1-1 穏やかな朝、爆発しました
グランフェルド魔法王国。
王都セント・ルディア。
春うららかな陽気が、歴史ある魔法学院の校舎を包み込んでいた。
ちゅどーーーん!
その穏やかな日常を爆発音が掻き消した。
「何ごとですか!?」
爆発したのはガルバンディエ魔法学院のとある研究室。
私の研究室だ。
その私の小さな城に、法衣を纏った女性が駆け込んできた。
「オリヴィア研究員! また、貴女ですか!」
「けほっ! けほっ! すみません。良い陽気だったもので……」
「陽気が良いと、貴女は爆発するんですか!?」
「いや、ちょっと手元が狂っただけで……」
駆け込んできたのはイルドガルド学院長。
私の尊敬する恩師だ。
普段は温厚な学院長なのだが、激しい叱責も当然のこと。なにしろ、私の研究室の爆発は今年に入って3度目になる。
研究資料や魔道具が床に散乱していた。
火事にならなかったのは良かったが、あーあ、これでまた掃除で2日は潰れる。
「今回も派手にやらかしましたね。建物を傷めていないでしょうね?」
「建物よりも私の心配をしてくれても良いじゃないですか」
「魔力の高い貴女の怪我など心配していません。それより他の研究員に迷惑をかけていることを心配なさい」
ピシャリと言われて、ぐうの音も出ない。
当初こそ驚き、心配された爆発事故だが、回数を重ねるごとに扱いがぞんざいになっていくのを感じる。
「学生を集めて片付けさせましょう。貴女の部屋に、もう危険物はないでしょうね?」
「部屋にあったニトログリセリンは全部爆発しました。もう爆発するものはありません」
「なんてものを取り扱っているんだか……」
呆れ顔のイルドガルド学院長だったが、ふと何かを思い出したように私の顔を覗き込む。
「それより貴女、酷い顔になっていますよ。良いんですか?」
改めて指摘されるまでもない。
学院の法衣は煤だらけ。頬も同様だろう。
そして、何より私の頭は爆発の影響を受けやすいのだ。
「あーあ、またやってしまった……」
自分の頭に手を伸ばす。わさわさと弾力のある感触。普段から癖っ毛ではあるのだが、爆発の影響で天然のアフロヘアーとなっていた。
見事な金髪マリモが頭上に乗っていた。
爆発の度に私の頭はこうなるのだ。
「貴女、今日は大切な日と言っていたでしょう? よりによって、このタイミングでそれをやる?」
「大切な日?」
言われてもピンとこない。
が、大事な日ということは何となく覚えていた。
なんだっけ?
母に強く言われていたような気がする。
うっ、なんだか嫌な予感が……。
「ああーーーっ!」
そして、私は両手でアフロを抱えてしまった。
私ことオリヴィア・フォン・ベルティエは、この日の午後、アルヴェリオ・グランフェルド王子との茶会が予定されていたのだった。
◇◇◇◇◇
爆発で散乱した研究室をそのままに、私は慌てて帰宅した。
我が生家、ベルティエ伯爵邸。
待っていたのは般若の形相の母マルグリットと、完全に狼狽した父ユリウスだった。
「貴女はいったい何を考えているのですか!」
「何も考えてないから、こういうことをするのだろう?」
「お母様もお父様も酷い! 私だっていろいろと考えています!」
「ちゃんと考えていたなら、こんなことにはなりません!」
母に一喝されてしまった。
なんだろう。今日は怒られてばかりだな。いや、私が悪いのだが。
「言いたいことは山程ありますが、時間がありません。今日のためにドレスを新調しておきました。さっさとその頭を溶かして、身支度を整えなさい」
母マルグリットが侍女たちに命じる。
部屋の奥には真新しいドレスが用意されていた。
母マルグリットは宮廷のファッションリーダーを自認しているのだ。さぞ、気合を入れて準備したドレスだろう。
だが、大きな問題が――。
「あのう、お母様。困ったことが一つ」
「まだ、困ったことがあるのですか?」
「この頭、たぶん直りません」
「はあぁ!?」
私の頭に燦然と広がる金髪アフロ(お焦げ付き)。
このボンバーヘッドは魔力の混じった爆発で形成されているので、水で溶かした程度では元に戻らないのだ。
経験上、三日ほどはこの頭だ。
「なので、すみません。この頭はどうにもならないかと……」
「そんな頭で王子との茶会に行って良いわけないでしょう!? ええい、構いません。この馬鹿娘に水をぶっ掛けてしまいなさい!」
母の命令に、侍女たちから桶の水を容赦なく浴びせられた。
が、その程度で私のアフロはビクともしない。
だって魔力が混じってるもん。
「ほら、だから、どうにもならないんですってば。この頭は」
胸を張って威張ってやった。
だが、両親は蒼白となった。
「せっかく新調したドレスなのに、こんな頭なんて……」
「この頭で王子に会わせるのか……」
特に父の落胆が半端ない。
いや、それどころか心配症の父は、真剣に縁起でもないことを考え始めた。
「こんな酷い頭で王子と茶会など、不敬罪で縛り首になったりしないか?」
えっ、縛り首!?
