1-10 アフロで王子に求婚される
王子が挨拶を終えた後も、祝賀パーティーはつつがなく進行した。
貴族たちの社交の場でもある。
我がベルティエ家も父ユリウスに連れられ、挨拶に歩き回った。
限られた時間で、付き合いのある家には一通り挨拶をしなければならないので、結構忙しい。
そういったことも一通り終えると、ようやく一段落だ。
「ううぅ、お腹減った」
「オリヴィア、ありがとう。もう食事を取っても良いよ」
「でも、コルセットがキツくて食べられる気がしない……」
この頭に合わせた所為で極端に絞られたウェストでは、喉も通らない。なにしろ侍女たちから四人がかりで絞り上げられたのだ。
と、そんな頃だった。
会場の端のほうで、ガタガタと音がする。
それまで少人数で曲を奏でていた楽団が、全員現れて席に付いていく。
「お、そろそろかな」
「舞踏会ですからね。舞踏の時間でしょう」
魔法王国が誇る楽団の曲に合わせ、着飾った男女がペアで踊る。
この立太子の記念パーティーの見せ場であり、かつ王国の文化の高さを諸外国に見せつける舞踏会が始まろうとしていた。
「今日はそれだけではないからな」
と、お父様。
「何かありましたっけ?」
「アルヴェリオ王子が相手に誰を選ぶか、だ」
ああ、それか。
今日は王子による将来のパートナー披露というイベントがあった。たしかに、舞踏のペアに誰が選ばれるかは、実質その披露になるだろう。
貴族たちが皆、目を皿のようにしていた。
楽団の人たちが席についた。
演奏が止まる。
シン、と舞踏会場が静まり返った。
皆がアルヴェリオ王子に注目していた。
さて、誰に行くのかしら。
さりげなく王子の近くに若い令嬢たちが集まってる。
第一候補の侯爵令嬢は……。あれ、あんな奥のほうにいる。選ばれる気はないのか?
だが、そんな令嬢たちを尻目に、アルヴェリオ王子は明後日のほうに歩き始めた。
どこ行くんだ?
いや、こっちのほうに来たぞ。
この辺は伯爵家、しかも法服貴族ばっかりだよ。この辺にいる令嬢で目ぼしいのは……。
って、私のほうに来てないか!?
にわかに鼓動が高まる。
アルヴェリオ王子を見た。
相変わらずの長身。自信に満ちた歩き方だ。颯爽とした王族の歩み。
アッシュブラウンの髪に、緋色の瞳。
その瞳が、真っ直ぐに私を見ていた。
視線が合った。
まさか? そんなわけが!?
そして、アルヴェリオ王子が目の前に来てしまった。
王子は私の前で足を止める。
会場中の視線が、私たちに突き刺さっていた。
次の瞬間。
アルヴェリオ王子が、私の前で片膝をついた。
え?
水晶宮の空気が凍った。
お父様が息を呑む。
お母様が扇の陰で目を輝かせていた。
王子が私を見上げる。
緋色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「オリヴィア・フォン・ベルティエ嬢」
王子の声が、静まり返ったホールに響く。
「私は、貴女を将来の妃として望んでいます」
私の頭上で、金髪アフロが揺れた。
◇◇◇◇◇
「私と一緒に踊って頂けますか?」
王子が片膝をついたまま、私へ手を差し伸べた。
わ、わたし!?
差し伸べられた手に、私はどうしたら良いかもわからず、固まってしまった。
音がない。
周囲をみれば、他の貴族たちが、男性も夫人も令嬢たちも、黙ったまま私を見ていた。
お父様もお母様も、他の貴族たちと一緒に、固唾を飲んでいた。
皆が私の言葉を待っていた。
「わ、私で宜しいのですか?」
掠れた声が出た。
「貴女でなければならないのです」
「その……私は、昨日まで研究室で爆発していたような女ですよ?」
「知っています」
「頭も、この通りですが」
「構いません」
構わないのか。
だけど、王子の瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。
冗談でも何でもないらしい。
「まずは、一曲。私と踊っていただけますか?」
求婚のあとに、舞踏の誘い。
これを受けたら求婚も受けたことになる?
気軽に受けて良いものか?
だが、ここで王子の誘いを断る選択などあろうはずもない。
一歩、踏み出す。
王子の手を取った。
少し大きく、熱っぽい手だった。
「私で宜しければ」
「ありがとう」
大きな歓声。
そのまま私は王子と共に、舞踏会場の中央へと躍り出た。
列席者のすべての視線が集まっていた。ざわめきが止まらない。だけど、他の全員の視線よりも、王子の視線から目が離せない。
周囲のざわめきなどより、私自身の心のざわめきが止まらない。
ジャン、ジャン、ジャーン!!
楽団の音が響き渡る。
演奏が始まった。
あとは我が国が誇る舞踏会だ。
私の内心の戸惑いなど、お構いなしに進んでいく。
舞踏会で踊るのは、いずれも豪華な衣装をまとった、ダンスに定評のある高位貴族たち。
楽団の音楽と共に、優雅に広がるドレスの花。水晶宮の魔導灯に照らされた色とりどりのドレスが、フロアに舞った。
そして、その中心には私。
しかも、頭には金色のアフロ。
おかしくない!?
絶対に変だ!!
