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爆発系発明令嬢、アフロで王子に求婚される  作者: あざみへび
三章 北の姫、南のアフロ

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3-13 窓の外では白い魔馬がじっと研究室を見上げていた

 控室の奥のほう。

 幾人かの兵士たちに、カディスくんやリシュールくん、レティシアさんの姿も。

 そして、その向こうに王子はいた。


「王子!」


 床に寝かされたアルヴェリオ王子。

 その顔が真っ青だった。額には薄っすらと汗が滲(にじ)む。


「王子は狭心症なの」


 セレスティーナさんが告げる。


 狭心症!?

 なぜ、王子が?

 どうして?


 疑問が尽きないが、直ぐに王子に取り付く。

 胸元は緩められ、必要な措置は取られていた。

 呼吸を確認し、脈を取る。だが、どちらも弱い。さらに額を触ると、少し冷たいほどだった。


「王子! アルヴェリオ王子!」

「……っぅ」


 私の呼びかけにも、朦朧とした王子の反応は薄い。

 明らかに普通の狭心症ではない。

 重篤に過ぎる。

 だけど、私はこの症状を知っている。とても古い記憶だ。膨大な魔力に心臓が耐えられなかったという……。

 王子ならあり得る。


「王子は貴女の作った薬を2錠服用したらしいわ。でも、発作が治まってない」

「私の薬を?」

「オリヴィア、薬を持っていない?」


 狭心症の薬。

 そんなもの私が持ち歩いているわけがない。

 首を激しく振る。


「それなら、今から薬を作れる?」

「機材も材料も研究室に行かないと」

「ガルバンディエ魔法学院ね」

「でも、今から行って帰ってきても……」


 王子の症状は深刻だ。

 薬を作って戻ってくる頃には、既に症状は治まっているかもしれない。

 だが、治まっているなら良い。もし、治まらなかったとしたら? いまの王子の顔色を見るに危険な状態だ。


「いいえ、王子を連れて直接研究室に向かって」

「でも、どうやって。時間が」


 と、兵士たちの人垣が割れた。

 窓の外。

 そこに白い魔馬が立っていた。

 八本脚のスレイプニルだ。


「オクタヴィアン?」

「我が国で一番早い馬に連れて行ってもらう。それなら学院まですぐだから。製薬はすぐにできる?」


 セレスティーナさんの不安な顔。

 それでいて、ここまで準備したのか。


「できる」


 私とセレスティーナさんは頷き合った。




◇◇◇◇◇

 



 アルヴェリオ王子の意識は朦朧としていた。

 そんな王子を、カディスくんたちが何とかオクタヴィアンの背中に乗せた。落ちないように、いくらか紐で縛った。


「オクタヴィアン、あなたの主人が大変なの。これから薬を作るために、私の研究室に行くから。私の言うとおりに走って」


 ブヒン!


 白い魔馬も雰囲気を感じとっている。

 どこまで理解してくれているか。

 でも、たぶん理解してくれている。


 そして、私もレティシアさんに手伝われて鞍上に。


「私たちも後を追います。でも、私たちのことは気にせず、研究室に向かってください。とにかく王子に薬を」

「わかった。オクタヴィアン、お願い」


 すると、八本脚の魔馬は音もなく駆け出した。

 不安そうなセレスティーナさんたちの姿はすぐに見えなくなった。

 そして、水晶宮が遠ざかって行く。


 夜のセント・ルディアを音もなく疾走する白馬。

 そのスピードは恐ろしいほどだが、怖がってもいられない。


「王子……」


 鞍上、私が後で、王子が前だ。

 いつかと逆。

 だが、王子は朦朧とした意識のまま、オクタヴィアンの首に寄りかかっている状態だ。

 私は王子が落ちないように後から支えることしかできない。


「そこを曲がって。あとは真っすぐ」


 オクタヴィアンは利口な馬だ。

 本来は馬に乗れない私を乗せ、それでも全力で駆けてくれる。しかも、王子が落ちないように気を使いながら。


 セント・ルディアの夜の街並が流れるように過ぎ去っていく。

 すでに夜も遅い。

 住宅街の灯りも消え始めている。

 通りには人っ子一人いなかった。


 そして、それは見えてきた。


「アレがガルバンディエ魔法学院。もう閉門しているけど、塀を飛び越えたりできる?」


 と、宙を浮いていたオクタヴィアンが、さらに高く浮かび上がる。


「あなた、飛べるの!?」


 ブヒンヒン!


