3-16 照れるから
光臨祭が終わり、日常が戻った。
東宮。
翠の間のサロン。
「皆には心配かけてしまったな」
すっかり元気になったアルヴェリオ王子が、皆に頭を下げた。
「一時はどうなることかと思ったよ」
「殿下が無事で本当に良かったわ」
カディスくん、リシュールくん、レティシアさん、それにセレスティーナさんが、王子を囲んで笑顔を見せる。
こうしてみんな落ち着いているが、あの後大変だった。
光臨祭の夜、アルヴェリオ王子の発作も治まって、私と王子は研究室でゆっくりと語らっていた。
ところが、そこに大量の馬蹄の音が響いたのだ。
「オリヴィア嬢の研究室はどこだ!?」
そして、聞こえてきたのがカディスくんの大きな声。私と王子は思わず顔を見合わせてしまった。
心配させるのも悪いので、アルヴェリオ王子と急いで身支度して、研究棟から外に出た。
「王子!!」
「アルヴェリオ王子!」
「ご無事で!」
カディスくんを始め、沢山の騎士団の方々が駆け寄ってきて、王子の無事に安堵と共に、喜びを爆発させていた。
あのセレスティーナさんすら、遅れて駆けつけ、涙を流さんばかりに王子の無事を喜んだ。
でも、大騒ぎだったなあ。
王子の症状は極秘事項ということで、静かに大騒ぎしていたけど、学院で夜まで研究していた人なら何かあったとは思うだろう。
イルドガルド学院長から、また呼び出されそうだ。どうなることやら。
そして、現在は翠の間のサロン。
「それにしても、ベルンハルト殿はどのような意図で、あのようなことをしたのだろう?」
疑問を呈したのはカディスくんだ。
彼はベルンハルト将軍と模擬戦で親しい間柄になっている。
「もし、王子に何かあったら戦争ものだ。随分と危ないことをする」
「それはどうでしょうか?」
反論するのはリシュールくんだ。
「王子から詳しく前後の話を聞きました。ベルンハルト将軍がやったこととしては、王子の実力を見たいから軽く魔力をぶつけた。そしたら、王子に圧倒的な魔力を見せつけられた。それだけです」
「魔力をぶつけること自体が非礼ではあるが……」
「武人同士の悪ふざけと取れる範囲ではあります。それに、アルヴェリオ王子が発作を起こしたことなど、ベルンハルト将軍側は知らないでしょう」
知らないというより、隠したわけだが。
「つまり、ベルンハルト将軍には仕返しも何もできないということですか?」
レティシアさんが少し気色ばむ。いつも冷静な彼女だが、珍しく感情を出していた。
だが、リシュールくんは冷静な声のままだ。
「ここで何か意趣返ししたら、それこそ王子に何かあったという情報を先方に与えることになります」
「ですか……」
「ベルンハルト将軍は正しく挑発してきました。腹が立つのは当然のこと。だからこそ、こちらも正しく無視で返すのが常道です」
リシュールくんの言うことは尤もだ。
そこで、王子が皆に笑顔で語りかける。
「今回の件は私の不注意だ。以後気をつけるよ」
「そんなこと……」
レティシアさんが尚も何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んだ。他の人たちも、これ以上何か言えることはなさそうだった。
いろいろあったけど、これで今回の件は終わりなのかな。
あっ。
あと、私も王子に渡さないといけないものがあった。
「王子、これ」
「なに?」
王子に小さな薬包を手渡した。
「作ってきたから」
「えっ、ありがとう。まだ三日しか経っていないのに」
「あんなの見たら、安心できないでしょう?」
私は王子の髪に手を伸ばす。
アッシュブラウンの髪。
まあ、光の当たり方によっては赤にも見えるか。
その流れるような髪を撫でた。
「みんな心配したんだからね。変な遠慮なんかしない。もう少し作ったら持ってくるけど。足りなくなったら、すぐに言ってね」
「はい」
そんな私たちのやりとりに、カディスくん、リシュールくん、レティシアさん、それにセレスティーナさんまで目を丸くしていた。
うん、わかるよね。
態度が違ってるよね。
だって、あの時の少年と王子が繋がっちゃったんだもん。同じ態度じゃいられないよ。
「ありがとう」
私の手を包むように薬包を受け取り、アルヴェリオ王子が笑顔を見せた。
王子のほうは王子のままだ。
いや、王子のほうも距離感がちょっと近くなったか?
秀麗な王子の笑顔。
困ったな。まともに見れない。
つい、ぷいっと横を向いてしまった。
「どういたしまして」
「こっち向いてくださいよ」
「照れるから」
パン! パン!
セレスティーナさんが手を叩いた。
「そういうの後で二人きりの時にしてくださいません? ノルガルド使節団との交渉も難しいところ。話さないといけないことは山積みですのよ?」
「あ、はい、すみません」
「すまない」
二人並んで赤面する。
これはちょっと恥ずかしい。
◇◇◇◇◇
過去の話が一段落したところで、未来の話に目を向ける。
いや、まだ過去の話が一つ残っていたか。
「それより、私が倒れていた時にオリヴィア嬢が、やらかしていたと聞いたのだが?」
「やらかしたつもりはなかったんだけど……」
実は光臨祭の際、お母様のゴスペル讃美歌で楽しくなった私が勢いで、エルヴィーラ姫に「仲良くしましょう」と言った件。
これがなんだか外交的な意味をもってしまったらしい。
それについては、翌日にラザル宰相から呼び出され、懇々と自分がやらかしたことの意味を説明された。
それも外務畑の貴族たちが走り回り、喧々諤々の議論をしている横でお説教されたのだ。
「今後、このようなことはないように」
骨身に染みました。
「オリヴィア嬢はそんなことをしていたの?」
「僕も見ていましたよ」
手を挙げたのはリシュールくんだ。
この中で王子の騒動に気づかなかったのは、魔力感度の悪い私と彼だけだ。いや、他の人たちが良すぎるだけで。
「どんな感じだった?」
「うーん、解釈のしようによるんですけど。確かに姫同士の友好宣言と取れなくもなかったです」
「ずっと、ノルガルドからの使節団とは微妙な空気があったからな」
「それに陛下と宰相閣下も乗っかった、という感じですね。上手いというべきでしょう」
そんな話が交わされる中、私は小さくなっていた。
ラザル宰相にこってり絞られているので、ここにいる人たちは私を更に追撃したりしない。
みんな優しい。
「まあ、でも、ここからの外交は宰相閣下の領分だろう」
「そうですけど、引き続き王都の警備は我々王太子府の領分ですからね。油断すると、ノルガルドの密偵みたいのがフラフラ出歩くんですよ」
「まあ、多少はな。よし、そのあたりをもう少し話そうか」
そうして、翠の間のサロンは徐々にいつもの雰囲気を取り戻した。
若い彼らの議論の様子。
サロンに活気が戻ってきた。
相変わらず私は、あんまり議論について行けてないけど。
あと、全然関係ないのだが、私のほうも気がかりがあって。ノルガルド使節団が来てからこの方、全然研究ができていないのだ。
こっちはこっちで問題なんだよなあ。
王子のために製薬も、もう何錠かしておきたいし。
このままではイルドガルド女史の予想どおりの状態になってしまう。
困ったなあ。
どうにかしないと。




