表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
36/48

第36話 銀色の騎兵団

 鎖国を徹底的に行っていた公国連盟。内部では畏怖される恐怖政治が行なわれているのだろう。そう思われていた。しかし意外にも実態は反対であった。鎖国し、城壁を積み上げたこと以外、カサブランカ公と神の祝福を受けて蘇った奇跡の神姫として扱われていたロキが、これまでどおり平和に統治していたのだ。貴族達もギルドも、それに連なる市民や農民も、ゆったりとした平和な生活を送っていた。


――― 少なくとも表面的には。


 カサブランカ邸の庭には、100人ほどの屈強な男達が集められていた。男達は全員、鮮やかに光る銀色の甲冑を纏っている。剣も柄までが銀で出来ており、虹色の光を発していた。整列した男たちの前には黒髪の少女、ロキが立っていた。


「あなたたちは、自分が何者なのか…おわかりよね?」


 ロキが囁くような妖艶な声で言い放つ。ひときわ背の高い屈強な男が、一歩前に出てロキに跪く。この騎士団の団長だろうか。


「我々はロキ様の願いを叶えるための道具です」

「そう。貴男たちは魔道騎士よ。その鎧はあらゆる魔法も打撃もはね返す。一たび剣を振るえば岩や鉄さえもプディングのように真っ二つよ。どんな怪我もたちどころに治る。手足をもがれ、首を斬り落とされても痛みも感じず元通り。それが魔道騎士。私のカワイイ下部たち」


 男達が全員跪く。全身を鎧で覆っている筈なのに、物音一つしない。これだけでも魔道騎士の異常さがわかる。全身甲冑で覆えば、動くのは非常に重々しい物になる。だが彼らの動きは、何の重量を感じさせるものではなかった。


 ロキは怪しい微笑みをたたえながら実に満足げな顔をしていた。魔道騎士の甲冑と剣の素材は、希少なミスリル銀である。これに膨大な魔力を注ぎ込み、精緻な魔方陣を彫込んでいく。こうすることで、魔力的にも物理的にも無敵の装備が出来上がる。そしてこともあろうに、ロキはそれに不死の魔力を付与していた。つまり魔道騎士は死んでも再生することができる。ただしそれと引き換えに騎士の魂は摩耗する。普通の者であれば、2~3回の蘇生で魂が消滅してしまう。だが、ここに居る者たちはすべて強固な魂を持つ選ばれし者たちである。死んでも100回や200回は耐えることができるだろう。


 魔道騎士は400年前、あっさりとエルフリーテにやられてしまったが、あの鎧には魔力が十分注ぎ込まれていなかった。未完成品だったのだ。今回は十分過ぎるほどの完成度である。公国連盟の住民たちとサザ王国軍第2師団2000人を嬲り続け、憎悪を極限まで高めて作った魔力を練り込んである。

 さらにロキシア家が数千年をかけて溜めた憎悪も付加されているのだ。全盛期のエルフリーテの一撃を喰らったとしても、耐えることができるだろう。それに、意識せずに広範囲に消魔の術式が展開できる仕組みになっている。つまり、魔道騎士が近くにいるだけで、ヤナもリーテもほぼ無効化できるのだ。この世界始まって以来の最強の「神殺し兵団」といえよう。


「ほんと、楽しみね。早速、手始めにサザ王国でも滅ぼしに行こうかしら」


 ロキだけでも比類なき脅威である。さらに特別な魔道騎士団が100人も居る。どんな軍隊でも勝てる見込みはないだろう。仮に戦ったとしても像が蟻を踏みつぶす、そんな展開にしかならない。それだけの戦力なのだ。


「さてと…では明日の朝一番でサザ王国の南砦を殲滅しにいきましょう。ちょっとしたお遊びよ。お前たちも自分の力を試してみたいでしょう?」


 事もなげにロキが言うと、魔道騎士達が時の声を上げる。鎧を着た者は異常な高揚感に包まれ、溢れだす魔力で疲れ知らずになる。力は数百倍に増強され、不死の力まで得るのだ。これを試さずにいられる兵士がいようか。いくら平和な時代の暢気な兵たちとはいえ、ここまで強い力を得れば心が変わる。


