3-17 いつかまた
コーラル子爵邸。
ノルガルド使節団が会議室に詰めていた。
皆難しい顔をしている。セント・ルディアに着いてから、何度も繰り返されてきた光景だ。
「勝手なことをして申し訳ありませんでした」
エルヴィーラ姫が頭を下げた。
使節団の大使でトップという位置づけだが、実質的なトップは別ということは誰もが知っている。
「いえいえ、グランフェルド側の譲歩を引き出したようなもの。姫の対応は間違っておりません」
実質的な使節団の代表、グスタフ・ベルンハルトが鷹揚に応える。
その彼も先日、アルヴェリオ王子の魔力に当てられ数日体調を崩したという。
「しかし、王太子の力は見事であったが、隠したようにも見えた。何かありそうではあるのだが……」
「やはり王太子府への探りをもっと深く」
「いや、王太子府はガードが固い。もっと搦め手を攻めないと」
「それなら、王太子妃候補のオリヴィア嬢はどうだろう? ベルティエ伯邸を探ってはどうか?」
使節団は合議制だ。
だが、実質的にはベルンハルトと他数人の外交官での話し合いとなる。
いずれも経験豊富なノルガルドの軍事外交を担ってきた者ばかりだ。
――それは、わかっているのだけど。
そんな議論の様子を眺めつつ、だがエルヴィーラは思い返していた。
つい、先日のことだ。
「エルヴィーラ姫、これからも仲良くしましょうね!!」
オリヴィア嬢から気持ちのこもった声をかけられた。
それは外交上の大きな発言に昇華されたのだが、それでも彼女の屈託ない言葉は、エルヴィーラの心を打った。
――あんなに自分の意思を表に出すなんて。
――羨ましい……。
眩しい姿だった。
奇抜な格好で楽しそうに振る舞う異国の姫。
彼女は自分のやりたいことを自然に表現していた。
そして、エルヴィーラ姫は思う。
――私も……。
議論が進む中、エルヴィーラ姫は手を挙げ、立ち上がった。
「あの、すみません」
「なんでしょう、姫様」
それまで会議で話したことなど殆どなかったエルヴィーラ姫の発言に、周囲は少しだけ驚いたようだ。
その反応に息を飲む。
だが、それでも意を決して発言した。
「先日、オリヴィア様は私に『仲良くしましょう』と言ってくださいました。グランフェルド側も友好を築きたい意思は見えています。もっと我々も胸襟を開いて、グランフェルドと仲良くできないでしょうか?」
つたない言葉。
静まり返る会議室。
「姫様……」
「いや、姫様の貴重な意見である」
ベルンハルトが立ててくれた。
だが、それだけだ。
会議室に沈黙が続く。
と、別の者が手を挙げた。
会議室の末端。
いままで発言もしなかったような若手の外交官だった。
「僭越ですが、私のほうもグランフェルド側がノルガルドとの交易を増やしたいという暗黙的な意思表示を受けたことがあります。そこで先方は、多少の妥協の余地があるように見えましたが……」
と、別の者が立つ。
「確かにグランフェルドとの交易を増やし、安い穀物が流入するのは危険ですが、逆にグランフェルド側は漁業や木材に不足があるようです。交易でノルガルド側にも利があるように思います」
「いや、それでもグランフェルド側が穀物を輸出したいのは明らかだ」
「そこは関税なりで価格調整すれば……」
一人、また一人議論に参加する者が増える。
皆、若手の外交官ばかりだった。
「私が、オリヴィアさんにお願いすれば解決するようなことはありますか?」
そこにエルヴィーラ姫も加わる。
「待て! 待て! 待て!」
慌てたのはベルンハルトの隣に座る外交官だった。
しかし、それをベルンハルトが制した。
「いや、続けよ。耳は広いほうが良い。皆の貴重な意見だ。ただし、そんなに一斉に喋らず、順番にな。聞き取れるように話してくれ」
その言葉に若手たちの顔色が明るくなる。
もちろんエルヴィーラ姫も。
そこから会議室では活発な議論が交わされた。
それまで意見を言わなかったような若手が積極的に発言する。もちろん、エルヴィーラ姫も。
議論の方向はよりグランフェルドに融和的に。
そんな様子にベルンハルトは静かに目を細めた。
そして、エルヴィーラ姫を見る。
――これなら帰国しても大丈夫であろうか。
この日を境に、ノルガルド使節団の動き方は少しずつ変わっていった。
◇◇◇◇◇
あっという間に一ヶ月が過ぎた。
光臨祭の後からノルガルド使節団との交渉は、比較的順調に進むようになったとか。
ただ、何もかも良くなったかというと、そうでもなく、エルヴィーラ姫を初めとした若手外交官たちが急に粘り強くなったらしい。
ラザル宰相がかなり苦労されたという。
その間、私のほうはというと、何度かエルヴィーラ姫と共にセント・ルディアの街を散策したりした。
相変わらず綺麗で清楚なお姫様なんだけどな。
そして今日、ノルガルド使節団が帰国の途に就こうとしていた。
「本当にお世話になりました」
「いえいえ、私は何もしてません」
「そんなことはないです。オリヴィアさんがいてくれたから……」
エルヴィーラ姫が私の手を握る。
「それに、セレスティーナさんも。いろんなことを学ばせていただきました」
「そうね。私も貴女からは学んだわ。油断してると手強い相手に成長してしまうとね」
「まあ!」
抱き合う二人の美しい令嬢。
口では相変わらず厳しいセレスティーナさんだけど、表情はどこか優しくなった。
一方で男性たちもまた別れを告げていたが、こちらはあまり悲しそうではない。
「儂も歳だ。グランフェルドを訪れるのも、これで最後になるやもしれん」
「おう、二度と来るな」
憎まれ口を叩き合っていたのは、グランフェルド魔法王レオナールと、老将軍ベルンハルトだ。
一見すると和やかなレオナール王であったが、実は先日まで、老将軍を謀殺しようと王宮で唾を飛ばして叫んでいたという。
結局宰相ラザルやアルヴェリオ王子の説得により治まったが、息子があわや命を落としそうになったことは、壮年の王を激怒させていた。
だがこの日、老将軍を見たレオナール王は、どことなくかの往年の宿敵の様子が変わったことに気づいた。
まじまじと老将軍の顔を覗き込む。
「しかしお主、本当に歳を取ったな。なんだか険が取れて、好々爺のように見えてしまう」
「好々爺とな?」
「似合わんなあ」
「まあ、そうだな。好々爺か……」
妙に納得したかのようなベルンハルト将軍だったが、確かに使節団が来た当初に比べれば、覇気が薄れたようにも見えた。
「いろいろありましたが、お達者で」
「ふむ、アルヴェリオ殿下か。先日は失礼した」
「いえ……」
アルヴェリオ王子とベルンハルト将軍は、光臨祭以来だったという。
だけど、互いにその時のことには触れなかった。
代わりにベルンハルト将軍が囁くように語った。
「これからのノルガルドを担う者たちと、末永く、友好関係でいてくれることを祈っている」
その言葉を最後に、使節団は次々と馬車に乗り込み、騎乗する。
「隊列、前へ」
そして、使節団は北へと帰って行った。
馬車から身を乗り出したエルヴィーラ姫が、いつまでも手を振っていた。
そのまま、小さくなっていく姿が印象的だった。
「行ってしまいましたね」
「ああ、行ったな」
私は、アルヴェリオ王子と並んで、それを見送った。
北の美しいお姫様は去った。
でも、またいつか会えると良いな。