 そのまま、学院の敷地内に。

 飛べるのなら、そのまま外から私の研究室に向かってもらう。この大柄な王子をどうやって二階に運ぼうか、心配していたんだ。


「そこ、そのベランダの横に付けて!」


 何とか王子をベランダに降ろす。


「ありがとう! あとは私の仕事だから、待ってて」


 ヒン……。


 ベランダに下ろしたは良いが、でもここからも難問だが……。

 ええい、窓は割ってしまえ。


 パリン!


 手を差し込み、鍵を開け、そして私の研究室へと戻った。

 既に王子の意識はない。

 急がないと!


 王子を引きずるように部屋の中へ。

 そのままソファに寝かせた。


 そして、急いで機材を組み立てる。

 ガラス管と冷却魔道具をいくつか組み合わせた。

 ガラス管に霜がつくほど冷え切った頃に、資材を投入する。ゆっくりとガラス管から滴る液体。

 その液体に安定化剤を混ぜ、スポイトに吸い取った。


 急いで機材から王子の元に。

 ソファに横たわる王子の口を開く。


 一瞬の躊躇。

 だけど、王子の青白い顔を見る。

 躊躇っている余裕もない。


「王子……」


 ほんの僅かな液体を王子の口の中に垂らした。

 ニトログリセリンは過剰摂取も重大な問題になり得る。大量に投与すれば良いというものでもない。

 後は様子を見るしかない。


 まだか……。

 まだ効かないの?

 このまま王子がどうにかなっちゃったら、どうしよう?


 涙が溢れそうなのを堪え、私はただただ王子の症状を見守るしかない。

 薄暗い研究室。

 だが、王子の顔は青白いままだ。


「ふえぇ……」


 不意に嫌な想像をしてしまった。

 泣き声が漏れそうなのを必死に堪えた。


 王子は、王子が……。

 言葉にならないんだ。

 だけど、もし王子がいなくなったらなんて。私、耐えられないよ……。


 居ても立ってもいられなくなって、機材に戻った。

 再度スポイトでニトログリセリンを吸い取る。

 王子は既に二錠の薬を飲んだという。先ほどの投与と合わせれば次は四回目の投薬。


 だけど、王子の発作が治まらない。

 このままでも危険に見える。


 でも、怖い……。

 王子……。


 王子の口にそっとスポイトを差し込む。

 だけど――。


 私にはできない……。

 どっちが正解かわからない。

 過剰な投薬はむしろ重篤な症状を引き起こすこともあり得る。それを考えると、どうしても追加投与はできなかった。


 ソファに横たわる王子の傍らに、私は崩れ落ちた。

 涙が流れた。

 止め処なく涙が溢れた。


 これ以上はできない。

 私にできることは、もう何もない。

 お願い! 効いて!


 割れた窓から初夏の風が入り込んでいた。

 静かな研究室には音もない。

 窓の外では、白い魔馬がじっと研究室を見上げていた。




◇◇◇◇◇




 どれほどの時間が経っただろう。


 ソファに横たわるアルヴェリオ王子。

 顔色が戻ってきている。

 呼吸も正常になった。

 意識が戻るまで油断はできないが、明らかに峠は越えていた。


 そこで、ようやく私は大きく息を吐き出した。


 驚いた。

 良かった。

 でも、どうして王子が?

 余計なことを考える余裕もなかったが、今なら大丈夫。

 それにしても王子が狭心症だったとは。


 ソファに横たわる長身のアルヴェリオ王子を眺める。

 離宮からこの研究室まで私を抱えて、数歩でジャンプしてきてしまう健康優良児ではなかったのか? 大魔法で諸国を震え上がらせる魔道士なのに。

 どうして……。


「……、うっ、あ……」


 と、アルヴェリオ王子が声を漏らす。

 きっと、まだ血の巡りが戻りきっていない。

 もう少し待つしかないが、できることはやろう。


 王子の手を取り、掌を揉む。

 少しでも血の巡りを良くするためだ。

 効果があるかどうかわからないが、以前私はよくやっていた。

 なんだか、昔を思い出す。


「……っ!」


 と、再び王子が動く。

 穏やかだった王子の表情が険しくなっていた。

 血は戻ってきている。だけど、うなされているようだった。


 私は王子の手を握ってやるしかない。


「ぅ……、ごめんなさい……」


 悪い夢でも見ているのだろうか。

 だけど、それは、私の古い記憶を呼び起こさせるものだった。


 眉間に皺を寄せる王子。

 意識はまだない。

 その王子の額に手を当てる。

 そのまま、髪をかき上げた。


「あ……」


 おでこを出した王子の顔に、かつて同じように看病してあげた下級生の面影があった。

 そして、私は気づいた。


「私は、馬鹿だ……」


 ようやく、気づいた。 


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