1-8 紅蓮の王太子
王都セント・ルディア近郊。
コーセッド平原。
そこに大陸から集まった各国の王族や外交官たちが集まっていた。
彼らが眺めていたのは、グランフェルド魔法王国が誇る精鋭、王鷲騎士団。その中央には一際豪華な鎧を身に着けた王太子アルヴェリオの姿があった。
その彼が、平原に向かって腕を突き出した。
「燃え盛れ、王家に連なる紅き炎よ。今ここに、災厄を薙ぎ払え!!」
アルヴェリオ王子の呪文が響く。
と、その右手より、広大な平原を呑み込むような巨大な炎が放たれた。その威力は凄まじく、平原一面が業火に覆われ、地獄のような光景となった。
「なんという魔力か!」
「おお、凄まじい威力だな」
「これほどの大規模魔法を一人で、しかも詠唱一つで放つとは……」
それを観戦していた人々から驚嘆の声が上がった。
立太子に合わせた一連の式典には、諸外国からの来賓も招かれていた。彼らに見せるべきものは、王国の礼節だけではない。グランフェルドが持つ力そのものだ。
魔法王国の精鋭による軍事演習。
そこで王子の尋常ならざる魔力が披露されたのだ。
「あの威力、グランフェルドの王族は毎度、凄まじい才能を受け継ぐものだな」
「これで魔法王国は向こう30年安泰か。隣国が安定するのは良いが……」
「当面グランフェルドと事を構えるわけにはいかんな。本国への報告を修正せねばならない」
外交官たちの反応は様々。
だが、一様にアルヴェリオ王子の評価は高かった。
◇◇◇◇◇
一方で大魔法を放ったアルヴェリオ王子の周辺は慌ただしかった。
「王子を隠せ」
大柄な騎士たちが、小さく声を掛け合い、人の壁を作る。
彼らが隠したのは、諸外国の来賓からの目だけではない。味方兵士からも王子の姿を隠す。
その人壁の内側で、下馬した王子が地面に片膝を突いていた。
顔が真っ青だった。
「殿下、水を」
そこに、鎧姿の執事ヨークが駆けつける。
アルヴェリオ王子はその水を受け取ると、錠剤をいくつか口に含み、口の中でゆっくりと溶かしていく。
深呼吸を何度か。
それで、少しは顔色が戻った。
「大魔法は心臓への負荷が高い。二度やれと言われても、できないぞ」
「先程ので十分でございましょう」
立太子の式典に参列する諸外国の外交官のために、連日魔法を披露していた。
そしてこの日、特大の魔法を見せた。
これで最後だ。
当面はない。
「あと、ひと踏ん張りでございます」
「わかっている」
アルヴェリオ王子は再び騎乗する。
それでも、まだ唇が震えていた。顔色は化粧で隠している。
人壁の騎士たちが分かれる。
そのまま、騎士団は来賓たちが観戦している天幕の前をゆっくりと騎行してみせた。
遠目なら王子の状態などわからないだろう。
そして、騎行することしばしで、ようやく王子に血の気が戻る。
「ようやく落ち着いてきた……」
と、アルヴェリオが視線を落とした。
掌には、残り少なくなった錠剤が。
「オリヴィア嬢には感謝しないとな」
ふと、漏れる微笑み。
それをヨークが見咎めた。
「殿下、感謝するのは良いですが、オリヴィア嬢にお伝えしてはいけませんぞ」
「わかっている」
「尋常ではない魔力の行使で、殿下の心臓にかかる負担は常人のそれではありません。その錠剤は殿下の生命線。誰にも知られてはなりません」
わかってはいるのだ。
この小さな薬に、自分の身の丈を超えた力は支えられている。
ひいては魔法王国の軍事力すら。
その力の根源を支える薬の製造元が知られれば、どのようなことが起こるか。これを秘匿することは、彼女の安全のためでもある。
以前ヨークから言われた言葉を思い出す。
――いまはオリヴィア嬢しか製薬できない状態です。
――ですが、彼女は安定的な製薬方法を模索中のようです。
――彼女の研究が進めば、いずれ大手を振って礼を言える日も来るでしょう。
その信頼する老執事ヨークは、鎧姿でアルヴェリオのすぐ後を騎行していた。
心配そうに見つめてくる彼に、アルヴェリオは笑顔を見せた。もう大丈夫だとアピールする。
それで、ヨークも安堵の表情を見せた。
「ヨーク、仮にの話だ」
「はい」
「オリヴィア嬢を王家に迎えるなら、彼女に伝えても良いだろうか?」
安堵から一転。
その仮定はヨークを酷く驚かせた。
「殿下はオリヴィア嬢を気に入りましたか?」
「仮に、の話だ」
ヨークの馬が前へ。
主従で馬を並べて歩く。
騎士団の隊列は整然と進む。遠くからは諸外国からの来賓がこの姿を見ているはずだった。
「仮にかのご令嬢を妃として迎えたとしても、話さないほうが良いでしょう」
意外な回答。
アルヴェリオが片眉をしかめる。
「なぜだ?」
「殿下にとって、薬の製造者は換えが効きません。それこそ、妃よりも換えが効かない存在です。秘匿するべきです」
その答えにアルヴェリオは睨むような視線を返した。
だが、ヨークは平然としたものだ。
「私の意見ではありません。殿下を害そうとする者たちがどのように考えるか、の話です」
信頼する執事の表情は揺るがない。
もちろん、アルヴェリオとしても理解できないわけではない。
だが、不快感は容易に消えなかった。
「ままならないものだな」
「そもそも、感謝を伝えるために王家に迎えるという前提が本末転倒でしょう。王子のお優しさは伝わりますが……」
しかし、なおも真剣に悩む王子。
その様子に忠実な執事が怪訝そうにする。
「かのご令嬢には大きな研究費を援助しております。そこまで悩まずとも」
「いや、そういうことではなくてだな……」
「殿下、まさか……」
◇◇◇◇◇
平原の端に設けられた天幕。
そこで軍事演習を観戦する諸外国からの来賓たち。彼らは、魔法王国が誇る恐るべき王太子の姿を目に焼き付けていた。
天幕の前を悠々と騎行するアルヴェリオ王子。
巨大な白馬に乗る彼が、片手を挙げ、天幕のほうを見つめる。
長身の美丈夫だ。
だが、彼の背後に広がる光景は壮絶なものだった。
先程の大魔法で焼かれた大地。
焦げ臭い匂いと共に、未だその熱が天幕にまで届いていた。
「紅蓮の王太子……」
「炎帝カルサドアの再来か……」
そんな声がチラホラと聞こえた。
後に彼の二つ名となる。
「この後は立太子のパーティーか。王太子の人と成りをしっかりと把握しなければ……」
列国の人々は強く思った。




