第10話
「何があったんだよ、結局」
レフ診療所の貴重なベッドを占拠し続けた患者は、不遜な態度のまま、まだまだ籠城を決め込むつもりらしかった。
「お前はおねしょを隠すがきんちょか、いい加減ベッドあけろ、……もうなんともないだろ」
金髪がもぞりと動いた。……質素な掛布団から顔を出した青年は、ぼんやりというより腑抜けきっている気がした。
「……まだ心の整理がつかない」
「ンなもん自分ちでやれ」
「ひとりでいたくないんだ」
こいつは何を言ってるんだと、わざとらしく特大の溜め息を吐いてやると、トビアスはぶすくれた表情で睨みつけてきた。
「……なんでそう意地悪いんだ、あんたは」
「お前がガキじゃなくて成人した大人の男だからだよ、うっとおしい」
「差別的だ……医者のくせに……」
それがどうしたと思う。自分が若いころはもっとえげつないこともさんざん言われたぞと、言うのを堪えた。
「……吐き気やら、腹に違和感は?ないだろ、ないよな」
トビアスは起き上がると、こくりと無言で頷いた。こいうところは素直なのだと、むず痒い気持ちになる。
世間様が噂するほど、この青年は成熟していない、むしろ年齢よりも青くさい、もっとつっこむならば、はっきり言って、幼い。
最近はみんなこうなのだろうか、己がこれくらいだったころを思い出そうとして、やめた。比較することに意味はない、若者を吊し上げるような年齢になったのだと、胸中でごちるに留めた。
「……見えなかった」
ぽつりと漏らした言葉に、ヒエロニムスは何も返せなかった。
剣の腕が何になるとは言わない、医者の腕は実利かもしれないが、実利が正義だとは断じたくなかった。
説教も名言じみた言葉も、今の彼にはなんの意味もないただの雑音に過ぎないだろう。
「まあ、……月並みだがな、若いんだからってあんまりむちゃくちゃすんなよ、ツケが来るぞ」
トビアスはすこし何か考えるようにして、そしてじっとこちらを見つめた。
いつだって真っ直ぐに相手の目を見る男だ。それが、さっぱりしていて気持ちよかったり、後ろめたいときには心地悪かったりする。
緑の虹彩は、実は複雑に色が混じりあっていた。
青々とした若葉の葉脈に、若々しい樹皮にも思わせるような茶色、合間には深い琥珀色、ところどころに淡い灰がかった銀色と、澄んだ水色が散っている。……そのすべてが調和していて、よく見ないとどこまでもただ鮮やかなだけで、濁りがなく見える。
「次は勝つ」
先ほどまでのだらしなさは消えていたと、すくなくとも自分の目にはうつった。
若さの特権だと、ヒエロニムスは苦笑する。
「それはいいけどお前、相手の名前とかもろもろ、わかるのかよ」
トビアスはそれを聞いて、目を大きく見開き、……あっと、間抜けな声をあげた。




