3-18 エピローグ
ノルガルド使節団が帰国して、数週間後。
我がベルティエ家は一家揃って王宮に招かれた。
レオナール魔法王、王妃マリアーヌ、それにアルヴェリオ王子が並ぶ。
反対側の席に父ユリウス、母マルグリット、それに私オリヴィアが。
侍従が幾人か控えていたが、簡素な応接室だ。
ちなみに、母はアフロではない。
もちろん私も。
母はキメる時はキメる。良かった。
そして、軽く雑談を交わすと、すぐにレオナール陛下とお父様、ユリウス・フォン・ベルティエが握手した。
「これで、アルヴェリオ・グランフェルドとオリヴィア・フォン・ベルティエが、婚約ということと相成った」
こんなに簡単なんだ。
まあ、婚約って結婚しましょう、って約束することだもんね。
そして、レオナール陛下が私に語りかけてきた。
「オリヴィア嬢」
「は、はい」
「息子から話は聞いた。息子がこうして王家の跡取りとして羽ばたこうとしているのは、貴女の研究の成果によるところが大きい」
「え、あ、いえ」
「ありがとう。これからも息子をよろしく頼む」
こうして、私とアルヴェリオ王子との仲は、公式なものとなった。
◇◇◇◇◇
婚約の挨拶のあと。
私とアルヴェリオ王子は、王宮を並んで歩いた。
行き先がどこ、ということはない。広い王宮の人の少ないところを二人で歩いた。
「これで、オリヴィア嬢との仲も公然のものとなりましたね。もう、とやかく言われたりしません」
笑顔で語りかけてくる王子。
でも、とやかく言われてたっけ?
「ひょっとしてエルヴィーラ姫のこと、気にしていた?」
「私の気持ちは変わらないつもりでも、世の中には勝手に憶測で動くような輩もいるんですよ」
「王族って、そういうものなんだね」
「でも、これからは違います」
ちょうど、庭園の池を見渡せる小さな四阿に差しかかった時だ。白い柱と、アーチ屋根だけの小さな休憩場所。
そこで、王子は急に抱きついてきた。
「わっ、王子!」
そうだった。
この人、急にこういうことするんだった。
大きな身体で、ぎゅう、と抱きしめてくる。
小柄な赤毛くんだった頃なら受け止めきれたんだけど、長身の王子だと持て余すな。無邪気な大型犬みたいなもので、抵抗の余地がない。
「王子……、ちょっと!」
「……駄目ですか?」
「駄目じゃないけど……」
「なら」
もう一度、力強く、ぎゅう、と抱きしめられる。
まあ、嫌じゃない。
そして、王子も満足したか、離れてくれた。
二人で向き合う。
見上げる私。
見下ろしてくる王子。
池の畔に突き出た泉殿の四阿だ。
目の前には、王子の整った顔が。
アッシュブラウンの髪に、尖った顎。赤毛くんだった頃より顔が長くなった。
あの頼りなかった赤毛くんが随分と逞しくなった。
私はこの人と一緒になるのか。
と、なんだか胸の鼓動が大きくなってきた。
「王子……」
「なんですか?」
真っすぐに私を見つめてくる王子。
その王子の顔に、私は手を伸ばす。
あの赤毛くんがこんなにも大きく、そして真っすぐに育った。
それが、とても愛おしい。
――好き。
触れた頬が、思ったより温かかった。
王子の顔を見つめたまま、頬に伸ばした手をしばらく離せなかった。
どうしてだろう?
言葉が出てこない。
それに、身体が熱い。
なんだこれ。
王子がキラキラして見えるぞ。
いや、私は理屈っぽいんだ。
そんなことはないぞ。
王子は王子。何も変わってないんだから。
「オリヴィア嬢、顔が赤いですよ」
「わああぁっ!!」
急に近づいてきた王子の顔に、私はとてつもなく驚いた。
慌てて顔を背ける。
何だか王子の顔が見れない。
身体中が粟立ったように、どこに落ち着ける場所があるのかわからない。
「熱とかないですか? 今日は朝も早かったから……」
王子が優しく手をとってくれたが、どうにも振り返る勇気がなかった。
たぶん、私はいま凄く変な顔をしている。
こんな顔を王子に見せたくない。
「違うの、王子、ちょっと待って!」
「何が?」
「これは違うの!」
ああ、この王子に察してとか無理だ。
でも、王子の顔が見れないよう!
私の顔も見せたくないよう。
池の畔で、いやいやする私。
それを背後から困ったようにあやす王子。
そして、この時は気づかなかったけど、そんな私たちの様子は、池越しに王宮の多くの人から見られていたらしい。
陽は高く、水面をキラキラと照らしていた。
魔法王国は夏真っ盛り。
今年は暑い夏になりそうだった。
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