1-9 他人の恋愛は楽しいわ
その夜。
王都セント・ルディアの王宮に、続々と馬車が詰めかけた。
水晶宮。
王国で最も大きく、最も格式の高い宮殿だ。
広大なホールに数百、いや千を超える来賓が詰めかける。
宮殿の中では、豪華な食事が並べられ、魔導灯のシャンデリアが昼間のように照らす。グランフェルド魔法王国の文化の粋を集めたパーティーが始まろうとしていた。
「ユリウス・フォン・ベルティエ伯爵殿」
そんなパーティー会場に、我がベルティエ一家もやってきた。
今回のパーティーでは、法服貴族の伯爵家は決して身分の高いほうではない。なので、入場はかなり早かった。
父ユリウスはフロックコートを羽織った貴族然とした格好だ。こちらは普通。
問題は私と母だ。
ザワザワザワ……。
先日までの製薬作業で爆発した私の頭は、再び見事なアフロヘアーとなっていた。魔力もたっぷり含み、そのボリュームは衰えることを知らない。
「貴女はどうしてこの大切なタイミングで、その阿呆みたいな頭になるのですか!!」
「だって、しょうがないじゃない!! 学院長が駄目って言ったんだもん!!」
衣装合わせの際はギャーギャーと、母マルグリットと大騒ぎしたのだが、そこはファッションに造詣の深いお母様だ。
「おお、見られてる見られてる」
「堂々となさい。ちゃんと整えました。堂々としていれば全く不自然ではありません!」
「不自然ではないかなあ?」
私の頭で燦然と揺れる大きな金髪アフロ。
そして、オフショルダーで大きく肩を出し、コルセットで息苦しいほどに腰が絞られている。そして、その下にはAラインの優雅なスカートが広がっていた。
「今回は格式の高い舞踏会。大きく広がったスカートは動かせません。それに頭も動かせないとなれば、残るトップスのボリュームを徹底的に絞るしかありません」
そして、さらに母は、もう一つ大きな決断を下していた。
「貴女一人でその頭は不自然です。私も合わせましょう」
「へっ!?」
そして、母も金髪アフロに肩出しドレスで、この舞踏場を訪れたのだった。
四十を過ぎてなお、この前衛的なファッションを堂々と着こなす母。よくそんなウィッグあったな。
そして、水晶宮に揺れる大アフロ、小アフロ。
いや、アフロの大きさに差はないが、アフロ母娘。
その横で父ユリウスが肩身狭そうにしていた。ごめん、お父様。
「見て、ベルティエ伯夫人」
「マルグリット夫人か……。今回はまた攻めたな」
「……うーん、あれはどこ由来のファッションなんだ?」
だが、さすがはお母様。
疑問に思われつつも押し通している。
堂々としていることの大切さを身に染みる。
「それにしてもベルティエ伯のご令嬢は久々に見たか」
「さすがは夫人の娘だ。母娘で攻めたファッションを楽しんでいるのだな」
そうです。そうです。
攻めたファッションなんですのよ。
決して製薬作業の爆発で仕方なくなんて、そんなことあるわけありませんのよ。
「うわっ、なに、あの頭!」
誰だ、そんな正直な感想。
思っても口に出すな。
まあ、でも、それが正直な感想なのかもね。
……うぅ。
しっかし、この舞踏会で肩出しドレスは大胆に過ぎないですかね? いや、ドレスコード的には問題ないのでしょうけど。
まあ、肩なんか気にならないくらい頭に注目が集まっているわけですけれども。
そして、そんなことを悩んだりしているうちに、しばらくで会場にも人が溢れてきた。
お父様は知り合いの貴族たちへの挨拶回りで忙しい。母と私もそれに付いて行く。
一夜漬けで覚えた方々に、軽く一言添えて挨拶する。
「ハスティユール伯の葡萄園は有名ですもの。今年のワインが楽しみですわ」
「ありがとう。ベルティエ伯はお嬢さんもファッションに造詣が深そうで。それでいて話して見ると、知性が垣間見える。ユリウス殿が羨ましい」
「ははは、恐れ入れます」
一夜漬けが効いてるぞ。
お父様も嬉しそうだ。
まあ、もちろん面と向かって「頭、変ですよ」なんて言わないだろうけど。
そんな挨拶を交わしていた時だった。
「アルヴェリオ王太子殿下!」
ホールの曲がり階段の上、フロックコート姿のアルヴェリオ王子が現れた。階段からゆっくりと下りてくる王子に注目が集まった。
そして、階段の途中で止まったアルヴェリオ王子が、大きな声で挨拶をする。
「本日は私のためにお集まり頂きありがとう。
ここ数日の式典や演習など、多くの場を設けました。諸外国からお越し頂いた方々にも、私の人と成りが伝わったと思います。
グランフェルド魔法王国は、これまでも、これからも、諸国との信義を重んじます。本日の催しが、我が国の備えと誠意、その双方をお伝えするものとなれば幸いです……」
そんな挨拶をしていた。
まあ、立派。
あんな立派な人が、先日私の研究室を訪れたとは信じがたいほどだ。
そして、王太子ともなると関係する人が多いのだろう。外国から国内まで、さらには王族や教会など、様々な人たちに感謝の言葉を述べていた。
よくあんなに沢山の名前をすらすらと。
こうして見ると、やはり彼は王族なのだと感じる。
しっかりしているなあ。
私にも優しくしてくれたけど、こんな端々の貴族の娘にまで気を使って、良い王様になりそう。
そして、アルヴェリオ王子の演説の最後だった。
「そして本日は、私と共にこの国の未来を歩む方を、皆様にご紹介したいと思っている」
おお!!
宣言した!
噂どおり王子の婚約をここで披露するのか。
結局あの一連のお見合い茶会から結論を出せたらしい。王子のお相手となれば、王太子妃。ひいては未来の王妃様だ。
さて、王子はどんな女性を見初めたのかしらね。
予想されていたこととはいえ、水晶宮にざわめきが広がる。
それはそうだ。未来の王妃をどの家が輩出したかで、貴族社会には大きな影響があるだろう。特に高位貴族たちは気が気でないだろう。
その点、我が家のような新興貴族は気が楽だ。
「オリヴィア、しゃんとなさい。そんな締まらない顔でいたら、万が一、王子にプロポーズされた時に恥をかきますよ」
「ええぇ、プロポーズされないと思うよ」
いや、違った。
お母様は可能性があると思っているらしい。
「ひょっとして、お父様もそんな可能性あると思っている?」
「お茶会は上手くいったみたいだけど、王太子妃はさすがにな……」
と、さすがにお父様は現実的だった。
「アルヴェリオ王子に顔と名前を覚えられただけでも十分だよ。オリヴィアは良くやってくれた」
「そんなことでどうするのです。名前を呼ばれるまでは、ここにいる年頃の令嬢全てに可能性があるんですよ」
「そんな、宝くじじゃないんだから……」
と、まあ、我が家は呑気なものだった。
アルヴェリオ王子がこれを機に身を固めるのはタイミングとしては順当だろう。
これだけ諸外国からの来賓と、各貴族たちの前での婚約発表。なんとも派手な話だ。
さーて、次世代のプリンセスはどなたになるのかしら。
本命はどこぞの侯爵令嬢と専らの評判。
他人の恋愛は楽しいわ。




