1-2 病弱王子様のはずじゃなかった?
王都のとある貴族邸。
アルヴェリオ王子との茶会の会場だ。
花と緑に囲まれた庭園に、テーブルとティーセットが用意されていた。
「オリヴィア嬢、こちらでお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
その邸を提供してくれたコーラル子爵に案内され、席に着く。落ち着いた初老の子爵様だった。
その老子爵の視線が私の頭に。
すげー見られてるな。
金髪アフロが気になるか。
気になるよな、やっぱり。
だが、ここで恥ずかしがってはいけない。ファッションは勇気、と母も言っていたではないか。
満面の笑みを子爵様に返してやった。
「こちらでアルヴェリオ王子をお待ちすれば良いのですね」
「あ、はい。左様です」
戸惑い気味なコーラル子爵が退出し、一人となる。
あー、今更ながら緊張してきたかも。
お父様の言っていた縛り首はないにしても、王子様の不興を買って良いことなどないわけで。この茶会は無難にやり過ごしたいイベントなのだ。
そもそも、茶会の相手――アルヴェリオ王子はこのグランフェルド魔法王国の第一王子。近々正式に王太子に立てられる予定という。
そんな王子は、もともと病弱を理由に長らく公式の場に出てこなかった方だ。だが、ここ数ヶ月、年頃の令嬢たちとの茶会を繰り返しているらしい。
「アルヴェリオも良い年頃だ。健康に不安もなくなってきたことだし、そろそろ身を固めなさい」
なんでも王様から、そんなお達しがあったのだとか。
アルヴェリオ王子は22歳。
まだ焦るような歳ではないと思うのだけど、王族ともなると結婚や子作りも大切な公務なのだろう。私より3つも下というのに、大変そうだ。
そして、王子はなかなか良いお相手に巡り会えていないらしい。
それで、私のような社交界に縁のない研究女にまで、お見合い紛いの茶会がセッティングされたという話の流れだ。
だが、私に王太子妃の目はないだろう。それなのに、こんな金髪アフロで悪目立ちしてしまうとは。
あー、自分の迂闊さを呪いたい。
自分のアフロをワシワシと抱えてしまった。
ワシワシワシワシ……。
このアフロには心を落ち着ける効果があるかもしれない。
と、そんなことをしていると、
「アルヴェリオ王子がお越しです」
そう告げられた。
◇◇◇◇◇
花に囲まれた庭園からアルヴェリオ王子が現れた。
護衛や侍従に囲まれている。だが、そんな中でも王子の姿は一際目立っていた。
スラリとしたフロックコートを着こなした男性。
アッシュブラウンの髪。
尖った顎。
そして、しっかりとした体躯の長身男性だった。
あれ、病弱とは?
想像していた王子様と違うな。
近侍や護衛たちを下がらせ、一人で私のもとに歩み寄ってくるアルヴェリオ王子。
私は立ち上がって待った。
と、王子の鋭い視線が私の頭に刺さる。
颯爽と歩いていた王子の足が止まった。
ジロジロ……。
あ、この頭、目立ちますよね。
変ですよね。
強い心。強い心。
こういうファッションなんでございますのよ、おほほほ。
「私の印象に残ろうと奇抜なファッションをしてくる女性は幾人かいたが、これは極めつけだな」
王子が小さく呟いた。
おうふ!
王子、聞こえてますわよ! いや、聞こえるように言いまして!?
笑顔、笑顔、笑顔で耐えろ。無難なお茶会にするんだぞう。
そして、近づいてきたアルヴェリオ王子。
私の前に立ち、ようやく口を開いた。
「少し遅れた。済まない。公務が押してな。アルヴェリオだ」
「ユリウス・フォン・ベルティエの娘、オリヴィアでございます」
長身の王子を見上げる私。
見下ろしてくる王子。その視線は、私の瞳と頭を交互に。
ううっ、それでもアフロが気になりますか……。
と、王子が口を開く。
「ベルティエ伯の……。ということはマルグリット夫人の御息女か。その装いは夫人の?」
「あ、ああ、そうです。母の趣味? というか、ファッションは勇気、と言われまして」
えーい。全部お母様の所為にしてやれ。
「ああ、マルグリット夫人らしいな。なるほど。そう緊張なさらず。席へどうぞ」
「はい、失礼します」
セーーーフ!!
受け入れられました!
