1-3 私が研究しているのは爆薬ではありません
王族のランチ、美味しい!
紅茶も高いやつだ。いい香り。
食事に専念することしばし。お腹も膨れた。
そして、落ち着いた王子と私。
このまま黙っているのも変だろう。
立場上、会話はこちらから振らないといけない。
「アルヴェリオ王子は、このところ様々な令嬢との茶会を楽しんでおられるとのことですが。意中の女性は見つけられまして?」
「気になるか?」
「それはもう」
だって、私のような法服貴族の伯爵令嬢にまで手を広げているのだ。お見合いは芳しくないのだろう。
理想が高過ぎるんでなくて?
「正直に言うと決めかねている。たくさんの女性と会ってはいるのだが……」
「未来の王妃ともなると、なかなか王子のお眼鏡に適うのは難しいのですね」
「そうだな。だが、あまり詳しいことは言えない。私の妃が誰になるか、貴族たちが躍起になって聞き耳を立てているのでな……」
ああそうか。恋愛というより政治の話になるから、あまり深く話せないのか。
失敗失敗。
話題変えないと。どうしようか?
「オリヴィア嬢は、こういう話にあまり馴染みがないようだね。普段はどのような研究をされているのですか?」
と、王子のほうから話題を変えてくれた。有り難い。
しかも、研究の話。
それならいくらでも話せるぞ。
「私は薬の研究をしております」
「ふむ……」
王子が紅茶を口に含む。
「爆薬の?」
「医療用の薬です!」
「今朝、爆発したのだろう?」
「ニトログリセリンが材料なんですよ。扱いが難しくて」
「ずいぶんと物騒なものを取り扱っているのだな」
「狭心症の薬になるんです」
ガチャ!
王子が音を立ててカップを置いた。
驚いているようだ。
驚くでしょう。
ニトログリセリンという激物から狭心症の薬を作るという私の研究テーマは、大抵の人を驚かせる。
「ニトログリセリンには血管を広げ、心臓にかかる負担を和らげる作用があります。ただ、ご存じのとおり取り扱いの難しい素材で。その安定化に取り組んでいるのです」
「そ、そのような研究を……」
「ええ、少量であれば魔法で安定させられることはわかっているのですが。一般に出回らせるには、より簡素な魔法で、より安定させないといけなくて……」
専門分野です。
ナンボでも喋れますわ。
「粉末に混ぜれば安定することは分かっているんですけど、そうすると薬としての効能が落ちてしまうこともわかっていて……」
で、そんなことを話していると、今朝の失敗が脳裏に蘇ってきた。
実験の良いところだったんだけどなあ。
「で、今朝はアルカリ濃度を微妙に変えて、上手くいきそうだったんですけど……、爆発しちゃったし。記録も全部飛んじゃったし……」
こんなことをしている場合ではないのだ。
記憶が残っているうちに研究室に戻って、メモでも何でも書き残さないと……。
頭を抱える、もとい、アフロを抱えてしまう私。
と、テーブルの向こうに、呆気に取られた王子の顔が。
やっば。
「あ、失礼しました」
「いや……。いや、済まないな。大切な研究をしているところだったのだろう。私の呼び立てが邪魔してしまった」
「いえ、とんでもございません。王子との茶会など、身に余る光栄で」
いったん研究は忘れよう。
この茶会は最優先事項だ。
我が伯爵家的にも、私の保身的にも。
「それにしてもニトログリセリンから薬か。ずいぶんと突飛なことを思いついたものだ」
「きっかけは中等部の学生だった頃なんですよ」
王子に問われ、私はできるだけ丁寧に答える。
稀に聞かれる話題だから、話すのも慣れたものだ。
「その頃の私は、師事していた先生の研究室に入り浸っていたんですけど……」
ただ、話す度に思い出す。
まだ10代半ばだった頃のことだ。
「その研究室に、稀に戦闘系サークルの生徒が来てたんです。その学生がたまたま狭心症で……」
王子の指が、カップの取っ手で止まった。
構わず私は続ける。
「で、その狭心症の学生が、どうも研究室にくると症状が治まるって言うんですよね。最初は理由も全然わからなかったんですけど……」
そして、ニトログリセリンが狭心症に作用することがわかったのは何年も後。私がガルバンディエ魔法学院に進学した後だった。
「……その狭心症の学生のことは?」
「それが、私、その子の名前を知らないんですよ。私より二つか三つくらい下の下級生だったのは間違いないんですけど」
「そうか……」
「でも、狭心症はそう簡単に治る病気ではないので。早くこの研究をモノにして、特効薬を一般に出せたら良いな、って思っているんです。そうすれば、その子も、どこかで服用してくれると思うから」
穏やかな表情の王子。
やった。
良い話っぽく伝えられた。
アフロの減点をちょっと取り返せた、はず。
そんな感じで、王子との会話は思いのほか盛り上がった。
が、王子は忙しい。
しばらくで、侍従が再びやってきた。
「そろそろお時間かと」
「わかった」
アルヴェリオ王子は立ち上がった。
立ち上がった姿を改めて見ると結構な長身だ。スラリと背筋が伸び、所作も颯爽としたものだ。
だから、病弱という話はどこに?
