↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/15

第7話


パンは銀貨一枚で買える、孤児は銅貨三十一枚で買える


ある奴隷商人の手記より


横面を力いっぱい叩いてやると、とてもいい音がして、でも男はいやらしい顔のままだった。

ひどく不愉快でたまらない、睨みつけると冷笑された。欲深くて、ひととして堕落しきった表情だと、立ち振る舞いも声色もすべてが癇に障る。

「帰ってくださいっ!あなたに差し出すものなんか、ここにはなんにもありませんっ!!」

自分の金切り声が滑稽で嫌いだ。こんな風に、誰かを、望んで怒鳴りたかったことなんかない、なのに、目の前の男はそんなことお構いなしだ。

「いってぇなぁ……、言われなくても、金以外にここに用事なんざねーよ、来るたび来るたびキーキー威嚇しやがってテメェはよぉ……小鬼(ゴブリン)か?ハハッ……」

ソフィヤはその言葉に顔を真っ赤にした。ふるふると全身をわななかせ、はくはくと口が何も言えずに開いたり閉じたりする。

「……さいていっ」

それだけ、ようやく吐き捨てると、まだまだ幼さすら残す顔をめちゃくちゃに歪めて、叫んだ。

「でてってよっ!!ここからっ!!あなたなんか……っ」

そんなソフィヤを宥めるように、やわらかい手が肩に置かれる。

「ソフィヤ、そんなに怒っては倒れてしまうわよ、……ヴィクトル、いらっしゃい、またお金が必要なの?」

男はその静かな声の主に目をやると、無感情的に、すぐに視線を逸らした。

「くたばってなかったか、ババア」

「リタ様になんてこと言うのよっ!!」

吠えるソフィヤを他所に、……どこか気まずそうに男は立ち去ろうとする。

「……ごめんなさい、さいきんすっかり耳が遠くて、……聞こえなかったわ」

リタは困ったようにほほえみ誤魔化すと、男に向かって静かに告げた。

「また、いつでも帰っておいで、ヴィクトル……ここはあなたのお家でもありますからね」


ソフィヤは男がいなくなると、へたりとしゃがみこんで……自然、涙が溢れ出てきた。彼女は己の感情と上手く折り合いがつけられず、すぐに癇癪を起こすようなところがあるのだ。

リタがそっと目元をぬぐってやると、ひっくひっくしゃくりあげながらソフィヤはリタに抱きついた。力いっぱいにすると、もうほとんど枯れ木みたいになった身体は、折れてしまうどころかこのまま灰になってしまいそうだと思った。

「……あのひとは恩知らずですっ、……リタさまに、……さんざんお世話になっておいて、……どうしてあんな真似ができるんですかっ……」

何度も繰り返した問いを、また、してしまう。その度に答えは決まっているのだ。

「あの子にはあの子の事情があるのですよ、ソフィヤ、ゆるしてあげましょう」

このときばかり、ソフィヤはリタのことすら憎たらしくなる。理不尽だ、何もかもがと、ソフィヤは必死で歯を食いしばった。

「あらあら……おやめなさい、歯が痛むわ、ほら、歯を大事にしないとものが噛めなくなりますよ、わたしみたいにね」

リタはくすくすと笑い、どこかゆったりしていて、とんちんかんなことを言う。

ソフィヤはそんなリタが好きだった、この場所のことも、だからどうにかして守りたいのに、何もできない己が歯がゆかった。

「今日はすこしにぎやかね」

リタに差し伸べられた手を取って立ち上がる。

「……買い物に行ったときに噂をききました、……トビアスってひと、なんか正体のわからないおじさんに負けたとかって、……くだらない」

ひとがひとり、喧嘩でのされたくらいでここまで騒げるなんて脳天気なものだと、ソフィヤは苛立っていた。

他所から来た青年はこのあたりではよくよく知られた有名人で、顔がいいとか、紳士的だとか、彼に黄色い悲鳴をあげる者を見たことは何度もあったが、ソフィヤはそれをわりかし冷めた目で見ている側だった。

「……神様に愛されてるからってなによ、べつに……わたしたちを、助けてくれるわけでもないのに」

漏らした呟きを、リタはまた、ほほえんで流した。

彼女の耳が聞こえないのは本当なのか、ソフィヤには最近、判断がつかなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。