「自分は大陸の覇者になれるのではないか?」と。


 さらにあのロキの圧倒的な魔法である。自分たちが世界の支配者であると錯覚してしまうのは、無理もないだろう。強すぎる力は、いつの時代も人の心を狂わせるのである。


――― 翌朝。


 陽が昇って間もなく。公国連盟とサザ王国の国境付近にある南の砦。巨大な城門の前に、突如として銀色の鎧に身を包んだ100名の騎士団が現れた。


 南の砦はベンゲが大敗してから、相当な補強がなされている。城門は倍の厚さになり、木製から総鉄製になった。掘割の深さも数メートルから数十メートルとなり、城壁は5メートルも高くなり、当然厚さも増していていた。


 南の砦には、既にベンゲとアルティの策が施されていた。ヤナは嫌がるだろうが、この国を守るための軍人としては、やはりやらなければならない策だ。予定通り砦内には数十トンにも及ぶ黒色火薬が仕込まれている。内部には1万の兵が待ち構えている。

 砦の背後にある急峻な斜面には、9万もの兵を潜ませている。砦が爆発すると同時に兵が押し寄せ、爆発で生き残ったロキと公国連盟軍を殲滅する手はずになっている。


 ベンゲは砦の城門上に立っていた。アルティは斜面に総勢9万の兵と潜み様子をうかがっていた。予想外だったのは、ロキが出てきていなかったことだ。わずか100名の重騎士。とても戦いに来たようには見えない。


「おかしい。どうして少数なのだ? しかも肝心のロキが出てきていない」


 予想とはまったく異なる展開に、アルティの頭は不吉の二文字で満たされていた。罠が仕掛けられているのではないか。そういう可能性を探ってしまうのは、参謀としての性である。しかし、相手が100人と寡兵であるなら心配はいらない。ベンゲとその配下で十分あしらえる数だ。黒色火薬を使うまでもないだろう。


 城門の上で仁王立ちしているベンゲが腕組をして叫んだ。


「お前たちは何者だ!」


 銀色の騎士団は身じろぎひとつせずにいた。その中からひときわ大きな男が、城門に近づいてベンゲを見上げた。


「我々はロキ様の下部、魔道騎士団。今日はこの砦を殲滅しに来た。よろしくな」


「そうか、ロキの配下か。では容赦は不要だな。弓隊、眼前の敵に向け斉射!」


 ベンゲがそう叫ぶと、城門の上には1000人を超すであろう弓兵が現れ、弦を限界まで引き絞り、魔道騎士団へ狙いをつけていた。そしてベンゲの合図とともに矢が一斉に放たれた。唸りを上げながら鋭いたくさんの線が銀色の鎧たちへ向かった。


 しかし…弓はすべて鎧に到達する前に止まっていた。まるで魔法のように。ベンゲも弓兵も驚愕の表情を隠せなかった。


「ちくしょう! まさかロキ以外にも魔法を使えるヤツらが居るなんて聞いてねぇぞ!」


 ベンゲが大声で叫んだ。

 遠方から見ていたアルティの顔も真っ青になっていた。彼女が想定していたのは、あくまでもロキの魔法だけだ。それが100人もの兵が魔法を使える。想定外どころの話ではない。しかし今さら作戦の変更は無理だ。こちらの犠牲は計画よりも多くなってしまうかもしれない。だが大切なのは、ヤナのために敵の戦力を削ることなのだ。


 魔道騎士の一人が砦の城門に向けて剣を振り抜いた。厚さ数メートル鉄の板がまるでバターのように切り落とされた。一気に城門が崩れ、砦内に魔道騎士団が悠然と入って行った。勇猛なサザ王国軍兵士が何名か立ち向かうが、魔道騎士団の鎧に触れることすらできなかった。剣が鎧に到達する前に曲がってしまうのだ。


「お前たち、例の計画に移れ!」


 肉弾戦では勝ち目がない。即判断したベンゲは全員シェルターへ向かうように指示した。幸い、魔道騎士団の動きは遅く、軽装の兵士の走りにはついて来れていなかった。数分で1万もの兵が地下シェルターへ潜り避難した。魔道騎士団は砦内の装飾を珍しそうに物色していた。暢気なのか余裕なのか。


 ベンゲはシェルターへ潜り込むと、仕掛けてあった火計の導火線に黒色火薬に引火した。火薬はオレンジ色の光を放ちながら次々と誘爆し、轟音と供に凄まじい熱量と爆風を放出した。遠方から見ていたアルティも思わず耳を塞がずにはいられなかった。物凄い量の煙が辺りを覆っていた。爆発により、砦は城壁ひとつ残っていなかった。まったくの平地と化していた。