「王子……」
「どうした?」
格式ばった舞踏会だ。
楽しむというより、発表会の趣が強い。
だが、目の前の王子に問わずにいられなかった。
「どうして私なんですか? 私が選ばれる理由はなかったと思いますけど?」
普通なら、王子に選ばれたことを喜ぶところなのだろう。
だが、あまりにも納得性がなさすぎた。
「そうだな……」
二人で手を取り、踊り続ける。
それほど難しい踊りではない。時折回ったりする程度だ。
景色がメリーゴーランドのように回る。
そして時折、王子と見つめ合うように身体を寄せ合う。
「詳しくは言えない。言えない理由がある」
「また、それですか?」
ここまで口を割らないのだ。何かあるのだろう。
だが、それでいきなり将来の妃として望まれても、私としても反応に困る。
そのまま、王子と私は踊り続けた。
我が国が誇る最高峰のドレスの祭典だ。
そして、演奏は最高潮を迎える。
ジャン!!!
一曲目が終わった。
周囲から盛大な拍手が沸き上がる。
そんな中、私と王子は手を取り合ったまま、見つめ合った。
「ここでは話せないことが多い。ついてきてくれるか?」
「それはもう。話を伺わないと納得できませんから」
◇◇◇◇◇
水晶宮のホールから二人で抜け出した。
やってきた先は、広大な庭園を見渡せる広いバルコニーだった。
「抜け出してきて良かったのですか? 王子が主役のパーティーでしょう?」
「一番のイベントは終えた。あとは皆で私の選択の解釈で忙しくなるだろう」
私の選択、というのは、生涯のパートナーとして私を選んだ、という選択のことだろう。
とんでもないことだ。
その、とんでもないことをしたアルヴェリオ王子と二人、バルコニーに立つ。
王子が私に向き合う。
「言える範囲でお伝えします。私は以前、オリヴィア嬢とお会いしたことがあるのです。その時から、ずっと心に残っていました」
会っていた?
いつ?
どこで?
「人違いでは?」
「それは絶対にありません」
どうやら確信のようなものはあるらしい。
うーん、なんだろう?
私の人生で王子に惚れられるようなことなんてあったかな? そもそも王子との接点すら思いつかないというのに……。
「仮に、王子が私のことを知っていて、ずっと想っていたとしましょう。王子のほうはそれで良いかも知れませんが、私のほうは?」
「私のほう?」
「私は王子の人と成りも知りません。先日の茶会とパーティーだけしか知らないんですよ? それで、いきなり妃にと望まれても」
納得できる理由が欲しい。
ごめん、私は理屈っぽいんだ。
「それは、そうですね……」
アルヴェリオ王子が、ハッとしていた。
そんなことを考えてもいなかったという顔だ。
王子様だな。
だが、まあ、気持ちはわからなくもない。
この国で一番の身分。容姿も良い。
そんな男性から交際を申し込まれたなら、本来断る理由はない。
ないんだけどさあ……。
と、私がそんな風にしていると、アルヴェリオ王子が意を決したように言う。
「すみません。どこでお会いしていたか、いまは言えません。いつ言えるようになるかもわかりません。ですが……」
そこで、王子は私の両肩を掴んで来た。
大きくて、熱い手だった。
「オリヴィア嬢、私は貴女のことが好きなんです!」
力強く言い切った。
私が想像していた王子の告白とは、かなり違う。
優雅ではない。
余裕もない。
むしろ、必死な王子の言葉。
だけど、それは私の心に来るものがあった。
どうやらこの人は本気だ。
本気で私のことを求めているらしい。
「痛い……、痛いです」
ただ、あまりにも力強く肩を掴んできたものだから、つい言ってしまった。
「あ、すみません」
慌てて手を離す王子。
だけど、悪い気はしない。
いや、むしろ好ましい。
「貴女と一緒に過ごした時間。貴女にとっては僅かな時間だったかもしれない。でも、私はその時のことをずっと覚えていました」
「……」
「ここで貴女に告白しなければ、一生後悔する。だから、告白しました」
一目惚れというわけではなさそう。
一緒にというなら、それなりに私の記憶にも残りそうなものだが、思い当たるものがない。
だけど、言われて見れば、と思うところもある。
お茶会で初めて会った時から、王子とはやけに話しやすかった。
それこそ、初対面とは思えないほどに。
「ですから、これから改めて、貴女から想われるような男になって見せます。必ずや貴女を惚れさせて見せます。それで、私との婚約を受けて頂けませんか?」
王子の真摯な瞳。
凄い自信だ。いや、自信でもないのか。
若いのかも知れない。
実際、彼は私の三歳下だ。
そして、その青い気持ちを心地よく感じてしまったのも確かだった。
「わかりました」
そもそも私は恋心とか、そういうのとは縁遠い女だ。誰かをこんなふうに想ったこともない。
だから、王子の一途な気持ちは少し眩しくて、羨ましかった。
だけど、そんな彼のことを、もっと知りたい。
そう思った。
「いろいろとわからないことは多いですが……」
「では……」
「婚約の申し出、お受けいたします」
秀麗だったアルヴェリオ王子の顔が、子供っぽく喜色に満ちた。
王族っぽく威厳があり、野生児のように強引な王子。それが、こんなにも幼く少年のような顔をするのかと思った。
そんな王子に向かって私は念を押す。
「ですから、私をしっかりと惚れさせてくださいね」
「はい、必ず……」
王子が私に手を差し伸べる。
その手を、私は受け取った。
大きく、暖かい手。
そして、二人並んで立った。
隣に立つ王子を見上げる。
私が微笑みかけると、王子も笑顔になった。
うん、悪くないか。
そして、私たち二人は手を繋いで、バルコニーから舞踏会場へと戻った。




