれば、年齢はほぼ同じくらい。むしろ童顔で化粧気のないヤナの方が年下に見える。


「キュア、思い出したんだね…長かったね、本当によかった」


 ヤナとキュアは見つめ合い、お互いに涙を流していた。


 何が起きているのかわからないのは、周囲の者たちである。キュアとの議論や予備知識があったとはいえ、状況がつかめない。リーテとキアは心配顔で固まったままだ。


「おーい、感動の再会なのかもしれんが、何がどうなってるんだ? 教えてくれんと気になって眠れんぞい」


 ベンゲが勢いよく椅子から立ち上がると、床をドシンと踏みつけわざと音を立てた。


「あはは、ベンゲ。君がそんな細かい神経の持ち主だったとは、思ってなかったよ」


 ヤナが涙を指で拭いながら笑った。ベンゲの上手い話術である。本来の調子を戻すことに成功したようだ。


 ヤナとキュアが並んで教壇に立った。親子と言っても似ているところはまったくない。ヤナは金髪碧目、キュアは黒髪黒目。身長もキュアの方が高い。転生体なのだから当たり前である。

 

 ヤナが口火を切った。


「混乱させてごめんね。ボクが全部話せていれば、こんなことにはならなかった。本当にごめんなさい」


「おいおい! 謝るのはどうでもいいから、まずどうして仇敵同士が親子で、しかも今は仲良く2人並んでるんだ? 訳わからんぞ!」


 ベンゲが口を尖らせて怒鳴る。素直に疑問をぶつけてくれるのはありがたいな、とヤナは思った。


「うん、ボクが全部説明するよ。キュアが今まで話した事は、リーテちゃんから全部聞こえてたから、なるべく被らないように話しをするよ」


 キュアはまだ泣いていた。話すこともできないほど呼吸を乱していた。嗚咽に近い息遣い。止まらない涙をそっとハンカチで拭う。衛兵の体内から現れた、血まみれの恐ろしき破壊神の姿と重ねることは、とてもできなかった。



伏線回収に目まいがしますが、ちゃんと回収できてすっきり収まる予定です。どんどん書き下ろしています。

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