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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
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第37話 コトワリの研究者

 南の砦から王都までは、かなりの道のりがある。弱ったヤナを気遣い、近隣の村で馬車を調達した。買い上げたものは簡素な荷馬車であったが、アルティが布団や服を縫い合わせてヤナがすっぽりと収まるベッド付きの馬車に仕上げた。

 何より驚いたのは、きちんと馬車幌の布までアルティが裁縫であっという間に仕上げた事だった。村の老婆たちに手伝ってもらったとはいえ、作業スピードも完成度も職人といっていい。


「おまえさん、こんなこともできるんだな…」


 ベンゲにとって、アルティは眉ひとつ動かさず恐ろしい作戦を立てるだけの「できれば近寄りたくない女」であった。それがどうだろう。裁縫をこれほどまでこなせるとは。その姿は軍服姿の時とはうって変わって愛らしく優しい女性にしか見えなかった。


「失礼な。私はこれでも修道女なんだぞ」

「す、すまん。先入観だけでおまえさんの事を誤解してたようだった」

「”おまえさん”ではない。私の名前は”アルティ”だ」


 アルティがそう言って微笑むと、なぜかベンゲは自分の心臓がドキリと跳ね上がり、顔が真っ赤になっていくのがわかった。


「ベンゲ殿、顔が赤いぞ。体調が悪いのか?」

「ち、違う。大丈夫だ」


(不覚にもアルティが可愛くみえちまった。なんてこった)


 周囲の警戒に当たって来ると言うと、ベンゲはその場をそそくさと去って行った。


 ヤナは眠りについたままだ。辛うじて胸の辺りが上下しているので、息をしていることがわかる。このまま長い眠りについてしまうのではないか。そんな心配をしながら馬車を王都へ走らせた。


 王都へ着くと、宮殿へ馬車をそのまま直行させた。右大臣アルバータとサザ国王自らが出迎え、衛兵たちがヤナとベンゲ、アルティを客間へと案内した。意識を失ったままのヤナは、王のベッドへと寝かせられた。

 

 息つく間もなく報告会が開かれた。メンバーは、サザ国王、右大臣アルバータ、ベンゲ、アルティ、そして教皇エルフリーテと水道連盟の盟主にして新しいギルドマスターのキアである。


「それで、南の砦の戦いはどうなった?」


 サザ国王…といってもまだ幼さが残る青年だが、興味と不安が入り混じった表情で話を切り出した。


 それにはアルティが応えた。話下手なベンゲよりもわかりやすい報告をしてくれるだろう。ベンゲ自身もそう思って深く腕組をして、聞く体勢に入った。


「作戦は失敗です。すべての策が防がれ、兵10万を失ってしまいました。申し訳ございません」

「馬鹿な、あの作戦は砦を犠牲にして確実に勝てる策ではなかったのか? しかも兵が全滅とはどういうことなのだ?」


 サザ国王もアルバータも身を乗り出して来た。あの日の朝起きた魔道騎士団との戦いについて、詳細を包み隠さず話をした。王も右大臣も驚きが続き過ぎたせいか、報告の間中、一度も瞬きをしていない。


「それで、魔道騎士どもはどうなったのだ? お前たちは一体どうやって生き残ったのだ?」


 国王が食い入るように質問してくる。


「そこからは私がお話しましょう。ヤナ様の視点からでないと、説明は難しいでしょう。きっとお二方には何が起きたのか、見ただけでは理解が追いついていないと思います」


 エルフリーテが口を挟んできた。相変わらず美しい姿だったが、その顔はいつになく険しかった。


「教皇殿、申しわけない。私には神の御業としか説明できない。頼む」

「はい。魔道騎士団はたった1人で国1つを滅ぼせる力を持つ騎士です。剣や槍、矢や爆薬はもちろん、魔法も一切通じません。そして強力な破壊の力を持っています。剣を振るえば岩や鉄も簡単に斬れるほどの力です」


「…それほどの者が100人も。では我らが兵士では勝てぬわけだな」


 サザ国王は、椅子の背もたれに体を投げ出し、溜息混じりに深く腰掛けた。


「はい。鎖国をしてもロキが動かなかったのは、魔道騎士団を作り出す時間が必要だったのでしょう。つまりロキと言えども”動かなかった”のではなく、”動く余力がなかった”というのが正しいでしょう」

