第8話
「やる気がないわけではない」
その口癖に辟易しながら、ロスチスラフは眼前のおっさんに何も返さなかった。
「無視すんなよ、傷つくだろーが」
「流石に嘘をつかれると嫌なので」
嘘じゃねーと、まるで年齢不相応に駄々っ子のようなことを宣うので、やはり無視することにした。
このおっさんは遅刻常習犯だ。
仕事にちゃんと時間厳守で来る方がめずらしい、だからなのか、正確に出勤してくると逆に文句を言われる、なんて離れ業をやってのける。ある意味ですごいひとだ。
「時間が守れないだけで、俺は仕事熱心なんだよ」
「そうですか」
門番の仕事はいつだって退屈なものだ。
すっかりと平和に慣れきって、浸りきっている世代の自分からすると、わざわざ都市を壁で囲い、その整備に年間で目が飛び出るほどの税金が注ぎ込まれている事実に、ただただ不満と頭痛しか感じることができない。
仕事上の先輩であるこのおっさんにしても、昔はひとかどの兵士だったとか聞くが、……そのわりには、戦場に出ていたはずの年齢と、今の年齢が微妙に奇妙な気がする、……でもホラ吹きと断じるにはなんとも、だ。
「だいたい、時間守ってるやつのがめずらしぃーぞ、俺らのトシじゃ」
ここまでがこのおっさんの常套句で、ここからなんだかんだ、ごねるだけ、くだ巻きがはじまる。
「おっ、久しぶりだな、ハーヴェイ」
サーヴァが手を振って声をかけると、ああと、軽い返しがあった。
「あんたまだクビになってなかったのか、今日もご苦労で」
親しげというには多少、棘のある言葉だが、声はやわらかい。どこか小馬鹿にしたような表情で、ハーヴェイと呼ばれた人物はサーヴァに、無防備に近寄ってきた。
「俺は勤勉だからな」
「ふっ、そうかよ」
慣れたやりとり。こいつは傭兵で、何度もこの名ばかりの王都を訪れているから、もう半ば顔だけで通してやっているのだ。
ハーヴェイは懐から包み紙を取り出すと、サーヴァに投げた。
今日も、菓子を受け取るついでに、立ち話をする。
「最近、稼ぎが悪い。もう人間相手は辞めどきだな」
「お?まだ人狩りなんざしてたのか」
「人聞きの悪い……まだ小競り合いを続けてるとこもあるさ、戦争さまさまだ、俺たちはそれで生きてるからな、……魔物を狩れるほどの腕のやつはうちにはいねぇ、新しく入れようにも骨のあるやつも見つからねぇ」
赤毛を掻きむしると、ハーヴェイは鼻を鳴らした。
「前のやつは三日で飛んだ、若いばっかりに期待したが……都市暮らしはだめだな」
「あー……まあ、農村育ちもあまり変わりないだろ」
「死体になれてりゃなんでもいい、獣の肉を捌くのすら嫌がる有様だ、くそが」
苛立ちを隠さない姿に、かなり追い詰められてきているのだろうかと思った。自分には何も出来ない、ただすこし入門検査を融通してやるだけだ。ここ数年、壁内への流入者は増え続けていて、半日以上、待たされることもざらだ。
「……ひとが増えるとろくなことがないねぇ、お互い、食いっぱぐれないようにしようぜぇ」
書き上げた書類を渡すと、ハーヴェイは受け取って顔を顰めた。
「あいっかわらずヘタクソな字だな、……読めねぇぞ、これは、さすがに」
「えーいや、読めるよ、まじで、これでも通るから大丈夫大丈夫」
ため息とともに、ハーヴェイは片手を上げて去って行った。
あーつかれたぁーと、適当にベンチに腰かける。年齢がいくと立っているだけでもひと仕事だと思った。
……すぐに、ふたまわり以上に年下の後輩に見つかり、呆れた顔で見られた。真顔でいるつもりなんだろうが、彼はわりと素直で、感情のわかりやすい表情をよくする。
「やる気あるんですか?」
今日も青空、快晴だった。