「楽しい時間だった。あまり社交界には出ないという話だったが、今後は貴女も少しは顔を出すと良い」
私も立ち上がって、スカートの裾をつまむ。
しまった。マーメイドドレスだからつまめる裾もあんまりない。
それっぽくカーテシーする。
「本日はお招きいただきありがとうございました。私も楽しい時間を過ごさせていただきました」
「うむ、またどこかで会おう」
「はい」
ニッコリと笑顔を返しておいた。
二度と会わない可能性もあるけどね。
そして、アルヴェリオ王子は去っていった。
何とかなったかな。
◇◇◇◇◇
茶会を終えたアルヴェリオは、馬車へと乗り込んだ。
立太子を直前に控え、予定が立て込んでいる。
と、馬車に一緒に乗り込んできた執事が笑顔を見せた。長年彼に付き従っているベテラン執事だ。
「楽しそうで何よりでした」
「楽しそうに見えたか?」
「それは、もう」
アルヴェリオは顔を撫でた。そこまで表情に出ているつもりはなかった。
だが、同じく表情を崩した執事だが、続いて出てきた言葉は容赦ない。
「ただ、楽しいご令嬢でしたが。お妃候補の見込みはなさそうですな」
「いや、待て」
「は?」
「少し確かめたいことがある」
少し考える素振りを見せる王子。
その様子に、執事が怪訝そうにする。
「先程のご令嬢に、どこか気になることでも?」
「惚けないでくれ。ヨークは彼女のことを知っていただろう?」
王子の鋭い視線。
だが、その視線を受けても彼の信頼する執事――ヨークは穏やかな表情のままだった。
だが、否定もしない。
「どうして教えてくれなかった?」
「王子は知らないほうが良かったからです」
「なぜ?」
「そこまで察してしまわれたからには、詳しく話しますが……」
ヨークが王子に耳打ちする。
それほど長い説明ではなかった。
だが、聞き終えると、アルヴェリオ王子は大きく嘆息した。
「納得できる理由ではあったが、彼女のことはもっと早く知らせて欲しかったな」
「申し訳ありません。オリヴィア嬢に何かございましたか?」
その問いに、王子は窓の外を見た。
しばしの沈黙。
だが、執事の問いに答えられるほど、彼の中で明確な確信がなかった。
「それを確かめたい。次の社交パーティーには彼女も呼んでくれ」
「畏まりました」
会話を終えたアルヴェリオ王子は、珍しく馬車のカーテンを開けた。
動き出した馬車が、カタカタと石畳を刻む音と共に揺られる。人々が行き交う王都の街並が、車窓に流れる。
王子はそんな景色を一人、静かに眺めた。
「オリヴィア嬢か……」
先程の女性のことを思い返す。
軽快な会話。
豊かな表情。
そして、アフロ。
やはり最後が一番印象に残った。
――いや、やっぱり違う女性かもしれないな。
静かに景色を眺めていた王子が、腕を組んだまま、頭を傾けた。




