1-11 これは流行る
水晶宮。
舞踏会場。
そこではメインイベントである舞踏会が続けられていた。
一方で、その周囲では貴族たちが慌ただしく状況の把握に努めていた。
「ユリウス殿、いつの間にご令嬢は王子との仲を深めていたのだ」
「それならそうと教えてくれて良かったのに。水臭いではないか」
「い、いや、私もどうして娘が選ばれたのか……」
ベルティエ伯夫妻のもとに多くの貴族が詰めかけていた。だが、当のベルティエ伯は狼狽えるばかり。
そんな様を見て、心ある高位貴族が事情を察した。
「どうやらベルティエ伯も把握していなかったようだな。それどころか、ご令嬢本人も驚いていたように見えた」
「私もそのように見えましたな。つまり、王子がベルティエ伯令嬢を選んだのは、家同士の繋がりを考えてのことではないのでしょう」
「政治的な婚姻ではなさそうか。若いということは羨ましいことだ」
「しかし、そうすると二代連続で法服貴族からの王妃となるな……」
貴族たちの思惑が蠢く。
その中央でベルティエ伯が、普段話すこともないような高位貴族に囲まれ、草食動物のように縮こまっていた。
「それにしても、ベルティエ伯。本当に何も知らなかったのか?」
「本当に知りませんでした!」
「本当に本当?」
「本当です! こんなことになると知っていたら、妻にも娘にも、あんな格好はさせませんでした!」
喚くように叫ぶベルティエ伯。
――確かに。
それは他の貴族たちから見ても非常に納得性の高い回答であった。
だが、その隣で金髪アフロを揺らしていたベルティエ伯夫人マルグリットが扇を鳴らした。
彼女は夫と違い、堂々としたものだ。
「あら、貴方。この格好が変だとでも?」
低い声で夫に問う。
堅実な仕事ぶりが評価されるベルティエ伯に対し、この夫人は社交界では華やかな存在として知られていた。
「そうそう、気になっていたのよ。とても、奇抜なヘアスタイルでいらして」
「この日のために温めていたファッションだったの?」
と、そこで一部の女性陣がマルグリットに詰め寄った。
――話が逸れたな。
そう思った人もいたのだが、確かにマルグリット夫人のファッションは気になるものであった。とくに彼女の頭上で揺れる金色のアフロが。
と、そのマルグリット夫人が胸を張った。
「良くぞ聞いてくれました! この日のために用意した取っておきのファッション! 南方風のエキゾチックな要素をふんだんに取り入れていましてよ!」
そこからマルグリット夫人の独演会が始まった。
もとより彼女はファッション関連では知られた存在だ。慣れたものである。
「こちらは南方から取り寄せたブレスレットで……」
「すごーい! これは純金?」
「ブローチも凄いよね。こんな大きなの普通は下品になりそうだけど、似合っている」
「合わせ方がさあ……」
盛り上がり始める女性たち。
社交界におけるファッションは重要事項ではある。
だが、宮廷政治に関心を向ける者たちにとっては、この際優先度の低い話題でもあった。
「ベルティエ伯、ちょっとこちらに来てもらえるか?」
「あ、妻が……」
「まあまあ、あちらはあちらで盛り上がっているようだから」
そうして高位貴族たちに拉致されるユリウス。
こちらもこちらで大切な話が繰り広げられた。
ホールでは楽団の演奏が響いていた。
中央では色とりどりのドレスで着飾った男女が、踊り続ける。
グランフェルド魔法王国で巻き起こった激震は静かに広がっていた。
◇◇◇◇◇
「では、戻りましょう、オリヴィア嬢」
「はい、王子」
バルコニーでの会話を終えて、舞踏会場へと戻った私とアルヴェリオ王子。
私たちは手を繋いでいた。
大きな王子の手が力強い。
戸惑いが全くなくなったわけではない。だが、正面からの王子の告白を受け、私もその思いを受けようと心を決めた。
曲がり階段の上。
舞踏会場のホールが一望できた。
色とりどりのドレスが回る舞踏会。その周囲には千を超える貴族たち。扇形に広がった楽団。水晶宮の名にふさわしいシャンデリアなど、数々のガラス装飾。
凄い光景だ。
そして、そのホールにいる人々の視線のほぼ全てが、王子と私に注がれていた。
王子の想いに応えるという事の重大さを今更ながら感じる。
だが、今更後戻りはできない。
「良かった。まだダンスは続いていた」
「でも、そろそろ終わりでしょう?」
「そうだね。だから、最後にもう一度、私と踊って頂けますか?」
そして、私は王子に手を取られたまま、曲がり階段を下りていった。
演奏が止まった。
皆の注目が集まった。
緊張する。だけど、私は王子だけを見ていた。王子も私を見ていた。
ざわめきのなか、赤い絨毯を下りていく。
そして、ドレスの輪の中、中央で互いに向き合った。
それを待っていたかのように演奏が再開される。
まるで夢のようだった。
めくるめくドレスの華。
その中心に私がいた。
そして、目の前にはアルヴェリオ王子が。
ただ、ひとつ。
気がかりがあった。
「この頭、変じゃないですかね?」
ぼそりと呟いてしまった。
それについては王子としても思うところがあったらしい。それまで優しい瞳で見つめてくれていたのに、なんともトゲトゲしい瞳に。
「先日、頭直ってましたよね? どうしてその頭で来たんですか? また爆発したんですか?」
「だって、30錠の製薬依頼がスポンサー様から来てしまったので。お断りしたかったんですけど、無理だったんです。そんな短期で大量製薬なんてしたら、爆発事故も起きますよ」
「あっ……」
なんか絶句していた。
王子の視線が横目に逸れる。
おっ、どうしたどうした?