 魔道騎士が到底生きているとは思えなかった。「木端微塵」という言葉があるが、この場合がまさに今の状況にぴったり当てはまる。


 問題はシェルターの兵士達だ。ベンゲは無事だろうか。すると、土煙の中にいくつか姿を見つけることができた。ベンゲたちが生きていたのだ! いくらシェルターの造りが堅牢であってもあの爆発だ。何が起きても不思議ではない。


 思わずアルティが数名の兵を連れ、馬で土煙の方へ近づいていった。


「ベンゲ! 大丈夫か?!」


 しかしその返事は思わぬものだった。


「ベンゲ? 誰だそれは」


「…ヒッ」


 アルティが短く悲鳴を上げる。なんとベンゲだと思って近づいた人影は、魔道騎士だった。あの爆発の中でも生きていたのだ。しかもよく見れば鎧には傷一つない。まったくの無傷であった。


「な、なぜ? あの爆発で…」


 アルティが思わず後ずさる。


「我ら魔道騎士にとってあの程度の爆発などそよ風のようなものだ。残念だったな」


 アルティの脳裏には絶望が渦巻いていた。まさかこれ程までの魔法を使える人間がロキ以外に居るのか。勝てない。いやそもそも戦いにならないだろう。作戦や戦略を練ってどうこうできる相手ではない。


 その時、シェルターからベンゲが咳込みながら這い上がってきた。だがアルティの顔は絶望が貼り付いたままだった。あの武力に優れるベンゲですら、この魔道騎士には敵わないだろう。


 アルティの青ざめた顔を見てベンゲが言った。


「ふぅ。残念だがこりゃ勝ち目なしだな。あの爆発でも無傷なんて反則だぜ」


 なぜかベンゲはアルティと違い、余裕の態度だ。魔道騎士団は100名、きっちり整列したまま動いていない。


「ベンゲ大将、貴方には秘策でもあるのか? どうしてそんなに余裕なのだ」


「秘策ぅ~? そんなものある訳ないだろ。ただな、俺たちは武人であり創造神の友人なんだぜ。死力を尽くして戦う。それしかないだろう。勝ち目がどうとか考えても仕方がない。悔いの残らないようにやるだけだ。あの世でヤナに会った時、恥ずかしくないようにな」


 ベンゲのあまりにも彼らしい言葉に、アルティは意に反して笑ってしまった。


「ははは。昔から貴方はそうだった。勝ち目ばかり気にしていた私が馬鹿だったのかもしれないな。武人らしく、そしてヤナ様のため命を捧げて戦い抜こう!」


「よく言った。俺は昔からお前が嫌いだったけどな。今のお前は大好きだぜ」


「そういう台詞はあの世で聞こう。いくぞ! サザ王国の誇り高き兵たちよ。神の仇敵、魔道騎士団を殲滅せよ!」


 アルティが声を掛けると山に潜んでいた兵9万とシェルターから出て来た兵1万が一斉に剣を振り上げ、魔道騎士団に襲い掛かっていった。


 そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。戦いというよりも一方的な惨殺に近かった。何せ魔道騎士には一切の剣撃や槍撃が通じないのだ。鎧に到達する前にその勢いがそがれてしまう。そして振り下ろされる剣は、一振りで10人以上の兵士の体を真っ二つに切り裂いていくのだ。しかも疲れ知らず。まるで雑草を刈り取る作業のように、サクサクと人間を斬って捨てて行く。


 数時間後。ついに最後の一兵が両断された。魔道騎士たちは相変わらず隊列すら乱していない。銀色の鎧は返り血を浴びて真っ赤に染め上げられてた。


 アルティもベンゲもいよいよ覚悟を決めねばならなかった。ベンゲが自慢の大振りの両手剣を正中に構える。アルティもほとんど振るった事のない細身の片手剣を震えながら構える。


「ついに最後になったな。先にあの世で待ってるぜ!」


 ベンゲが捨て台詞を残して、全身全霊を込めた必殺の剣を繰り出す。小細工なしの上段からの打ち下ろし。何もなければ魔道騎士の兜ごと潰す勢いだ。だが、その剛剣も例外なく砕け散った。魔道騎士の無敵の一振りがベンゲの胴を薙ぐ。ベンゲは剣を砕かれてもなお敵に向かって踏み込み、その拳を叩きつけようとしていた。だが勝負はわかりきっている。次の瞬間にはベンゲは真っ二つになっているだろう。アルティはすべての動きがスローに見えていた。死ぬ前の走馬灯というやつだろうか。


