1-4 何あれ、マチ針みたい
「ふいーっ、やっと終わった」
研究室の掃除を終え、ようやく一息ついた。
先日のアルヴェリオ王子の襲来、もとい、王子との楽しい茶会を終えた私は、研究室に戻ると爆発事故の後始末に追われた。
もっとも、爆発で散らかった物や煤は、学生たちの手により殆ど綺麗にされていた。
あとは壊れた機材の発注と。
あー、あとメモしないと。
忘れないうちに試薬の構成比を……。
「お嬢様! 大変です!」
と、聞き慣れた声が。
ベルティエ家の侍女で、ずっと私についてくれている女性だ。
「どうしたの、ノーラ。研究室まで押しかけてきて?」
「これを」
手渡されたのは一枚の封書だった。
そこには王家の紋章が。
王家から?
何ごと?
書簡を開く。
――明日、クレイハルフ離宮にて社交パーティーを開きます。
――オリヴィア嬢も参加されたし。
――アルヴェリオ・グランフェルド。
「なんで私が社交パーティーに呼ばれるの?」
「昨日の茶会が上手くいったからでは? マルグリット様も喜んでおられましたよ」
「お母様が?」
「あの爆発頭に上手くドレスを合わせたのが功を奏したと」
「あの南方風ファッションは関係ないんじゃないかなあ」
と、そこで私は大事な問題に気づいた。
「明日……。この頭、直らないわね」
頭上で揺れるアフロ。
経験上、元に戻るのは三日ほど。そして明日がちょうど、その三日目だった。
◇◇◇◇◇
翌日。
私はクレイハルフ離宮を訪れた。
王宮に程近く、歴史ある趣深い宮殿だ。
開催されるパーティーは、アルヴェリオ王子主催の私的なもの。形式ばったものではなく、あくまで非公式なパーティーだ。
なので、訪れる人々の装いもそこまで仰々しくはない。と言っても、女性はAラインドレスなど幅を取る装いのほうが多い。
そんな中、燦然と輝く私の金髪アフロ。
ザワザワザワ……。
やはり目立っていた。
「何あれ?」
「目立てば良いと思ってるんじゃないの?」
「そもそも、どこのご令嬢かしら。見たこともない方よ」
聞こえてるよ。いや、聞こえるように言っているのか。
もう何年も社交界には顔を出してなかったからなあ。
知り合いもいないし。
アフロばかりが目立っていたが、首から下は母マルグリット厳選のドレス。実は先日の茶会の時より私のドレスはグレードアップしている。
というのも、招待状を受け取り、慌てて帰宅した私に、母は自信たっぷりに告げたのだ。
「こんなこともあろうかと、母は用意していました!」
母の合図で侍女たちがカーテンを開くと、そこには厳選された細身のドレスが並んでいた。
「なにも、そんな用意をしてなくても……」
というわけで、現在の私は瀟洒なIラインドレスに、胸元にドレープ。貴金属も細身の洒落たものに変わった。
先日の王子との茶会の時より、一層洗練された装いとなっていた。
ただ、モサモサした金髪アフロは変えられないわけで。この頭を前衛的なファッションと見るか、野暮ったい爆発頭と見るかで、大きく解釈が変わるだろう。
「何あれ、マチ針みたい」
うるさいなあ。
誰がマチ針じゃ。
私的とはいえ、そこは王子主催のパーティーだ。招かれた貴族や令嬢は優に百を超える。
そんな中、一人ポツンと会場で立っているのは、精神的に来るものがあった。
えーい、食事でもしてますか。
王族のパーティーなんだから、良いもの用意されてるでしょ。
うわー、やっぱり凝った料理が用意されてるわ。
お酒は飲まないようにして……。
そんな風に一人で勝手に楽しんでいると、奥の扉が開かれた。
「アルヴェリオ・グランフェルド殿下」
そんな声と共に、一昨日見たアルヴェリオ王子が登場した。
見栄えが良い。
先日の貴族らしいフロックコート姿ではなく、今時の若手貴族らしいスーツ姿だ。
長身なこともあり、スラリとした姿がパーティー会場に映える。
「王子!」
「アルヴェリオ様!」
女性たちが、わっと王子に群がった。
おそらく私と同じように、ここ最近王子とお茶会した女性たちだろう。
きっと、ここに呼ばれたのは、ある程度王子から気に入られた女性に違いない。将来の王妃候補として熾烈な競争を繰り広げているわけだ。
私はそんな女性たちの輪からは離れ、一人食事を続けた。
自分の立場はわきまえております。
ただ、お呼ばれされた礼儀として、パーティー中に一回は王子に挨拶して、招待してくれたお礼を言わなければならないのだが。
あのご令嬢たちの輪は途切れるのかなあ?
と、そんな女たちに囲まれた王子が、ふと顔を上げた。
私を見ていた。
あ、私のアフロ目立つもんね。
笑顔を見せる王子。
それに私は会釈を返した。
とりあえず、これで最低限の挨拶をしたことになるか?
あの女たちの輪が途切れなかったら、私このまま帰るよ?
◇◇◇◇◇
着飾った男女。
次々と給仕されるビュッフェ。
楽団による優雅な音楽。
王子主催の社交パーティーは和やかに進行していた。
そして、私はというと、やることが無い。
知り合いもいないし。
これ、本当にどうしよう。
王子が挨拶したり、他の偉い人が挨拶したり。パーティーは進行していく。
流れとしてはこの後、社交ダンスが始まる筈だ。これがパーティーのメインイベントとなる。そして、それが終われば帰っても失礼には当たらない。
と、見ている間に、楽団の曲調が変わった。
アルヴェリオ王子を始め、幾人かの男性が女性の手を取り、ホールに出てくる。
始まった。
ダンスタイムだ。
何曲か踊る男女を眺める。
着飾った男女が流れるように踊る様は楽しくもあったが、私は既にお腹いっぱいだ。食事的にも視覚的にも、お腹いっぱいだ。
いつでも帰れます。
と、そんなことを思っていた時だった。
どこぞの令嬢と踊り終えたアルヴェリオ王子が、こちらを見た。
視線が合った。
さわやかな笑顔。
えっ!?
なんか王子様。
真っ直ぐに、こちらに向かって来るんですけど!?
周囲のざわめきが一段小さくなった。
さっきまで私を見て笑っていた令嬢たちの視線が、一斉にこちらへ刺さる。
痛い痛い。視線が痛い。
そして、私の前にやってきた王子。
その手が差し伸べられる。
「オリヴィア嬢、私と踊っていただけますか?」
破壊力のある笑顔だな。
惚れてまうぞ。
が、衆人の視線が集まる中、王子から差し伸べられた手を受け取るのは勇気が要る。
王子に返した私の笑顔は、ひょっとすると引き攣っていたかも知れない。
「私でよろしいのですか?」
「もちろん、貴女は全然私のほうに来てくれなかった。こうでもしないと話もできないだろう?」