「だが無敵の魔道騎士団も、創造神に一瞬にしてやられたのだろう?」

「……それは」


 エルフリーテがさらに表情を険しくして、下を向く。かなり言いにくいことを抱えている様子がよくわかった。


「ヤナ様自身の魔力を使って戦ったためです。ティアから貰った魔力では太刀打ちできなかったのです。だから今、ヤナ様はご自身の魔力切れで意識を失われております」

「なるほど。だが創造神様はいずれ目を覚まされる。そうだな?」

「はい、おそらくは…」


 エルフリーテの表情は優れない。察したキアがそっと肩に手を置いた。


「これから考えねばならないのは、ヤナ様の回復とロキを引っ張り出して滅ぼすことにあります」


 アルティが、いつもの黒縁眼鏡をカチャリと冷静に上げながら言う。


「そうだな、アルティ。お主の言う通りだ。だがどうすればよい。水道連盟の巨大魔法陣の完成が早いか、それともロキが魔道騎士団を作り上げるのが早いか…我々の役目は、時間稼ぎの遊撃ということになるのではないか?」

「陛下、おっしゃるとおりです。しかし、ロキに手を出すのは時間稼ぎの陽動であっても危険すぎます。あれは戦ってどうにかなるようなものではございません」

「ではどうするのだ、アルティ総参謀」


 アルバータが自慢の髭をいじりながら、不機嫌そうに発した。


「魔道騎士団が完成する前に、水道連盟の魔法陣を完成させるしかないと考えます。よって工事に要する人員を兵士から投入します」


 アルティはまたカチャリと眼鏡を上げながら言った。


「剣を振るうことしかできぬ兵士に、土木工事の手伝いができるとは思えぬ。数を投入したからといって、成せるものではないだろう」


 サザ国王もよくわかっている。兵士の本分は戦いだ。体力は十分あっても職人とはその目的も生き方も考え方もまるで違う。異分子を集団の中に増やせば、逆に足を引っ張り、争いの種になることもある。組織運営は簡単ではない。頭数を増やせばスピードが上がる訳ではないのだ。


「承知しております。兵士たちには切出した石の運搬作業のみやらせます。聞けば、水道工事の中で最も時間がかかるのが運搬作業とのこと。この工程だけは、純粋に労働力が増えれば増えるほど、作業が早く進みます。この運搬に10万人の兵士を投入すれば、おそらく1ヶ月以内に工事は完成します」

「その指揮を取れる者は居るのか? 兵士に命じるのは余が行おう。だが職人たちとの連携はどうする」

「そこはリーテと私でなんとかいたしましょう」

「ふむ。新しい盟主と教皇殿であれば、教会の後ろ盾もある。兵士も職人も分け隔てなく従うであろう。ロキが嗅ぎ付ける前に一気に完成させてしまう作戦だな」

 

 アルバータが納得の顔で髭をいじり始める。ベンゲの顔も明るい。アルティの顔は冷徹なままだが、自分の案を認められたせいか、どことなく嬉しさを感じている表情だ。


「では一気に計画を実行に移そう。今はとにかく時間が惜しい」


* * * * *


 サザ国王は、大陸全土の地図と全ギルドの連絡先、そして自国の各部隊を把握するための資料を持って来るよう、衛兵に命じた。

 

 国王直属の騎士達は、先日ヤナが睡眠魔法で眠らせてしまったが、戦闘においても知略においても、群を抜いたエリートたちである。ベンゲほどの実践経験はないが、戦場では一騎当千の活躍をする力を秘めている。

 

 10分もすると、衛兵が地図と紙の束を抱えて書庫から戻って来た。彼がテーブルの前へ立つと、ピタリと動きを止めた。よく見れば書類を持つ手が小刻みに震えている。


「おい、どうした?」


 怪訝に思ったベンゲが声をかける。その場の全員が衛兵の顔を見つめた。彼の口の中から女の声が発せられた。


「面白い計画ね。私も混ぜてくださらない?」

「むっ?! 貴様、衛兵ではないな!」


 ベンゲには女の声に聞き覚えがあった。できれば自分の耳を疑いたかった。いや、疑わねば正気を保つことができないと思った。自分の記憶と目の前の声を結びつけることを、本能が拒否した。


 次の瞬間、衛兵の体が倍以上の大きさに膨らんだ。空気を入れ過ぎた風船のように膨張すると、彼の体は血肉をまき散らしながら破裂した。サザ国王もアルバータも自らの腕で顔を守り、飛び散る血汐から逃れた。


