1-12 玉座の間
立太子記念パーティーが終わりを迎えた頃。
王宮の最奥、玉座の間。
水晶宮から程近いその場所で、二人の男が向かい合っていた。
夜も更けた時間だ。
「さきほど聖炎伯の長老会の承認が下りたそうです。これで、アルヴェリオ王子の王太子としての肩書きは全て揃いました」
「うむ、これで一つ肩の荷が下りた」
そう頷いたのは、グランフェルド魔法王レオナール、その人であった。
まだ壮年の王だ。
即位から数年、安定した治世で民から慕われる王でもある。
対するは宰相ラザル・モントフォール。
前王の時代から宰相を務める老練の実務家だ。
「これでアルヴェリオ王子の持つ称号はこちらになります」
王に渡された書面には、王太子に始まり、それに付随するいくつも肩書きが記されていた。
グランフェルド王太子
ルディア公
聖炎伯
北境守護卿
旧ヴァルネス王国継承者
王鷲騎士団長
「なんとも面倒なことよな。王太子を一人立てるにも、これほどの印が要る」
「建国時に諸勢力を丸ごと呑み込んだ代償でございます」
「いくつかは名ばかりとなったが……」
「そうでないものもいくつか。それぞれに古い顔役がおりますゆえ」
ここ数ヶ月、アルヴェリオ王子の長い儀式の数々は、そうした古い勢力の承認を得る作業でもあった。そうして全ての支持を得て、ようやく正式に立太子となった。
「そして今日、諸外国にもお披露目しました。各国からの反応は概ね好印象だったようですな」
「あの魔力を見せつけているからな。今後、少しは外交も楽になるだろう」
レオナールが玉座にもたれる。
それなりに苦労をしてきた王だ。
「ところで、パーティーのほうはいかがでしたか?」
と、宰相ラザルが話題を変えた。
立太子の祝賀パーティーであったが、彼は王宮に詰めており、参加していなかった。
そこでレオナールは、くすりと笑った。
彼のほうは先ほどまで水晶宮にいた。
「まあまあ、愉快なパーティーであった」
「殿下が婚約者を発表されたとか。どのような方でしたか?」
「アルヴェリオの意中の相手とは、ベルティエ伯の娘であった」
「ほう、ベルティエ伯の……」
ラザルにとっては馴染みのある名だ。
実務官僚として彼に近いところで、安定した手腕を発揮する信頼できる人物だ。
「家柄としては弱いですが、それだけに外戚専横の心配はなさそうですな。ベルティエ伯の娘であれば、さぞ聡明なご令嬢でしょう」
「いやいや、そこは少々違った」
「どういうことでしょう?」
「ベルティエ伯の奥方を考えてみよ」
と、ラザルの脳裏にマルグリット夫人の姿が浮かぶ。
宰相が頭に手を当てた。
「そういえばベルティエ伯夫人は派手な方でしたな。母親似でしたか?」
「見た目はな。だが、実際にどうかは余も知らぬ。まだその娘と話せていないからな」
「陛下にお目通りもさせず、婚約を発表してしまったのですか?」
「アルヴェリオが随分と執心のようでな。その娘も妃に望まれると思ってなかったようだ。酷く驚いておったよ」
レオナールがくすくすと笑う。
本当の意味でのサプライズなプロポーズなど、そう見られるものではない。親としてはハラハラもしたが、結果として良いパーティーであったと思う。
もちろん、自分に紹介もなくアルヴェリオ王子が婚約を発表したことに思うところはあった。
だが、全く一言もなかったわけではない。
「父上、私の意中の女性が見つかりました。立太子のパーティーで発表します!」
「待て、パーティーの前に余に紹介するべきだろう」
「もう明日です。時間がありません」
「それは、そうだが……」
アルヴェリオの縁談が上手く進んでいないことは知っていた。どうやら、心の中では意中の女性がいるらしいことも。
それまであまり主張らしい主張のなかった息子が、有無を言わさぬ勢いで言ってきたのだ。
――その結果があの娘か?
父親として思うところはある。
が、息子の人を見る目を疑いたくはない。
「まあ、良い。いずれベルティエ家の娘と話す機会はあるだろう。それよりも、だ……」
レオナールは宰相に視線を戻す。
「王太子妃にも承認が必要なところが、いくつかあったな」
「はい」
「アルヴェリオが妻に迎えたいなら、誰であろうと尊重しよう。だが、二人だけの問題で済まないところが、王族の辛いところだな」
レオナールが手にした書面に列記された肩書きを眺める。
それらの肩書きすべてに「妃」もしくは「夫人」と付いたものが、かの女性の肩にのしかかる筈だった。
「しばらくは様子をみよう」
国王レオナールは穏やかな笑顔でそう言った。
自分の時も似たようなものだった。なるようになるものだ。
と、必要な会話を終えた国王だったが、一つ気になることが残っていた。
大した話ではない。
「ときにラザルよ」
「なんでしょう陛下」
「そのベルティエ伯の娘だがな。少々奇抜というか、奇妙な髪型をしていた。こういうな……」
そう言って、頭の上で大きく手を広げるレオナール。
「ああいう髪型が、巷では流行っているのか?」
「若い女性の髪型など、私に聞かれますな。王妃にでもお尋ねください」
「それもそうか」
こうしてオリヴィアは、大陸で覇権を握る国王と、それを支える宰相を困惑させるという偉業を、自分の与り知らぬところで達成したのだった。




