1-5 飛びます
ダンスタイムの曲の狭間。
涼やかな笑顔とともに、手を差し伸べてきたアルヴェリオ王子。
その手の先には、驚き立ちすくんだ私が。
ザワザワザワザワ……。
「なんであんなヘンテコ頭に?」
「私なんて、まだ王子と踊っていただいてないのに……」
「そもそも彼女は誰なの?」
周囲が戸惑っているのはわかる。
だが、一番戸惑っているのは私だ。
なぜ、私に?
が、第一王子のお誘いだ。
黙っているわけにはいかない。
「では、是非」
疑問に思いつつ、王子の手を取る。
と、力強く手を引かれた。
抵抗する余地もなく、ダンスフロアの中央に引っ張り出されてしまう。
ジャン、ジャジャジャーン!
そして、楽団が大きく音を響かせた。
社交ダンスなど、それほど難しいものではない。私とて貴族の端くれ。幼少期に習っている。踊るのは数年ぶりだが、間違えるようなものでもない。
目の前にはアルヴェリオ王子の顔が。
まじまじと王子の顔を見る。
赤みがかったアッシュブラウンの髪に、切れ長の眼。
女性のようにキメ細かい肌でありながら、男性らしく彫りの深い顔立ち。
良くできてるな、この顔。彫刻か何かな。
思わず見惚れてしまった。
一方で私の方は、金髪アフロを舞踏会場に漂わせていた。
ワン、ツー、スリー。
ステップを踏むたび、ふわり、ふわりと金髪アフロが揺れる。
まずい。
これは目立つ。
いや、目立つどころではない。舞踏会場の中央で、第一王子と踊る金髪アフロ令嬢だ。
背中に無数の視線が刺さっていた。
令嬢たちの視線。
貴族たちの視線。
たぶん物珍しさからであろう、楽団員の視線まで。
だが、目の前の王子だけは平然としていた。
私の頭ではなく、私の目を見ている。
この状況で、それはそれで怖い。
「どうして話しに来てくれなかった?」
「私がアルヴェリオ王子と話してどうするんです? それに王子は女性に囲まれていて、入り込む隙間もありませんでしたよ?」
「確かに……。だが、貴女とは少し話したかったのだ」
「……私と?」
ステップが一拍遅れた。
王子の手が、すぐに私を支える。
細い指なのに、意外なほど力強い。
だから、病弱という話はどこに?
壁の花だった私と違って、王子はずっと踊り続けていたというのに。
「そういえば、貴女は私を相手でも全然平静なのだね」
「いえいえ動揺してますとも」
「そうかな? 他のご令嬢たちとは、かなり態度が違う」
と、王子と手を取り合っている間も、周囲の女性たちから痛いほどの視線が。
「それは彼女たちと違って、私には王太子妃の目なんてありませんから」
「そうかな? 全く目がないわけではないだろう?」
「ええぇ? 王子はこんな頭の妃をお望みで?」
「あっはっはっ、確かに。貴女が今日もその頭で来るとは思ってなかったよ。また爆発したのかい? 爆発の報告はなかったよ?」
「一昨日からまだ直ってないだけですぅ」
王子の屈託のない笑顔。私は拗ねて見せたりと、端からみれば楽しそうなダンスに見えただろうか。
それにしても、王子の笑顔が妙に近い。
困るなあ。周囲の令嬢たちだけじゃなくて、私までいま凄く良い雰囲気と勘違いしそうだ。
ジャン!
楽団の音が大きく跳ね、曲が終わった。
互いに礼をする。
終わってみれば、あっという間だ。
と、別れ際だった。
王子が耳元で囁いた。
「左奥のバルコニーで待っていてほしい。貴女ともう少し話したい」
「は?」
が、それでアルヴェリオ王子は直ぐに手を離し、去っていった。
ダンスは私が踊ったので最後の曲だったらしい。
そのまま王子はいったんパーティー会場から退席してしまった。
◇◇◇◇◇
指定された奥のバルコニー。
歓談の時間となってしばらくで、私はさりげなくそのバルコニーに出た。
いったい王子はどういうつもり?
疑問は尽きなかったが、とりあえずバルコニーには来た。この左端は、角度的に他のバルコニーからも死角になっている。
と、そんなバルコニーに、外から手が出てきた。
「ひっ!」
思わず声が漏れそうになったが、現れたのはアルヴェリオ王子だった。
なんと王子がバルコニーの下から身軽によじ登ってきたのだ。
ここ二階ですけど?