 破裂した衛兵の中から現れたのは、長い黒髪を持つ細身の女だった。血にまみれ、全身真っ赤だ。ドレスのようなシンプルな服を着ている。服が黒いせいか、血の色も思ったほど目立っていなかった。


「初めまして、みなさん。ロキ=カサブランカと申します」

「なにっ!?」


 彼女を直に見たことのない者たちは、信じられない顔で女を見つめ続けた。一方、直に戦ったことのあるベンゲの顔は、これ以上ないくらい青ざめた顔をしていた。まるで死神に魂を狩られる前の憐れな老人のような表情だった。


 こともあろうに、ロキは衛兵の”体の中に”瞬間移動して来たのだ。瞬間移動した先に物があった場合、それが無機物であろうと有機物であろうと破壊される。エルフリーテは錫杖を構え、直ぐに戦闘態勢に入った。


 ロキはのん気に、体に付いた血汐を魔法で払い、髪を整え、ゆっくりと椅子に座っていた。


「それにしてもここには紅茶はないのかしら。お客様がやって来たというのに、お茶の一つもでないなんて、サザは無粋な国ですわねぇ」


 全員がロキから目を離せず動くことができない。背筋には冷たい汗が流れ、絶望感だけが漂っていた。


「なぜここがわかった?」


 エルフリーテが声を発した。彼女だけがロキと闘って勝利したことのある人物だ。衰えたとはいえ、神の代理人として唯一ロキと対等に話ができる存在である。


「野暮な質問ね。ヤーナのことはいつだって私にはわかるのよ」

「初耳よ。魔術回路で繋がっている私ならともかく、どうしてあなたとヤナ様が」

「そっか。貴方たち何も聞いてないのね…」


 アルティが動いた。自らの腰に潜ませていた短銃を素早く取り出し、撃鉄を起こしながら銃口をロキに向けた。狙いは外しやすい頭よりも、確実な心臓付近だ。アルティは思った。躊躇してはいけない。今すぐ引き金を引かなければ。だが意に反して指先どころか腕全体が硬直していた。手が小刻みに震えて自由が利かない。全身の筋肉がこわばっていた。これは「恐怖」などという生易しいものではない。引き金を引けば、確実な死に見舞われるのは自分だという確信に等しい。


「あら、銃とは珍しい武器ね」


 ロキが眉ひとつ動かさず、優雅な表情のまま優しくささやいた。その普通の態度が、その場の恐怖感を加速させていた。


「う、動かないで。撃つわよ」

「どうぞ。手が震えていらっしゃるようだから、ちゃんと狙いを定めてね」


 にっこりと笑うロキ。

 震えが増すアルティ。


 そうだ。ヤナに銃を放った時も簡単にかわされた。同じ力を持つロキに引き金を引いても、結果は多分同じだ。ロキの事である、弾丸をそのまま打ち返して来るなどという魔法を使うかもしれない。


 その時、サザ国王が意を決した。椅子から立ち上がり剣を抜いた。剣の切先はもちろんロキの目の前だ。およそ戦闘向きではない装飾の施された剣。だがその剣先は震えてはいない。肝の据わったところは経験不足とはいえ、やはり大国の王である。


「公国連盟、ロキ=カサブランカ殿。私はサザの国王だ。今こそ問おう。貴公の目的は何だ? 大陸の支配か? それともただの殺人快楽者か?」

「大陸の支配? それも面白そうね。でも興味ありませんわね」

「それでは単なる殺人狂なのか?」

「貴男は、地面を這う虫の生き死にをいちいち気にするのかしら?」

「どういう意味だ? 貴公にとって人間は虫を殺すようなものだということか?」

「あらゆる生物が私にとっては同じよ。魚だろうが熊だろうが人間だろうが。等しく同じ命よ」

「返答になっていないぞっ!」


 サザ国王は、激しい口調でさらに剣先をロキへ近づける。表情もそれにつれて殺気立っている。あと一歩踏み込めば、剣はロキの眉間を貫くだろう。


「どうやら…ヤーナは貴方たちに何も話していないようね。本人に会って聞いてみましょうよ。その方が戦うよりよっぽど面白そう」


 椅子に座ったロキは軽やかに足を組み替えると、口角を上げた。


「あ、そうだったわ。彼女、まだ寝てるのよねぇ。残念。私のカワイイ騎士達相手に無茶するから」


――― スィンッ


 重厚で肉厚な長剣が、素早く鞘から抜かれる音がした。ベンゲが剣を構えている。その剣は、いつも兵錬で使用される物ではない。細かい装飾が彫りこまれた剣だった。ベンゲからは、決死の決意に満ちた空気を感じる。


