第5話
その日の案内所は浮き足立っていた。
妙にみんながそわそわしている、こんなに騒がしいのはめずらしい気がする、いつぶりだろうかと、ニーカはすこし呆れ気味にそれを眺めていた。
冒険者というのは得てしてお祭り好きだと、彼女は思っていた。良くも悪くも華やかなことが好きなのだ、目立ったり、注目されたり、多少はそういうことに適性がないとやっていけないのかもしれない。
ギルド【碧空の蝙蝠】は、王都で案内所を構えて十年とすこしを数え、その立ち位置は実に中途半端だ。あと、なんだか名前からしてぱっとしない。
ギルドマスターもへらへらしたようなゆるいひとだし、ニーカにはここの魅力がいまいちよくわからない。
ぬるま湯みたいに居心地だけは妙によくて、働き出してからなんだかんだ三年目くらいにはなるが、未だに、機会があるならもうすこし格上のところに再就職が叶わないかなと考えてしまう。
所属している者も、揃いも揃って盛りを過ぎてなお、ほかに行くところがなく冒険者稼業にしがみついているとしか思えない年齢の男ばかり、……たまにひどく下品なからかいをしてくるし、うんざりはしていた。
自分だって、決してもう若いとは言えない。結婚する道も諦めきれない、……気になる相手はいたりするのだが、そのひとはあまりにも高嶺の花で、自分にはまともに口説くどころかちゃんと姿を見るのだって恐れ多くて、どうすることもできないでいた。
重たい息が自然と漏れる。
「すみません、ギルド登録をしたいのですが……」
声をかけられたのは、昼を過ぎてからしばらく経った時間だった。
ぱっと相手を見ると、おじさんだった。
「あ、……はい、こちらへどうぞ」
冴えないと断言はしないが、もう二十年くらい前ならまだマシに見えたのかもしれない程度には草臥れていて、どこかなよっちく見える。
……彼も、足を洗う機会を逃した男のひとりなのだろうかと、無遠慮にもじろじろ眺めてしまう。
不安そうに目が細められた。よく見れば笑い皺があった、穏やかそうな目元だと、そこでようやく漠然と思った。
「えーと、契約書類、渡しますので、……身分証明になるもの持ってます?なんでもいいです、なければサインと生年月日、……それもわからなかったら、生まれた月とか、場所だけでもいいです、明かせないなら、もう、……まあ、外見の特徴だけ、目とか髪の色とかでも、……あ、読み書きできますか?」
冒険者とは、得てして英雄だの男にとっての夢やロマンとして語られがちだが、その実態はならず者、チンピラのちょっと上か同じか、あるいはその下、社会においてはわりと底辺の扱いだ。
身分も定まらない、下手するとお尋ね者、読み書きできない、常識がない、なんなら言葉が通じる獣くらいのやつだっていたりする。持ち上げられるのは上澄みの上澄みをさらに濾したごく僅かだけ、ニーカは期待せずに問うた。
「できます、……身分を証明できるものはないので、サインと、……いや、……外見の特徴でもいいですか?」
深い響きの声だと思った。
何か理由ありかと、それ以上は聞かなかった。髪の色と瞳の色を書きとめ、登録カードを作った。
「登録料はこれだけですので、……うちは更新が半年に一回あります、いちおう。守ってないひともいるからそこまで厳しくないですけど……いちおう半年に一回は顔を出してください、いちおう」
ニーカはそう言うと、ここにサインをとペンを差し出した。
おじさんは受け取ると、ペンを手に持ち、少し持て余すようにぐるぐる回して、しっくりくる持ち方でも見つけたのか、とんとんっと端に先端を軽く叩きつけ、……あ、インクの量を整えたのか、そして署名をした。
かなり端整な字だったから、すこし驚いた。
「……はい、受理しました。案内とかもろもろは……まあ、わかりますよね、たぶん、どこも似たものだし、……依頼はあっちの掲示板にまとまってます、早い者勝ちなので、受付はこっちでやってますが、まあ、剥がして持ってて終わったあとでもいいです、それぐらいですね、はい」
ニーカがそう言うと、おじさんは軽く会釈をして立ち去った。
……書類に書かれた名前をなんとなく見る。
スヴェン・アンダーソン、……北方のひと、だろうかと、思った。
でもそんなこと、ささやかな騒がしさに気をとられて、すぐに頭から出ていった。