そんなことある!?
ひょっとして、私っていま凄いピンチ!?
「そんなことにはなりません! せいぜい頭の悪い娘と王子から蔑まれて、宮廷内で肩身の狭い思いをする程度のことです!」
母がピシャリと言い放った。
そうだよね。この程度で縛り首になんてならないよね?
「しかし、そんなことをしたら、不肖の娘を世に出したベルティエ家まで蔑まれてしまうぞ」
「ですから、そんな事態は避けなければなりません」
冷静に悩むお父様とお母様。
すみません、不肖の娘で。
今更ながら、自分がやらかした失敗の重大さをひしひしと感じ始めた。
私が変な娘扱いされるのは、まあ、今更だ。
だけど、お父様は王宮でも気鋭の文官として評価されている。それなのに、私の所為で評価を落とすことになったら、申し訳が立たない。
と、私が背中に冷や汗をかき始めた時だった。
母の力強い声が鳴り響いた。
「いいえ。むしろ、これはチャンスと考えましょう」
「は?」
「え?」
私と父の呆気に取られた声。
だが、母は構わずに侍女たちに命じる。
「頭が動かせないのであれば、他をそれに合わせれば良いのです。頭にボリュームがあるなら下は絞りましょう」
母の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。
侍女たちが邸内を駆け回り、奥からドレスやらアクセサリーやらを引っ張り出してきた。
「幸い王子の私的な茶会です。正装である必要はありません。舞踏会用ドレスでなくて良いのです」
「いっそ身体のラインを強調したドレスにしましょう」
「ボリュームがない分、貴金属は多めに!」
母の指示の下、テキパキと飾られていく私。
そして、数分のうちに、それは出来上がった。
この難しい条件で、よくもここまで、と思うほど整った装いの私が鏡に映っていた。
「南方風のエキゾチックな装いとして、格好になったでしょう」
金髪アフロ。
マーメイドドレス。
それに、金色の腕輪やネックレスをこれでもかと身に着けた、外国趣味の私が立っていた。
この短時間で驚くほど、それっぽいファッションが完成していた。王宮のファッションリーダーを自認する母の手腕に舌を巻く。
「なくはない。だが、奇抜に過ぎはしないか?」
「むしろ、これなら王子の印象にバッチリ残るでしょう」
「印象には残るだろうが……」
「どうせ、この頭は動かせないのです。このくらい攻めないと」
父の心配に母が力強く答える。
私もこんな格好は初めてなので戸惑いは隠せない。だが、やらかしてしまっている手前、文句を言える立場でもない。
そんな私に向かって、母マルグリットが力強く背中を押す。
「良いですか、オリヴィア。ファッションは勇気です!」
時間がない。
そして、私はそのまま、王子の待つ茶会に向かう馬車へと押し込まれた。