「ヤナのところには行かせねぇぜ。この命に代えてもな!」


「あらあら、勇ましいこと。でもね、ヤーナの方から私の所へ来るから大丈夫。その前に貴男と遊ぶのも面白いけど…1秒も楽しめないからつまらないでしょうねぇ」


 ロキが白魚のような手をヒラヒラさせながら言う。


「ふん、舐めやがって。魔道騎士とかいったな。あいつ等のからくりは分かってる。剣と鎧を強制的に強化して、人の魂を糧に動かしてやがったんだろ? だったらお前も同じってことだ。魔法さえ使えなきゃただの人だ」


 ベンゲは剣を袈裟がけに切り下した。ロキは顔色一つ変えずに座っている。


 唸りを上げた剛剣は、予想を超えた動きをした。ロキの腕で止められるかと思いきや、その方向を急速に変えた。なんと打ち下ろしたはずの剣が、逆に自らに向かってきたのだ。

 ベンゲは直ぐに異常を察し、大きく背中を逸らして自分の剣をかわすことになってしまった。


「魔法使いが必ず呪文を詠唱しなければ、魔法を使えないと思ったのかしら」


 「裏聖典」によれば、接近戦であれば呪文詠唱よりも打撃の方が早いため、圧倒的に魔法使いは不利なはずだ。それでヤナの両親もあっさり騎士に斬り殺されてしまった。赤の風の一族、ライツの対魔法戦術もそれだった。


「衝撃反転のペンダント…」


 リーテがつぶやいた。ロキの首からは鈍く銀色に光るペンダントが下げられていた。これは打撃を受けると、打撃を放った者の方へそのまま力を返す魔力付与アイテムだ。そして付与された魔力が続く限り、ペンダント着用者はどんな攻撃も受けない。発明者は400年前のヤナだ。


「まさかお前がそれをつけているとは…」

「リーテちゃん、そう怒らないでよ。私だっていろいろ勉強してるのよ」


 ロキは椅子から立ち上がると、王の寝室へ向かって歩き出した。眠って意識のないヤナにトドメをさしに行くに違いない。


「ど、どこへ行く! ヤナ様に手は出させない。私が相手だ」


 教皇エルフリーテが、魔力の込められた杖を大急ぎで振りかざす。


「ヤーナに手を出す? ”自分の母親”の顔を見るだけよ。そんなことする訳ないでしょう」


 数秒間の静寂があった。破壊神ロキと戦う創造神ヤナ。この共通理解で全員が動いていた。それが一瞬にして白紙に戻された。ロキ以外の全員の動きが止まっていた。


「……は、母親?」


 エルフリーテがようやく反応した。


「そうよ。ヤーナは私の母親。貴方たちそれも聞いてなかったの?!」


 今度はロキが驚く番だった。


 「ヤナとロキが親子」

 

 一体どういう事だろうか。今目の前にいる女は、姿こそ公国連盟のロキ=カサブランカ嬢であるが、実体は神の世界を追放され、破壊神として封印されたオータスである。その封印を400年前に解いたのがマルグレットだ。裏聖典にもそう書かれている。マルグレットは自らを依代(よりしろ)としてオータスの力を手に入れた。そして再び教皇エルフリーテの手で葬り去られた。最近になって、司教シストによって今度はロキ嬢を依代(よりしろ)として現代に復活した。ロキの本体、つまりオータスについて肝心な情報がないことに、一同はここで気が付いた。


「もう1万年以上も前のことだもの。知っている者がいる訳がないわよね」


 ロキは無表情なまま口を開く。


「そういえば彼女、”ヤーナ”とか”創造神”とか呼ばれているけど、それは後の人間が勝手につけた名前。本当の名前はコトワリ(理)よ」


「コトワリ…」


 キアがポツリと呟いた。


「そして本職は神様なんかじゃない。研究者よ」

「我々は裏聖典と教皇殿によって、400年前のことは知ることができた。だが貴公と創造神様の話は何も知らないに等しい」


 サザ国王が剣を鞘に納めながら、その場の全員の思いを代弁してくれた。今の人間にとって、神代の話とは教皇が生きていた400年前である。しかし本当の神代とは、それ以前の話なのである。誰もが知らなくて当然だ。


