1-7 1週間で30錠納品はキツいって!
先日の社交パーティーは無事に終わった。
最後に髪が元に戻るというハプニングはあったものの、特に王子からの不興もなく。
というより、王子との距離がぐっと縮まった感じはあった。二人でパーティー会場を抜け出したりして。
結局、王子の真意はよくわからなかったけど、親から婚姻を急かされて、ちょっと息抜きでもしたかったのだろうか。
王子様というのも、あれで大変なのかも知れない。
ともあれ、私は日常に戻った。
だがしかし、こちらはこちらで平穏な日常とは言い難い。
ガルバンディエ魔法学院の研究室。
そこで私は悲鳴を上げていた。
「ぐえぇーーっ! 1週間で30錠納品はキツいって!」
研究費のパトロン様からの要望書に、つい弱音が出てしまった。
だが、弱音も吐こうというもの。何しろまだ狭心症の薬は私の手作業で作っている段階なのだ。
1錠につき1時間はかかる。30錠なら30時間。1日5時間で6日かかる。地味な上に、集中力も必要な作業だ。
昨日までは夢のような世界だったのにな。
この地味な作業。
「お嬢様、大変です!!」
そこにベルティエ家の侍女がやってきた。
てか、この流れ、最近やったな。
「今週末に催されるアルヴェリオ王子の立太子の記念パーティーに、お嬢様も是非参加されるようにと、王子からのお手紙が」
「げっ!」
近いうち誘うようなことは言っていたが、まさかこんなに早いとは。
「旦那様も奥様もお喜びです。きっとお嬢様が王子の目に留まったのだと」
「目に留まったかもしれないけど、もの珍しさが強かったんだと思うよ?」
王子と二人でパーティーを抜け出したと言えば浪漫あふれるようだが、訪れたのはこの狭くて何にもない研究室だからな。良いムードも何もなかった。
ただ、別れ際、妙に王子の表情が柔らかかったのは、気になると言えば気になるものだったが。
「それで、奥様がお嬢様に早く帰ってくるようにとの言伝です。今回は髪からしっかりと最新の流行にセットすると息巻いていますよ」
「立太子の記念パーティーか。それなら国を挙げての盛大なパーティーになるでしょうね。当然お母様も行くでしょうから、母娘で合わせたいのだろうけど」
ファッションにうるさいお母様のことだ。
家に帰れば再び着せ替え人形と化すことは目に見えてる。
あーでもない、こーでもない、と言っているだけで三日はかかるだろう。
それで今週中に30錠を精製しろと?
うーん、無理がある。
「ちょっと学院長のところに行ってくる」
侍女にそう言って、私は足早に研究室を後にした。
◇◇◇◇◇
「というわけでスポンサー様のほうに、薬の納品は一週間ほど遅れる、とお伝え願えないでしょうか?」
ガルバンディエ魔法学院、学院長室。
私の前にいるのは学院長イルドガルド女史だ。
小柄で穏やかな初老の女性だが、ただ優しいだけの人でないことは重々承知している。
「理由を聞きましょう」
にこやかな問いに、私は薬の精製の難易度と、王家のパーティーという外せない要件が重なってしまったことを懇々と説明した。
「……というわけなんですよ」
「それは確かに難しそうね」
よし、話は通じた。
やはり王家の名は強い。
だが、イルドガルド女史はにっこりとした笑顔のまま、衝撃の一言を放つ。
「でも、こちらの薬を要望してくださっている方は、学院のほうでも大恩のある方なの。納品を遅らせるわけにはいかないわ」
「えっ!?」
「貴女には負担をかけてしまうけど、何とか要望どおりに薬を納品していただけるかしら? 7日で30時間なら決して無理な要求ではないでしょう?」
「ええーーーっ!!」
だが、イルドガルド女史がこう言うなら、おそらく覆らない。
そもそも女史のほうでも断れない話になっているであろうことは予想できるので、責める気にもなれない。
こうなっては時間が惜しい。
「家に戻ります! お母様と話をしないと!」
慌てて家に帰ると、予想どおりお父様とお母様が浮かれていた。
「よくやったわ、オリヴィア!」
「あのような頭で王子の印象に残るとは、本当に良かったよ」
「そこは私のファッションセンスの賜物よね」
「そうだね、マルグリット。君はいつも洗練されていて美しいよ」
仲の良い両親で微笑ましいのだが、この際ウザったいことこの上ない。
「そんな場合じゃなくて!」
「どうしたの、オリヴィア」
「学院の仕事のほうが大変なんです!」
「そんなこと言ったって、王家の記念パーティーですよ! それもアルヴェリオ王子が正式に王太子に叙せられたことを祝うパーティーです」
「そんなパーティーに王子自らが招待状を送ってくださったのだぞ!」
お父様とお母様の言いたいことはわかる。
ここ数ヶ月、アルヴェリオ王子はお見合い紛いの茶会を繰り返していた。
そして、この記念パーティーでそのお見合いの結果――つまり、意中の女性が披露されるであろうとの噂が、まことしやかに流れていた。
「もし、王子からお付き合いを申し込まれたときに、粗末な格好だったら格好がつきません。貴女に合うドレスを用意します!」
と、侍女たちがドレスを着せたトルソーをずらりと並べた。
今時の流行に沿った最新のドレスばかりだ。
「私が選ばれる可能性は限りなく低いと思うよ?」
「仮にそうだとしても、今回のパーティーには御歴々が参加するのだ。いままで社交界に疎遠だったお前をお披露目する良い機会でもある」
と、お父様からは反論し難い主張が。
そして、ズラリと列席者の目録が並べられる。
「いままで付き合いが悪かったから、予習も必要だろう?」
「そうかもしれませんけど……」
「今回は地方の有力貴族の方々もいらっしゃる。名前を間違ったりなどしたら失礼極まる。みっちりと予習してもらうぞ」
いままで研究に没頭してきたツケが、一気に噴出したようだった。
時間が。
時間が足りない。
◇◇◇◇◇
そこからの一週間は目まぐるしかった。
朝は母と共にドレス選び。母娘のコーディネートに余念がない。
昼食を挟んで、父と共に列席予定の有力貴族たちの情報を頭に叩き込む。こんなことなら普段から社交界に顔を出して知識を蓄えておけば良かった。
日が暮れてから、研究室へ。ニトログリセリンを細心の注意で取り扱い、薬の精製を行う。
そんな生活を5日ほども繰り返した。
「お……、おぉ……、あと4錠だ」
何より睡眠時間が削られるのが辛かった。
明け方、徹夜で製薬を続けていた私は、朦朧とした意識のままニトログリセリンを取り扱っていた。
もう、このまま最後まで作りきってしまおう。
それで、たっぷり寝るんだ。
というより、立太子パーティーの前に一回しっかり寝ないとヤバい……。
そんな状態で、良いわけがない。
だが、そんな判断もできないほど疲弊していたのだ。
そして、それは起こるべくして起こった。
ちゅどーーーん!!!
最後のほうはヤケになっていた。
3回くらい爆発した。
でも、製薬は間に合わせた。