「お、王子。びっくりした」
「すまない。驚かせた。でも、こうでもしないと落ち着いて二人で話せないだろう? 私はどうしても目立ってしまうから」
キチッとした王子様かと思いきや、案外大胆なことをする。
「というより、ほんとに今どうやって上ってきたんですか。掴まるようなところもないですよ?」
「なに、ほんの少し魔力で身体強化しただけさ」
「ええぇ……」
そんなことはない。
少なくとも、ほんの少しということはない。
そこはさすが魔法王国の王子ということか。とんでもない魔力を秘めてるのだろう。
まあ、それは良い。
そんなことよりも、だ。
「そんな魔力を使ってまで来て、私とお話したかったこととは何でしょう?」
思い当たるものがないのだ。
私と王子の接点は先日のあの短い茶会だけ。そこでの雰囲気は悪くはなかったが、王子が興味を持つような話はなかったように思う。
「そうだな」
私の問いに、アルヴェリオ王子が言い淀む。
「うむ、話したかったのは本当だが。しかし、何を、と言われると難しいな」
なんなのさ!?
「すまないな。立場上、話せるものと話せないものがあってな」
「そういう話ですか」
機密に関わるような話らしい。
まあ、そうだ。やはり王妃候補という話ではなかったか。ちょっとは期待してたんだけどなあ。ごめんなさい、お父様、お母様。
となれば、先日の茶会で話したのは私の研究の話くらいしかない。
狭心症の薬に興味がある?
まさか、王子が狭心症とか?
それはないな。こんな二階のバルコニーまで飛び上がってくる健康優良児に、それはない。
では、なんだろう?
あれ、全然わからないぞ!?
「少し顔を見せてください」
「顔を?」
と、王子の手が私の顎に。
長身の王子に、クイッと顎を上げられる。
別に私は小さいわけではないが、身長差があった。
ひょっとして、私の顔が好みだった?
私も容姿は悪くないつもりだが、貴族令嬢としては平均程度の容姿だろう。
となると……。
もしかして、王子はアフロが好き!?
「このアフロ、触ってみます?」
「どうしてそういう話になる?」
「王子はアフロに興味があるのかと?」
「どうして私がその珍妙な髪型に興味を持っていると思ったのだ?」
「違いましたか。でも、触ってみます? 心を落ち着ける効果があります」
ワシワシと自分のアフロを揉んで見せる。
と、王子も興味を引かれたのだろう。
ワシワシワシワシ……。
「私は何をさせられてるんだ?」
「穏やかな気持ちになりませんか?」
「外国から送られてきた希少動物を撫でている時の気分だ」
その例えは私にはわからないなあ。
ともあれ先日と違って、今日は会話が弾まない。
「すまない。折角来てくれたのに、上手く話せなくて」
「まったくですよ。もう何日も研究が滞っているのに」
王族相手でも怒るポーズくらいは許されるだろう。
王子も悪いと思っているようだし。
「まあ、爆発事故を起こしたのは私の責任なんですけどね。その後始末が進められてなくて、研究を再開できていません」
そこは本当に困っているのだ。
実験が良いところに来ていただけに、もどかしさが半端ない。
「実のところ、その爆発した研究室、ここから見えるんですが」
「なに?」
「この離宮も魔法学院も王宮の一部ですから。ほら、あそこの建物の左側のほう。あそこが私の研究室なんですよ」
「ほう」
バルコニーから庭園を挟んで見えるガルバンディエ魔法学院の古風な建物。
こうして遠くから見る自分の研究室というのも乙なものだ。
「爆発したというわりには綺麗だな」
「建物に影響するような大爆発じゃないですよ」
「そうなのか」
「書類や実験器具が吹き飛んで、椅子や机がひっくり返る程度の爆発です」
「まあまあの爆発だぞ、それは」
まあ、確かに、なかなかの大爆発ではありました。魔力のない人であれば大怪我をしかねない程度には大爆発だった。
ただ、まあ、その後始末がこうして進められていないわけですが……。
と、そんなことを考えていた時だった。
「オリヴィア嬢の研究室か。少し見せてもらっても良いか?」
あれ、やっぱり研究に興味がある?
「ええ、アルヴェリオ王子がご興味あるのでしたら、いつでも。といっても研究室なんで面白いものではないですよ?」
「いや、いま」
「いま?」
疑問に思う私に、王子が一言。
「すまない、少し無礼する」
と、アルヴェリオ王子が私の身体を抱えた。
いわゆるお姫様抱っこ。
「お、王子?」
「少し飛びます」
「飛ぶ?」
と、私を抱えたまま、アルヴェリオ王子がバルコニーの手摺りに足をかけた。
そのまま大跳躍。
「きゃあ!!!」
突然の浮遊感。
私は悲鳴を飲み込んだ。