「そうよねぇ…誰も知らない話をしても、ただの佞言(ねいげん)よね」


 自分の肩を撫でながら、ロキがゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「サザ国王、先ほどの貴男の質問に答えますわ。私の目的…」


 ロキが声を発するまで一瞬の間があった。全員が唾をのみ込むことさえ忘れていた。瞬きできないどころか、目線を動かすことすらできない。彼女は人類を滅ぼす殺人快楽者なのか、それとも恐怖を楽しむ暴虐の神なのか。この場の人間だけではない、次に発せられる言葉がエルマー大陸全土の運命を左右するといってもいい。


 エルフリーテはギュっと手の中の錫杖を握った。錫杖には400年分の魔力がある。返答によっては、自らの精神すべてを錫杖の魔力に変換し、魔術回路を通じてヤナへ送るつもりだった。ロキと戦う力の礎になる準備である。

 ベンゲは無駄だと思い知っていたが、己が剣を握り、斬りかかる体勢に入っていた。アルティは短銃の撃鉄を起こしたまま、ロキの言葉を待っていた。その返答次第では、迷いなく引き金を引く。


「私の目的は、母と元の生活に戻ること。それだけよ」


 一同はまったく予想していなかった言葉に我を失っていた。だがアルティだけは直ぐに反応していた。


「ウソだっ! ならばなぜ大勢の人間を殺す必要があったのだ! どうして殺人兵器を作る必要がある! 我々を騙すつもりだな。その手は食わないぞ」


 アルティの一喝で全員が我に返った。そうだ、この悪魔ような女がそもそも本当のことを言う保証などないのだ。


「理解できないでしょうね。貴方たちから見れば、そうかもしれない。でも私にとって命を壊すことはタダの実験でしかないのよ」


 ロキは頭を項垂れながら、深い深いため息をついた。まるで絶望の淵にいるような疲れた顔をしていた。一方、一同はこれまで溌剌とし、他を圧倒していたロキの雰囲気が消えていることに気が付いた。


「実験ですって? 言っている意味がわからないわ」


 エルフリーテとアルティがまったく同じセリフを発した。だがロキが嘘を言っていないことはわかった。嘘をつく必要がないからだ。皆殺しにするのであれば、わざわざ騙し惑わすような言動など不要である。何も言わずに圧倒的な魔術を発揮すればよいだけなのだ。

 そして一同が不思議に感じたのは、なぜロキが疲れた顔をしているか、である。


「そうね。貴方たちに理解してもらうためには、長い長い話をした上で、納得してもらわなきゃいけませんもの。その労力を想像しただけでね…さすがの私も疲れちゃう」


 疲れた顔のまま笑っていた。空元気の薄ら笑いであることが容易に見て取れる。初めてロキが人間らしい姿を見せた。


「納得だと? 力ずくでヤナを連れて行こうとしているのではないのか?!」


 キアが強い口調で言い返した。ロキがそこまで強気に出られる態度。これにはエルフリーテに少し良い所を見せようという、夫としての気持ちもあったのかもしれない。それにヤナはキアにとって何よりも大切な友人である。


「それだと母さんとの生活が上手く行かなそうだから…ね」


 呻くように吐き出す言葉には、これまでのロキらしい態度はまるでなかった。「母さん」という単語のせいもある。今のロキは、まるで学校で虐められて帰って来た子供のようだった。


「わかったわ。母さんが家族と呼ぶ貴方たちと、この国の賢者を何人か集めて。そこですべてを話します。それで貴方たちと母さんがどう納得するか。それで私の気持ちもすっきりするわ」


「…わかった。サザ国王の名にかけて、相応しい場を用意しよう。貴公が我々の納得が欲しいというのであれば」


「お願いよ。私の気が変わらないうちにね。ちなみに、私は破壊神なんて呼ばれているけど、ヤーナ同と同じ研究者なのよ。キアさん…でしたっけ。貴男は魔術の研究をされていたのですよね?」


「あ、ああ…」


 キアが唐突に名を呼ばれた。咄嗟のことで頷くほかなかったが、本来、キアが目指していたのはギルドマスターではなく魔術研究者だ。


「貴男が私に…いえ、私たちに一番近いかもしれませんわね。もっとも、私たちの研究対象は魔術ではなく、世界の真理であり根本原理ですけれどね…」


ぼそりと呟くロキの顔は、凛とした賢者の顔になっていた。


激しい戦闘シーンを期待された方、すみません。

ほのぼの路線ではありませんが、ようやくクライマックスの入口まで

来た感じです。

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