くるり、とターンして王子の視線の先に回り込んだ。
すると、今度は反対のほうに視線を逸らす王子。
再び、くるり、とターンする。
「どうしたんですか。何か気になることでも?」
「いや、何でもない。……スポンサーからの無理な注文があったのだったか?」
「はい、そうなんですよ。イルドガルド学院長に調整をお願いしたけど駄目だったんです」
「……今後そんな無理をさせないように、学院長殿には私から一言伝えておきましょう」
「それは助かります」
そして、王子は私の腰に手を当てた。
「仕方ありません。いまは今を楽しみましょう」
そして、優しい瞳に戻ってくれた。
私のアフロは許された。
二人で優雅なステップを踏む。
夢のような一時を過ごした。
◇◇◇◇◇
アルヴェリオ王子とオリヴィア嬢を中心とした舞踏会。
この祝賀会のハイライトだ。
グランフェルド魔法王国の文化の粋を集めた舞踏会。
そんな様子を列席した人々は様々な思いを抱き、眺めていた。
「やはりグランフェルドは文化が高い。後継問題も盤石となれば、当面大陸はこの国を中心に回るか」
「外交はともあれ、この舞踏会を見たということは故国への自慢になる」
「列国の錚々たる顔ぶれだ。それにこの豪華な水晶宮と、洗練された舞踏会。一生に一度見れるかどうかだ」
アルヴェリオ王子の婚約という激震はあったものの、概ね好意的に受け止められた。
ここで婚約をしなければ他国からの婚姻攻勢は避けられない。発表のタイミングとしても納得性の高いものだ。
ただ、人々の頭には、小さな疑問符が浮かんでいた。
――それにしても、あのご令嬢の頭はなんなのだ?
――グランフェルドではあのような髪型が流行っているのか?
――いや、他にあのような頭の女性はいないな……。
舞踏会の中心で、ふらふらと金色の毛玉が揺れる。
王子が右に動けば毛玉も一緒に右に。左に動けば一緒に毛玉も左に。
時折ドレスと共に回転する毛玉。
皆、口にこそ出さないものの、不思議そうに眺めていた。
否、黙っていない者も若干はいた。
「どうして、あんな変な頭の女が選ばれたのかしら。あれなら私のほうが絶対に美人!」
「王子の趣味にケチをつけるつもりはないんだけど……。どうしてアレを選んだのかしら?」
「きいぃぃ! 私が王太子妃になる筈だったのにいぃぃ!」
一部のご令嬢たちは、どうにも納得がいかない様子。
そんなご令嬢たちの中には、下馬評では王太子妃の第一候補と見られていたハッサーク侯爵家のセレスティーナ嬢の姿もあった。
「私が王子に選ばれなかったことは予想どおりだし、異存はないのだけど。私はあの変な頭のご令嬢に負けたの?」
豪華なドレスに身を包んだセレスティーナ嬢は、怪訝な表情で舞踏会を眺めていた。
様々な人々の思惑が渦巻く舞踏会。
そんな中。
オリヴィアの母マルグリットは不敵な笑みを浮かべていた。彼女自身もアフロのウィッグを頭に、腕を組んで、自分の娘が王子と踊る様を眺めていた。
そのマルグリットが確信した。
――これは、流行る!