お母様が普段から攻めたファッションをしているのが功を奏しました。
とりあえず場は繕われた。
針金みたいなガーデンチェアに腰をかける王子と私。
侍女がやってきて紅茶を給仕する。
さらに、サンドイッチや焼き菓子が載った三段のティースタンドまで用意された。なるほど。これは立派なアフタヌーンティーだ。
一通り準備を終えると、侍女が下がっていく。
そして、王子と二人きりとなった。
「改めて。はじめまして、で良かったかな?」
「はい、はじめましてです。私は社交界のほうには、あまり顔を出しておりませんので」
「それは私も同じだな」
茶会は和やかに始まった。
「オリヴィア嬢は、たしかガルバンディエ魔法学院を次席卒業の才媛だったな。そのまま学院で研究員となっているとか」
何を見るでもなく、つらつらと私の経歴を述べる王子。
めっちゃ調べてきてるじゃん。
「イルドガルド学院長の覚えもめでたく、そろそろ助教との声もある。まあ、確かに社交界に顔を出している暇はないか」
「あはは、よくご存じで」
そこで、王子の侍従らしき人物が近寄ってきた。何やら王子に耳打ちする。
お見合い茶会の最中だよ?
なんだ?
そして、侍従が下がると、王子が怪訝そうに尋ねてくる。
「今朝、ガルバンディエ魔法学院で爆発事故があったとか? オリヴィア嬢は巻き込まれたりはしませんでしたか?」
心配のお言葉。
だが、台詞とは裏腹に、王子の視線は私のアフロに。
「え、えーっと。ま、巻き込まれてはないですかねえ?」
「無事であれば何よりだが……」
巻き込まれてはいませんよ。
だって当事者ですもの。
「ちなみに爆発が起こったのは、オリヴィア研究員の研究室との報告だ」
ぐえーっ、逃げ場がない。
「まさか、その爆発ヘアーは今朝の爆発事故の影響とか言わないよな?」
なんという洞察力。
超能力者か。
もう、どうしようかなあ……。
「あはは、まさか、そんな。市井の風刺画じゃあるまいし。爆発でこんなアフロになるなんて!」
「そうだよな。私との茶会を前に、爆発事故でそのような爆発頭になるなど。そんなまぬけな令嬢、さすがにないよなあ!」
「「あはははは!」」
二人の乾いた笑いが響いた。
いや、もうコレ無理だわ。
ガバッと私はテーブルに頭を下げた。
「申し訳ございません! お察しのとおりでございます。今朝、爆発事故を起こして、この頭になって。それで苦肉の策で南方風のファッションに」
「まさか、本当とは……」
王子も呆れ顔だ。
呆れてくれるなら良い。怒られないなら良いわ。
「もう、今日の茶会止めます? 私は見ての通り研究ばかりやっているガサツな女です。王子は未来の王妃を探しているのですよね? 時間の無駄ですよ?」
「まあまあ、そう自分を卑下せず。オリヴィア嬢を無理やり呼びつけたのは私のほうだ」
と言いつつ、アルヴェリオ王子は椅子に座り直し、寛ぎ始めた。
そして三段プレートからサンドイッチを取り、口に運ぶ。
「それに昼食も兼ねているのだ。オリヴィア嬢も朝から事故があったなら食事の暇も無かっただろう? 一緒に気楽な食事にしよう」
相好を崩した王子。お見合いとしては終了という解釈で良いだろう。
だが、不興は買わなかった。買わなかったよね?
たぶん大丈夫そうな雰囲気に見えるけど……。
と、そんな時だった。
ぐうぅ!
お腹が鳴った。
「聞こえました?」
「聞こえました」
恥っずかし。
だけど、王子は笑顔のままだった。
意外と優しい人かもしれない。
「オリヴィア嬢もお腹が空いていたのでしょう? ほら遠慮せず、どうぞ」
恐る恐る、私もタルトに手を伸ばす。
「あら、美味しい!」
「だろう?」
さすが王族の食事。
良いもん食べてるわ。
えーい、もう王子の許しも得たんだし、遠慮なく食べてしまおう。
一度食事を始めてしまうと、自分がいかに空腹だったかに気づく。王子も食事に専念しているようだし、私も腹ごしらえだ。
そうして、しばらくモグモグしていた私。
そんなタルトに夢中な私を、アルヴェリオ王子が少し楽しそうに眺めていた。