 しかし、結果は違っていた。魔道騎士の剣が腹に食い込む前に、ベンゲの姿は消えていたのだ。アルティには何が起きたのか理解できなかった。そして、ふと横を見るとヤナと一緒のベンゲの姿があった。


「遅れてゴメンね。どうしてもいろいろ準備が必要だったんだ」


「ヤナ様!」


 アルティが泣きじゃくりながら抱き着く。蒼いドレスを着たままのヤナは、優しくアルティを抱きかかえてその頭を撫でた。


「たくさんの人を死なせちゃったね。ごめんなさい。全部ボクが悪いんだ。でも大丈夫だよ。もうロキの思うようにはさせないから」


「よぉ、ヤナ。遅かったじゃねぇか。もうちょっとであの世からこの世界を高みの見物することになりそうだったぜ」


「ゴメン、ベンゲ。瞬間移動で助けることができたのは、君ひとりが限界だった」


「へへへ、とりあえず礼を言っておくぜ。だがあの騎士団、半端じゃないぜ。どうするんだ?」


 ヤナが辺りを見回す。サザ王国軍の斬死体が山のように積み重なり、辺りは血汐と硝煙の匂いに満ちている。歩を進めるたびに誰かの死体に当たる。そんな状況だった。


「許さない」


 珍しくヤナから怒気を感じた。あの優しくて母親のような母性愛を振りまく彼女の怒気は、味方であるベンゲもアルティにも恐怖という感情を与えていた。


 魔道騎士団は整列した状態から素早く動き、ヤナを囲む陣形を取った。全員が戦闘態勢を取ると一斉にヤナ目がけて剣を構えて突撃していった。消魔の術式が働いている。ヤナに魔法は使えないはずだ。


 一方のヤナは空を見上げていた。突撃してくる魔道騎士団には一瞥もくれていない。騎士達の激しい歩みに土埃が舞い上がり、地面が揺れる。ベンゲもアルティも不安になっていた。


「光槍」


 ヤナは小さく発した。その瞬間、空からは黄金色に輝く光の槍が無数に降り注いできた。その槍に魔道騎士団たちは次々と縫い止められ動けなくなっていた。だが騎士達はそれでもなお、手足を必死で動かし、槍から逃れようとしていた。


 ヤナは騎士の一人に近づくと手を触れ、憐れむような眼差しで唱えた。


「絶縁」


 触れられた騎士は、全身が光に覆われ、次の瞬間には鎧もろとも跡形もなく消えていた。ただ彼の後にはフワフワと無数の光の粒子が浮いていた。だがそれも数秒経つと淡いホタルのように消滅していった。ヤナはゆっくりと騎士達全員に手を触れて回り、すべてを消滅させていった。


 ベンゲとアルティは神の御業を見ていると自覚していた。目の前で起きていることは、きっとこの世のことではないのだろうと。


「ヤナ、助かったよ。だが、肝心のロキが出てきていない。そしてお前さん、そんなに魔法を使って大丈夫なのか? ティアとやらには会えたのか?」


「ありがとう。もう大丈夫だよ。ロキはボクに任せて。皆は心配しないでね」


 しかし力強い言葉とは裏腹に、ヤナの顔は酷く寂しげで苦しそうだった。まるでナイフが背中に刺さったまま歩いているような、そんな苦痛を背負っているかのようだった。


「アルティ、王宮に帰ろう」


「わ、わかりました。現状を報告しなければなりませんし、何よりもロキを引っ張り出す作戦を練り直さなければなりません」


「うん、ありがとう…」


 ヤナはがっくりと膝を付いた。左手で眉間を押さえ、頭痛を我慢しているような恰好をしている。


(ちょっと無理しちゃったかな。でも仕方がないよね。そろそろ潮時だもんね)


 弱ったヤナをベンゲが元気に抱え上げ、馬に乗せる。アルティも愛馬を口笛で呼ぶと、2頭と3人は一路王都の王宮を目指した。


久々の更新に手こずりました。戦闘シーンの描写は難しいです。

いよいよ核心部分へ入って行きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